4章 ラブレス・オブリージュ 食欲の秋

1、ピラット青春の1ページ(いい思い出とは言ってない)

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ルアシャ・モヌーク

「貴方には"皇太子"という立場がある。その立場が彼女を傷つけるとは考えられませんか? 貴方は彼女を幸せにできるのですか?」


レクスリー・オーム・アディテア

「立場や肩書など関係ない。オレはオレとして、彼女に愛を捧げるのみ!」


ルアシャ・モヌーク

「愛を語るだけなら誰でもできます。貴女は彼女のために立場を棄てられると?」


レクスリー・オーム・アディテア

「それが必要なら……、オレは躊躇わない」


 街中でにらみ合う二人に、周囲は騒然となる。


アトラ

「や、やめて! 二人が争うことなんてない! 私のために、二人が……」


レクスリー・オーム・アディテア

「アトラ……」


ルアシャ・モヌーク

「アトラ嬢……」


ルアシャ・モヌーク

「彼女の前で……」


レクスリー・オーム・アディテア

「あぁ、醜い姿は見せられぬな」


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「私のために争わないで! とか言ってみてえぇぇぇっす!」

 9月になり、やっと気温が"熱さ"から"暑さ"になり始めた今日この頃だが、ピラットは安定の変態っぷりであった。

「今日もいい感じに全開でイカレてるな」

『コレになじんでる僕らも大概だけどね……』

 クロスとピラットはいつも通りにアトラを尾行し、皇都の下町を歩いていた。



──ヒロインであるアトラが"天光の資質"に目覚めていない


 鉄機獣との交戦で判明したその事実を聞いたクロスは、"資質"を目覚めさせるために何かの手を打つべきではないかと考えた。

 その相談を受けたピラットの答えは非常に淡泊で、「そんなことより今は街デートイベントっす!」というものだった。鉄機獣との闘いで危機的状況に陥ったことを憂慮し、クロスは食い下がった。しかし、「ならアトラ嬢に魔獣をけしかけるっすか?」との意見に、反論することができず……、

「冬イベントで、また魔獣と戦う機会があるっすから、そこに期待するっすよ!」

 というピラットの意見に、渋々クロスは自分を納得させた。



 というわけで、本日は"街デートイベント"の尾行中である。

 "街デートイベント"とは、ヒロインが選択した攻略キャラと街デートをしていると、選んだ以外で一番好感度が高い攻略キャラと遭遇。そこで攻略キャラ同士のいざこざが起こる……、というようなイベント内容である。

 であるのだが……、

「それでだ。アレはどのような状況なのかな?」

 ピラットとクロスが視線を向ける先、そこには良く知る3人が居る。


「アトラさん? なぜヴィライナ様の腕をつかんでいるのですか?」

 "知的キャラ枠"として、図書館でアトラと出会うはずだったリウスだ。どういうわけか出会いイベントがすっ飛ばされ、アトラと出会わなかった彼だったが、なぜか、ヴィライナと腕を組んでいるアトラに詰め寄っている。


「私、ヴィライナ様と"友達"なんです。だからこのくらい普通です」

 アトラは組んでいた腕を更に引き寄せ、ほとんど抱きしめるような状態となる。


 アトラとヴィラのやや後方、そこにはメイドであるラクティが居た。楚々とした様子でヴィラの2歩ほど後ろに控えているのだが、一見無表情のようで、よく見れば口角が僅かに吊り上がっている

(あれ、間違いなく楽しんでるよな……)

『一見真面目そうだけどね、口元の嗤いが隠しきれてないねぇ』


「お、おい……」

 ヴィラが戸惑いつつもアトラとリウスをなだめる、しかし、冷戦状態に突入しつつある二人は止まらない。

「僕だって"友達"です。"友達"の"友達"は"ライバルトモダチ"ですね」

(おかしい、何か違う言葉に聞こえる)

「ええ、そうですね。あなたとはいい"ライバルトモダチ"になれそうです」

「あ、その、争わないでくれないか……」

「……」

「……」

 ヴィラのその言葉に、閉口する二人。


「ええ、もちろん。争ってなどいません」

「争いだなんて、ヴィライナ様にそんな醜い姿、お見せしません」

 二人はヴィラにとても良い笑顔を向け、そしてお互いに笑いあう。しかし、その目は全く笑っていない。

 一旦停戦を迎えた、かに思えたところで、メイドのラクティが新たな爆弾を投下した。

「皆さま仲睦まじいことで大変良いかと存じます。アトラ様とは同性ということもあり、お嬢様の部屋に泊まられたこともございましたしね」

 リウスの目がギロリと光る。

「リウス様とは、読書の趣味が合うようで、よく図書館でご一緒されておりますしね」

 アトラの視線が怪しい光を灯す。

「ら、ラクティ! 煽らないでくれ!!」

 ヴィラは剣呑な雰囲気が募る二人に挟まれ、悲鳴を上げた。



「怖い」

 3人、いや4人のやり取りを遠巻きに観察し、クロスは偽らざる本音の感想を漏らした。

「凄いっす」

『複雑な三角関係……、いや、君も含めたら四角?』

(俺を含めるな……)


「結局、今はゲーム的にはどういうルートなんだ?」

 以前ピラットから聞いた分岐ルートには、このような展開は無かったはずである。

「えーっと……、友達エンドルート?」

「疑問形かよ」

 ピラットはやや首を傾げつつ、疑問形で答えた。

「だって、こんな展開見たことないっすよ! 自分もわかんねっす! とりあえず隠しキャラルートは除外したとして、カップルエンド、逆ハーエンド、友達エンド、ルインエンドのどれかっすよ!」

「ほぼ全部じゃねぇか!」

 わからんもんはわからんすー! とピラットは投げやりに叫ぶ。あまり騒ぐとヴィラたちに見つかるのでは? とクロスは内心焦ったが、あちらはあちらで忙しいようだ。


「そうなると、"実は隠しキャラルートでした"ってこともありえるんじゃね?」

「あ、それはナイっす」

 投げやりに"わからん"と叫んでいた割に、"隠しキャラルート"に関してはピラットが秒で否定した。

「ずいぶんと自信満々だな……」

「もちろんっす、アトラちゃんが隠しキャラと遭遇してないっすからね!」

 ピラットは胸を張り、フンスと鼻息を荒くしつつ断言した。

「そこは言い切るのね……」

 ドヤ顔のピラットが語りモードに入る。

「学園の庭園にある東屋の地下に"隠しキャラ"が居るんすけど、そいつとヒロインが遭遇しなきゃ、隠しキャラルートがそもそも始まらないっす。本編2周目には東屋が無くなってて、地下に入れるようになるんすよ」

「へ、へぇ……」

(なにか引っ掛かる気がするが……、なんだろう……、あっ!)

 腕を組み、しばし逡巡するクロス。そしてある事実に思い当たる。



「お前、なんでヒロインが隠しキャラと遭遇してないって言いきれるんだよ」

「そりゃ、常に観察してるっすもん」

 自慢気なピラットから、クロスは一歩距離を取る。

「……、なにそれ怖い」

『筋金入りのストーカーだねぇ』



「……ん?」

 周囲の妙な気配に、クロスは立ち止まる。

『あ、気づいた? 監視されているね』

 皇都下町の喧噪の中、周囲からいくつかの監視の視線が向けられていた。

(彼女らか、俺たちか……、あるいは両方か)

 クロスがヴィラたちに視線を向けると、丁度こちらに視線を向けていたメイドのラクティと目が合う。

『彼女も気が付いているみたいだね』

(ラクティさん、毎回普通に俺たちの存在を認識してるよね? これでも一応隠密行動してんだけど……)

『さっき、あれだけ騒いでおいて……』


「ミニオン……」

 クロスはインベントリから手のひらサイズの小型ミニオンを3体取り出し、歩きながらポロポロと地面に落としていく。地面に着地したミニオンたちは人込みの中へと紛れ込んでいく。


「あのー、クロス氏? さっきから妙に静かっすけど、どうかしたっすか……?」

 ピラットは、急に自信なさげな様子になり、恐る恐るとクロスの様子を窺った。どうやらクロスの雰囲気が変わったため、自身が何かやらかしたのか? と気にしているようだ。

変態ピラットの"やらかし"なんていつも通りなんだが……)

 クロスは内心で非常に失礼なことを考えつつ、ちょっと今忙しいので、適当に首を振って誤魔化した。


 ミニオンを放ってから、1つ、また1つと、監視の視線が消えていく。敵が残り5つほどとなったところで、逆にすべてのミニオンが破壊された。

(3体がほぼ同時に破壊された……?)

 小型で大した力が無いミニオンとはいえ、それなりの戦闘能力がある。それが同時に破壊された。

 少々予想外の状況を受け、クロスは改めてヴィラたちに視線を向けると、再びラクティと目が合う。彼女は小さく頷くとヴィラへと耳打ちしている。

『彼女たち、動くみたいだね』

(婦女子に任せっきりはかっこ悪いよな)

『素直じゃないねぇ』



「あー、二人とも、ちょっとあっちを見てみないか?」

「「はい!」」

 少々わざとらしいとも思えるヴィラの誘導に、アトラとリウスは疑う素振りすら見せず、路地へと入って行った。


「あ! アトラちゃんたちが行ってしまうっす! けど……、あの、クロス氏? 一緒に来ていただいていいっすか?」

 やたらと下手に出た言い回しで、ピラットがクロスのご意見を窺う。クロスはそんなピラットの肩を抱き、連れ込むように路地へと向かった。

「え? え? え? な、な、な、なんすか? なんすか?」

 しどろもどろになりつつも、あまり抵抗せずに路地へと歩を進めるピラットは、ヴィラ様の代わり? 顔は悪くないけど ついに私にも春が? など、ぶつぶつと独り言を言っている。


「あれ? ピラットさん?」

 急にアトラに声を掛けられ、ピラットの全身がビクッと伸び上がる。

「あ、あ、あ、アトラちゃん!?」

(うっかり素の呼び方が出てるぞ……)


「来たな」

「ふへ!?」

 クロスの呟きに、ピラットが素っ頓狂な声を上げる。

 直後、路地の前後から5名のチンピラたちが姿を現す。挟撃の形だ。


「アンタたちに恨みはねぇが……」

 チンピラの一人が、ナイフをちらつかせながら言う。

「有り金全部置いて行けば、命だけは、ぶべらっ!」

 話終わる前に、クロスの肘うちが鳩尾に入る。


 同時にヴィラとラクティも動いており、路地には肉を打つ音と、チンピラの鈍い悲鳴が響き渡った。

 数秒後には全員がうめき声を上げながら地面に倒れていた。


「あまりにお粗末な襲撃者ですね」

 ラクティが手をはたきながら言う。

「ええ、そうですね」

(こいつらにミニオンが撃退できたとは思えないな)

『当然、黒幕は別にいる、かな……』

 ラクティやクロスが短く言葉を交わしつつ、後片付けについてなど考えている横で、ピラットが騒いでいた。

「そんなことだと思ってたっす! ええ! わかってたっす! 自分、スチル集めに生きるっす!!」

『案外純情だったみたいだねぇ』

「……」

 ピラットが上げる魂の叫びが、路地裏にこだました。

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