4章最終話、エプロンドレスの悪役令嬢
学園祭。その日は外部の人間も学園を訪れる。生徒たちはクラブ活動での成果発表を行ったり、仲の良いグループで模擬店を出したりと、様々なやり方でそのイベントに取り組む。
人脈形成や、経営シミュレーションとしての側面もあり、学園卒業後の将来に向けた事前演習であるとも言える。
そんなイベントで盛り上がる学園内、たどたどしい声で客引きを行う少女が一人。
「た、タコ焼き~、おいしいぞー」
メイド風エプロンドレスを身に纏い、タコ焼きの看板を片手にしたヴィラが客引きを行っている。
「大きなタコが入っているぞー」
声自体は大きいのだが、妙な緊張感が漂っているせいか人が寄り付かない。
「全く客が集まりませんね」
客引きするヴィラの後ろで、メイドのラクティが呟く。
「なっ! なら、ラクティが客引きを──」
「わたくしのような使用人風情が、生徒たちのイベントである学園祭に手を出すなど、恐れ多い……」
ラクティは両手で体を抱き、ワザとらしく震えて見せる。
「……」
ヴィラはそれを無言で見つめる。
「この世界が良く分からん。なぜタコ焼きがあるんだ?」
「細けぇこたぁいいんすよ」
クロスとピラットが眺める先、タコ焼き屋台にはアトラとリウスが居る。
シュババババババという音が聞こえてきそうなほどの速度で、二人はタコ焼きを焼き上げていく。
タコ焼きの看板を掲げつつ、高速でタコ焼きを仕上げていく二人に視線を向け、ヴィラな小さく呟く。
「ど、どうしてこうなった……」
例によって、アトラは学園祭での模擬店の出店にヴィラを誘った。どのような手段か、それをいち早く嗅ぎつけたリウスが、半ば強引に参戦してきたのだ。
その後、なんだかんだと喧々諤々の議論──主に二人が……──を経て、模擬店はタコ焼き屋台に決定した。
3人が試しにタコ焼きを焼いてみたところ、ヴィラの腕前は絶望的だった。同じ道具、同じ材料、同じ手順で調理したにも関わらず、ヴィラのタコ焼きは暗黒物質に変貌した。おそらくは闇のクラフトスキル持ちである。
かくして、アトラとリウスは"焼き係"、ヴィラは"客引き兼売り子"という役割分担に落ち着いたのだ。
「どちらがより綺麗に、速く、多く焼けるのか」
アトラは手を止めずに述べる。
「勝負です!」
声と共に、リウスは更にその手を早める。
「二人を手玉に取る。お嬢様も罪作りなお人ですね」
ラクティがしみじみと口にした言葉に、二人の動作が更に加速する。
「だ、だから煽るなと……」
アトラとリウスはタコ焼きの人力大量生産装置と化し、次々とパック入りのタコ焼きが出来上がっていく。
「そ、その、それほど大量に作っても、私が客引きでは売れないようだぞ……?」
「そんなことありません! ヴィライナ様が売り子なら絶対売れます! 私なら10個買います!!」
「僕は20個買います!!」
一瞬二人の視線がぶつかる。
「私は10個お代わりします!!」
「僕はお土産に30個買います!!」
「あ、全部ください」
遠く植木の影でピラットと共に観察していたはずのクロスが、いつの間にかヴィラの前に立ち金貨を差し出している。
「あ、クロス……」
突然の状況に、事態を把握しきれなかったヴィラは、勢いで金貨を受け取った。
「はっ!? クロス氏いつの間に!? ず、ずるいっす! 自分もタコ焼き欲しいっす!!」
ピラットも植木の影から飛び出し、金貨片手にヴィラに詰め寄った。
「なんだと!? アトラ嬢がタコ焼き屋台だと!? 俺が店ごと買い取る!」
どこからともなくレクスリーが現れた。
「おっと、殿下、この店の設備は全てうちの商会からの貸与品です。よってボクに優先権があると思いますが?」
ついでにチャラ男、もとい、ジャスも現れた。
「む、
よく分からないことを言いつつルアシャも出現する。
「いや、参戦理由がおかしいっす、修行要素皆無っす」
(
いい笑顔を向けてくるルアシャに、クロスは引きつった笑いを返すのが精一杯だった。
「な、仲良くな、公平に、分けよう……」
(な、なんの仲裁をしているんだ? 私は……)
彼らのテンションに、ただ一人取り残されたヴィラだったが、とりあえず"客引き"が終わったということだけは理解できた。
結局、アトラが焼いた分のタコ焼きはレクスリーとジャスとピラットで3等分し、リウスの焼いた分はクロスとルアシャで分けた。
タコ焼きを受け取ったクロスに、メイドのラクティがススッっと近づいてくる。
「お嬢様が売り子をしておりますが、焼いたのはリウス様ですね。つまりリウス様のタコ焼きです」
「いいんだ、ヴィラのメイド姿が見れたから満足だ」
クロスは満足気に頷く。
「でしたら、早々に買い占めなどせず、延々とお嬢様に客引きを続けていただけば、長く楽しめたのでは?」
ラクティの言葉に、クロスは目を見開く。
「それはっ! いやでも……、」
言われて見れば確かに、しかし出遅れては誰かに買われてしまう、クロスは思考の間で葛藤し苦悩した。
「ふむ、コスチュームプレイも希望、と……」
そんなクロスの様子など気にせず、ラクティが何やら不穏なメモ書きを行っていた。
「ちょ! それ何メモってるの!?」
クロスが言い終わるより先に、ラクティは霞のように人込みへと消えていった。
「速っ!!」
彼らのタコ焼き屋台は、今年の学園祭で最速の"売り切れ店舗"となり、閉店した。
屋台の片付けを行った後、アトラとリウスは競うようにヴィラを連れ、学園祭巡りに出発した。なお、レクスリーとジャスはアトラに纏わりつくように付いて行ったため、5人+メイドという編成である。
「皇太子があの扱いでいいのかね……」
レクスリーとジャスは必至にアトラへ話しかけているが、アトラからは適当に相槌を打つくらいの応対だ。当のアトラはリウスと競うようにヴィラへと話しかけている。ただ一人、ヴィラだけが困惑気味だ。
レクスリーとジャス -> アトラ -> ヴィラ <- リウス
という図式が成立していた。
「人間関係相関図を作ったら、確実にヴィラが中心だな」
『君は用紙の裏側かな?』
(酷いこと言うな……)
「ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」
学園祭を回るアトラ達を追跡しつつ、ピラットはひたすらタコ焼きを頬張っている。
「歩きながら食べると危ないぞ……」
「はほふぁふぃふぉいふぃぃ──」(タコ焼き懐かしいっす! なんか故郷の味って感じっす!)
「ああ、いい、しゃべらなくていい」
話しかけたのが間違いだったと気づいたクロスは、以降、ピラットを放置することに決めた。
「拙僧も負けてはおれぬ!」
「そこ競わなくていいから……」
攻略キャラの一人であるはずのルアシャは、なぜか先ほどの"図式"に登場せず、その上"こちら側"の集団に紛れ込んでいる。
一通り学園祭を見て回った一団は、"そろそろ寮に戻る"というヴィラの言葉を切っ掛けに解散した。
ちなみに、レクスリーとジャスは、大量のタコ焼きを従者に持ち帰らせ、ルアシャは「拙僧、これからタコ焼き修行に入る」と言い残し、大量のタコ焼きと共に鍛錬場へと消えた。
クロスはタコ焼きをひとまとめにしてインベントリに格納。インベントリ内は時間が停止しているため、冷めないし腐らない。彼はその後1か月間3食タコ焼きを食した。
「もし次生まれ変わっても、タコ焼きはもう見たくない」
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