2、白鱗の遺産(前編)~懐かしの竜の谷~

 "黒印こくいん"とは、"強い閃術使い"の証と言っても過言ではない。"黒印"があれば、閃気──閃術を使うための元となるエネルギー──を効率よく体内に蓄積することができ、果として"強力な閃術"が使えるのである。


 "黒印"の素質を持つ者は、幼少期に体のどこかに"黒印"が発現する。発現時の"黒印"は、特に意味のない幾何学模様をしているのだが、これは訓練を積むことで、大きさや形状を変えることが出来るようになる。


 "閃術使い"や"黒印持ち"はほとんどが華族である。むしろ、"黒印"を持つような"優秀な閃術使い"が、その力を以って華族となったというのがより正確である。

 華族の"黒印持ち"は、黒印発現後すぐに形状変化のトレーニングを行い、黒印を自身の家紋の形状に変える。"黒印持ち"の華族は、"黒印"を家紋に形状変化できることがステータスであり、それができない"黒印持ち"は、蔑まれるのだ。


 ちなみに、ヴィラはこの形状変化を尋常ではないレベルに鍛え上げており、黒印の面積は常軌を逸したサイズに拡張されている。左腕全体を黒印で覆い、更にはその美しかった金の頭髪全てを黒印化している。黒印の面積は、そのまま閃術の出力、持続力に直結するためだ。




 建国祭の夜。皇都にあるチャンドラ公爵別宅にある一室。ヴィラの私室に少女の呻きが響く。

「んっ、くっ!」

 アトラが苦悶の声を上げる。左手を強く握りしめ、右手は何かに耐えるように左腕に添えられている。

「あまり力むな、もっと体を楽にしろ」

 頬を上気させ、じっとりと汗が滲むアトラが、ヴィラの言葉に小さく頷く。

「そうだ、いい感じだぞ……」

「あっ、くんっ!」

「少し、広がってきた、もう一息だ」

「うっ!」



「成功だ、黒印が形を変え始めたぞ!」


 アトラの左肩、袖をまくり上げ露わとなった黒印が、彼女の苦悶に呼応するかのように、うぞうぞと形を変え始めた。

「いいぞ! その調子だ!」

 ヴィラはアトラの集中を乱さぬよう、最小限の声援を送る。

 アトラは平民の出だが、"閃術"の適正を示し、"黒印"すら発現させて見せた。それにより学園に特待生として入学した。しかし、華族とは異なり、幼少期からトレーニングを積んだわけではないため、黒印の形状変化は今までできていなかった。

 その話を聞いたヴィラの勧めにより、アトラは形状変化に挑戦したのだ。



 ついにアトラは黒印の形状変化に成功し、黒い痣は3つの正三角形を描いていた。

「はぁはぁ……、や、やりました! できました!!」

 自分の肩にある黒い痣の形が変わったことを確認し、アトラは両手を上げて歓喜した。

「……」

 だが、ヴィラの示した反応はアトラの予想とは異なった。形状変化によって形作られた図形を見て、ヴィラは険しい表情を浮かべている。

「アトラ嬢、なぜその形に……?」

 ヴィラの深刻な様子に、アトラは何かいけないことをしてしまったかと萎縮しつつ答える。

「あ、その、母が遺してくれた小さな巾着に、この記号があったので……」

 アトラは小さな声で"うちの家紋かと思って"と付け加えつつ、俯いてしまう。

「その記号、閃術使い、黒印が発現……、もしや白鱗の、シュクラ公爵の末裔……?」




==========================================


アトラ

「くぅぅぅぅぅ」


 アトラは苦悶の声を出しながらも、必死に願う


アトラ

(形、変わって!)


 やがて、肩にあった黒印はその形を変える


アトラ

「はぁはぁ……、や、やりました! 成功しました!!」


レクスリー・オーム・アディテア

「そ、それは、白鱗の紋!?」


アトラ

「母が遺してくれた記号です。これをご存じなのですか?」


レクスリー・オーム・アディテア

「もしや君は、白鱗の末裔なのか……!?」



==========================================



「こうして、ヒロインの"白鱗"を入手すべく、ヒロインと、ヒロインが選んだ攻略キャラ"1名"が、白鱗一族しか開錠できないという"白鱗ラボ"へ向かうわけっす!」

 無い胸を張り、ピラットが締めの言葉を述べる。やっと一人芝居が終わったか、とクロスはため息をつく。


「"白鱗ラボ"に至るまでの展開ガバガバすぎない? たまたま同じ模様って可能性のが高そうなんだけど」

「そこのバックストーリーに説得力求めたらダメっす」

 右の人差し指を振りながら、口でちっちっちとピラットが言う。

(イラァ)

 大概慣れてきたとはいえ、やはりイラつくものはイラつくのである。

「あ、そうそう! 帰りにならず者が襲撃してくるはずっすよ! えーっと、"原作"では悪役令嬢が雇ったんすけど……、どうなるんすかね?」

「むしろ、俺が聞きたいんだが……?」

 "今回はちゃんと事前に思い出したのに……"とブツブツ文句を言うピラットにクロスはため息をつきつつ、懸案事項として残っていた事柄について確認することにした。


「それはそうと、アトラ嬢に"天光の資質"に目覚めてもらうための戦いイベントって、コレのことなのか?」

「お、クロス氏、良く覚えてたっすね」

 先ほどまでの文句を言っていた様子からは打って変わってドヤ顔を浮かべるピラット。

「覚えてるっての!」

(なぜか上から目線だな、こいつ……)


「クロス氏、護衛だからってサクサク倒したらだめっすよ? アトラちゃんと"同行者"には、それなりのピンチになってもらう必要があるっすからね!」

 まるで年下の弟でも諭すように告げるピラット。それに対してクロスは、

「……、危険に晒すのはお前だけにしとくよ」

「そこは逆っす! 自分だけはしっかり守ってほしいっす!!」

「いや、眠った才能が目覚めるかもしれないだろ?」

「そんな綱渡り要らないっす!!」





 "竜の谷"、クロスとピラットの出会い?の切っ掛けとなった地でもあるこの地の奥に、"白鱗ラボ"がある。レクスリーとの因縁を繋いだのも、"白鱗ラボ"の調査依頼であった。

 

「で、どうしてこうなった?」

 竜の谷入口に立つクロスは、ポツリと呟いた。

 今ここには、アトラと、アトラが誘った同行者であるヴィラ、そしてヴィラの護衛兼メイドであるラクティが居る。それに加え、レクスリー、ジャス、リウス、ルアシャの攻略キャラ4人衆にピラットとクロスまで加えた、まさにフルメンバーともいうべき9人の大所帯となっている。

「こんな大人数って、言ってたっけか?」

 暗に"ゲームではどうだった?"というクロスの問いかけに、ピラットは両手を小さく上げ、おちょくるような表情で答える。

「ヒロインとその同行者の2人連れっすね」

(4.5倍の戦力だよ……)



「わ、わたしは、ヴィライナ様と……」

 クロス達が"多すぎじゃね?"と話していたことに気が付いたのか、アトラが慌てたように言う。


「竜どもなどオレにかかれば造作もない、オレ1人いればじゅうぶんだ!」

 レクスリーは自信満々に述べる。

(呼ばれてないんじゃね?)


「ボクが一人いれば十分でしょう? 暑苦しい皇太子殿下?」

 ジャスが何か言っているが、誰も聞いていない。

(お呼びじゃないんじゃね?)

『相変わらず辛辣なのね』


「自分は、もちろんヒロインウォッチャーっすから!」

 ピラットは両手を腰に当てつつ宣言する。

(いいのかよ、堂々と宣言して……)

『突き抜けたよねぇ』


「このような楽しそう──、試練の場、拙僧を誘わないとは、親友ともも人が悪い」

 そう言いつつ、クロスの肩を叩くルアシャ。

(いつの間にか戦友ともから親友ともになったよ……)

『順調に仲を深めてるね』

(仲を深めるとか言うな)


「す、すまない、私が"白鱗"などと言ったばかりに……」

 この濃い顔ぶれを前に、ヴィラは申し訳なさそうに言う。

『完全に"悪役令嬢"の攻略ルートだねぇ』

(……)


「ヴィライナ様は、ぼ、僕が護ります」

 小柄なリウスが、ヴィラを見ながら大きな声で述べる。

「わたしなら、怪我を癒せます!」

 それに張り合うようにアトラも声を張る。

「あ、ああ、二人ともありがとう……」

 引きつり笑いを浮かべつつ、ヴィラが礼を述べた。

「わたくしはお嬢様のご休憩とお茶を担当させていただきます」

 なぜかメイドのラクティが張り合うように参入する。

「えっと、一応魔獣が居るっすよ? それにラクティさん、一応護衛じゃなかったんすか?」

 ピラットの言葉に、ラクティは静かに視線を動かす。

 視線の先には竜の谷の入り口。そこから、小型二足歩行のトカゲ型魔獣"ラプトル"が数体、功を焦るように飛び出してきた。

「なっ! 早速魔獣が──」

 ピラットが叫ぶより早く、その魔獣たちはレクスリーとルアシャにより殲滅された。


「この状況で、護衛は不要と愚考します」

「あ、そっすね……」

 ピラットは早々に、"ピンチの演出"を諦めた。




「アトラ、恐れることはない。オレが瞬殺してやる!」

 レクスリーは白鱗はくりん光輝こうきを起動する。大剣の剣身に赤いオーラを纏い、彼は軌跡を残して消えた。

 彼らの前に立ちはだかっていた巨大な二足歩行のトカゲ型魔獣"レックス"は、数瞬の後、バラバラに刻まれた。



「以前のボクと同じとは思わないことだね! 白鱗はくりん玉水ぎょくすい!!」

 ジャスが首から下げていた羽衣がふわりと舞い上がり、羽衣は周囲から水分を集めて数個の水球を形成した。

「いけ!」

 ジャスの言葉に呼応し、水球が高圧の水弾として発射される。集団で接近して来ていた"ラプトル"は、その水弾に撃ち抜かれ、撃破されていく。



 全身が厚い甲殻に覆われ、まるで大型装甲車のような四つ足のトカゲ型魔獣、通称"トリケラ"。竜の谷深部に現れるというその魔獣が、自慢の二本の角を突き出しながらヴィラへ向けて突進をかけてきた。

「ヴィライナ様! 危ない!」

 リウスが盾を構え、魔獣とヴィラの間に立つ。

白鱗はくりん月影つきかげ!!」

 彼の盾から半透明の防壁が展開される。トリケラはその防壁に衝突し、そしてその衝突エネルギーは全て反射され、魔獣自身を襲った。

 自分の衝突力により頭部を粉々に打ち砕かれたトリケラは絶命し、静かに倒れた。



 レックス3体とラプトル30以上の大群が迫る。

「明らかにどっかんどっかん、暴れすぎだよね。やりすぎたよね」

 こんな場所で閃術神器を派手にぶっぱなしすぎである。大量の敵を呼び集める結果となった。


「これは倒し甲斐があるな!」

「どれだけ来ても、ボクにはかないませんよ」

「ヴィライナ様は僕が護ります!」

 レクスリー、ジャス、リウスが一歩前に出ようとして、1人の男に止められる。

「ここは拙僧が」

「お前、独占する気か!!」

 抗議するレクスリーに、ルアシャはちらりと目を向ける。

「まだ拙僧は戦っておりませぬ。ここは順番でしょう」

(え~、そういうもんなん?)

 ルアシャの言に、レクスリーも"なら仕方ねぇな"と引き下がる。

(え、いいの? そんなんでいいの?)


「道を外れた命、せめて拙僧の手で輪廻に戻して差し上げる」

 ルアシャが身に付けた両手の篭手が一部展開し、閃光を迸らせる。

「せめて苦しまぬように……、白鱗はくりん雷焔らいぜん……」

 両の篭手から白い燐光を零しつつ、ルアシャは一足飛びで大群へと肉薄する。

「憤ッ!」

 ルアシャが突き出した拳撃、それが凄まじい白光を放つ。光の後には、魔獣数体は影も形も無くなっていた。

「破ァ! 疾ッ!」

 次々と白く輝く拳打を打ち込むルアシャ、その一撃一撃が魔獣の群れを消していく。程なくして、魔獣の大群は全て消し去られた。

「次は正しき輪を巡らんことを……」

 魔獣の大群が居たはずの場所、そこには手を合わせ、魔獣たちに祈る坊さんだけが残されていた。




「なんで全員白鱗持ってんだよ!!」

『白鱗の大安売りだねぇ』

「あはははははははは! もう笑えてくるっすね!」

 そこそこ高難易度であるはずの"竜の谷"だが、白鱗の暴威の前には、風に吹かれる木の葉のごときであった。


「こんだけ戦力あったら、"天光の資質"もう要らなそうっすね!!」

「こんなんでええんやろかー……」

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