2、作りすぎてランチボックス
「今日は急いで食堂に行くっすから、授業が終わった時には教室前で待っててほしいっす!!」
ピラットからそのように朝一番に宣言されたクロスは、言われた通りに教室前で待機していた。
しばらくしてチャイムが鳴り響く。
(この世界でも同じ音なんだなぁ……)
暇を持て余しているクロスはチャイムの音を聴き、前世と同じであることをしみじみと感じ入っていた。
「居たっすね! さぁ! 急ぐっす!!」
教室からピラットが飛び出し、"廊下は走らない"と書かれた張り紙の横をダッシュで通過する。
「くっ、間に合ってくれっす!」
クロスによって首根っこを押さえられ、"速足まで"に制限されたピラットは、苦々しい思いを吐き出しつつも食堂にたどり着いた。
「まだ来てないっすね! なんとか間に合ったみたいっす!」
メニューを全く選ぶことをせず、とりあえず目についたランチプレートを手に食卓へ付くピラット。と、その背後に立つクロス。一応使用人であるため、主人と一緒に食事はできないのだ。
おそらくアトラが来るのを待っているのだろう。広くて清潔な食堂に、今のところはその姿はない。
「で、ご主人様。今日はどのようなイベントが?」
「な、クロス氏、急に気持ち悪いっすね……」
(こいつ、後頭部をはたいてやろうか……)
場を弁え、このような態度で接しているのに、何たる言い草か。クロスは張り付けた笑顔が引きつるのを感じつつも、"ご主人様"の言葉を待った。
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ヴィライナ・プラマ・チャンドラ
「腹痛をもよおす薬ですわ。これでお腹を抱えながら席を立つあの娘を、笑いものにしてやりましょう」
令嬢A
「さすがヴィライナ様!」
令嬢B
「名案ですわ」
ヴィライナ・プラマ・チャンドラ
「さぁ、貴女、食堂の者に金でも握らせて、これを入れさせなさい!」
令嬢C
「はい……」
令嬢C
(あんな平民の小娘ごとき、殺してしまったほうがよいですわ。これもヴィライナ様のため!!)
ヴィライナから受け取った小瓶とは別の小瓶を取り出す令嬢C
──食堂にて
アトラ
「あ、レクスさ……、殿下、ご一緒してもいいですか?」
レクスリー・オーム・アディテア
「おお、アトラ嬢。もちろんだ!」
レクスリー・オーム・アディテア
「"レクス"と呼んでくれても良いのだが……」
アトラ
「はい? 何かおっしゃいましたか?」
レクスリー・オーム・アディテア
「いや、なんでもない、気にするな!」
アトラ
「そうですか?」
ランチプレートを置き、レクスリーの対面に座るアトラ。
アトラ
「いただきます!」
アトラ
「!?」
一口、二口と食事を口に運んだアトラは、唐突に口を押え、椅子から落ちて倒れる。
レクスリー・オーム・アディテア
「アトラ! どうしたアトラ!!」
レクスリーはアトラを抱き上げ、医務室へと駆けていく。
──医務室にて
保険医
「命に別状はありません。毒が少量だったのと、彼女自身が治癒閃術使いだったのが良かったようですよ」
レクスリー・オーム・アディテア
「そうか……」
アトラが眠るベッド横、そこの椅子に腰かけ、祈るように彼女の手を握るレクスリー。
レクスリー・オーム・アディテア
「アトラ……」
アトラ
「ん……、レクス……さん?」
レクスリー・オーム・アディテア
「おぉ、目覚めたかアトラ……、良かった、本当に良かった……」
アトラ
「レクスさん……、泣いているんですか?」
慌てて目を拭うレクスリー。
レクスリー・オーム・アディテア
「す、すまん、お前が目覚めてくれて、嬉しくてな……。お前が倒れて、生きた心地がしなかった……。俺は、お前が居ないとダメなんだ……」
レクスリー・オーム・アディテア
「いつも俺の傍に居てくれ。俺はもう、お前から目を離さないっ!」
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「あぁ、弱さを見せる攻略キャラ! デレっすよ、デレ!」
祈るように両手を合わせ、なにかありがたいモノを拝むようにピラットが告げる。彼女には虚空に何かが見えているようだ。
「いや、毒はさすがに看過できんって!!」
えぇ~、死なないから大丈夫っすよぉ、貴重なデレシーンが!! などと喚くピラットを無視し、アトラが現れたらすぐにでもランチプレートを取り上げるべく、クロスは食堂入口を見張った。
しかし、一向にアトラが現れない。
「な、なぜっすか!? 今日、この日に間違いないっす!!」
痺れを切らしたピラットが、食卓をガンガン叩いている。周囲からの白い目が痛い。
『窓の外を見てごらんよ』
(へ?)
スミシーからの指摘で、クロスは食堂にある大きな窓から外を見る。窓の外には緑豊かな庭園が見える。秋晴れの庭園は明るく、とてもいい日和だ。
「あ、居た」
「え!? ど、どこっすか!?」
クロスが窓の外、庭園の一画を指し示す。そこには据え付けのベンチがあり、アトラとヴィラが並んで腰かけていた。
「私の分まで、すまない」
麻かごのランチボックスをアトラから受け取るヴィラ。
「いえ! あの、作りすぎてしまっただけなので……」
モジモジと俯きつつ述べるアトラ。
(作りすぎた……、のか? しっかりと二人分準備されているように見えるが……)
少々の引っ掛かりを感じつつも、ヴィラはそこを指摘するような無粋な真似はしない。
「ありがたく頂戴する」
さわやかな天気の中、ヴィラとアトラは仲良く"いただきます"と述べ、お弁当に舌鼓を打った。
「くぅぅ、残念っす!! でも二人でお弁当展開も尊い……」
窓にへばりつき、二人の様子をニヤニヤと眺めるピラットの姿は"尊さ"とは対極に存在しているなぁ、と思いつつも、クロスは生暖かく見守る。可能な限り無関係に見える距離で。
しばらく眺めて満足したのかピラットは食卓に戻る。放置されていたランチプレートはすっかり冷めている。
──ヒ素
「!?」
ランチプレートに視線を向けたクロスは、そこに映る文字に一瞬絶句する。
"はぁ、尊い"と呟きつつ、ピラットはスプーンでランチプレートのスープを掬い、口に運ぼうとしていた。その手をクロスが掴んで止める。
「く、クロス氏? 食べられないっすけど……」
対象物を凝視することで、クラフトの素材が分かる能力である"選別眼"。その能力が、ピラットのランチプレートから通常ありえない素材を検知したのだ。
「いいいいいい、いきなり、どう、したっすか!?」
(なんかすごく真剣に見てくるっす。ま、まさか、ヴィライナ様とくっつけないストレスを自分で解消するっすか!? しちゃうんすか!?)
もちろん、見つめているのはランチプレートであってピラットではない。
(誰か、俺たちを見ているか?)
『……、いや、それらしい気配は……』
毒物混入者としては、"その結果"を見たいはずだが……。
『いや、一人、居たよ。右前方……、あれは確か、ヴリハスパティ侯爵令嬢だったかな?』
ヴリハスパティ侯爵家令嬢のティーテ・サブス・ヴリハスパティ。以前、何度かアトラに絡んでいたことがあった。
ティーテに視線を向けるクロス。視線がぶつかり、慌てて目を逸らすティーテ。
「……」
(なぜピラットを狙った……?)
『彼女とは直接の関わりは無かったと思うけどね……』
こちらを見ていたということは、明らかにピラットを狙っていたということだ。しかし、クロスが認識している範囲では動機に心当たりが──
「ままままま、まだ、こ、心の、準備がががが!」
『そろそろ手を離さないと、ピラットが壊れかけてるよ?』
「……」
クロスは何も言わず、ピラットの手からスプーンをとり、それをランチプレートの上に置いた。
「……?」
ぼんやりとした表情で、されるがままになっているピラットは、借りてきた猫のように大人しい。
(危険だから分解しとこう)
クロスは本に見立てたツールボックスを取り出し、ランチプレートを丸ごと放り込んだ。
「え……?」
呆気にとられるピラット。ツールボックスのメニューには、様々な素材に加えて、毒物も追加された。
「あ、あの、まだ食べてないっす……」
「お前、今日昼食抜きな」
「り、理不尽!?」
クロスが再び視線を向けたとき、既にヴリハスパティ侯爵令嬢の姿は無かった。
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