3章最終話、暴虐
──時刻は戻り、クロスが鉄機獣とともに列車から落下した直後である。
クロスと鉄機獣を残し、列車は遠ざかっていく。
「列車が行っちまうか……」
2体の鉄機獣が起き上がり、クロスの前に立ちはだかった。
「あー、くそっ! あいつ、こういうことは先に言っとけってんだよ! 終わったら説教だな」
『列車にもう一体鉄機獣の気配があるよ!』
クロスはインベントリからミニオン3体を取り出す。
「行け、ヴィラを守れ。俺もすぐに行く」
ミニオン3体はクロスの言葉に頷き、両足のスラスターを噴射して上昇、高空で列車を追っていった。
「さて」
クロスは更にインベントリから3種の筒状ポーションを取り出す。
「俺は急いでいる……、が、」
そしてそれらを左腕の二の腕に当てて一気に投与した。
1つの効果により、反射速度、思考速度が大幅加速する。
1つの効果により、全身の筋力が大幅に強化される。
「心配するな……」
そして最後の1つの効果により、
クロスの全身から黒い粘液が滲み出る。そして粘液は全身を覆いつくし、表面に金属光沢を持つ外殻を形成し……、
「お前らを放置なんざ、しねぇよ」
獰猛な笑みを浮かべたクロスの表情も外殻により覆い隠された。
ブーツからのジェットと、さらに形成された外殻の背部、そこにあるノズルの両方からの噴射で、クロスは一気に加速する。
青い軌跡を残しつつ、一瞬にして小型鉄機獣の側面を通過する。その軌跡は、小型鉄機獣の左前足を根本から切断していた。
「ギシィィィィイ」
小型鉄機獣が苦し気な音を立てる。
ギャルルルルルルルルルル!という駆動音を響かせ、大型鉄機獣がその鉄爪を振り下ろす。あらゆる存在を切り裂き磨り潰す爪は、しかし、クロスの左腕によりガシリとあっさり止められた。
「ギィィ……?」
鉄機獣が戸惑うような音を漏らす。直後、瞬間の斬撃、鉄機獣の前足が手首部分から切断された。
「ギシィィィィ──」
抗議か怒りか、はたまた戸惑いか、大型鉄機獣が耳障りな異音を上げた。しかし、その異音はクロスにより首を切断されたことで止んだ。
首が無くなったことで、大型鉄機獣は静止した。しかし仲間のそのような状態に頓着しない小型鉄機獣が、クロスの背後に接近していた。
『後ろ!』
クロスは背後に視線を向けることなく、体を反転させつつ打ち下ろしの斬撃を小型鉄機獣に見舞う。
頭部から胴体をまで縦割りにされた小型鉄機獣は、左右に分かれながら倒れていく。
ギャルン!! という音を立て、首を失ったはずの大型鉄機獣が再び動き出し、残った前足をクロスへと振り下ろす。その前足を切り落としつつ回避するクロス。そのクロスへ、半分だけになった小型鉄機獣が顎を開いて襲い掛かってくる。
クロスは体をひねり回避した。
「胴体の"核"を破壊しないと止まらないか……」
『鉄機獣の核は、胴体の中心部だよ』
2体の鉄機獣がクロスを挟むように左右を位置どる。小型鉄機獣は、胴体を縦割りにしたが、動いているのはその片方だけだ。恐らく動いている側に"核"があるのだろう。
「なら、どこまでもバラバラに解体してやる」
クロスの全身を覆う外殻に、青い光を放つエネルギーラインが浮かび上がる。関節部や体のあちこちから青い炎を吹き上がる。
異様な雰囲気を感じ取ったのか、2体の鉄機獣は一斉に左右からクロスに襲い掛かった。直後、クロスは青い焔を残して消え、半身だった小型鉄機獣は、10cm角のかけらに分解された。
バラバラのかけらが宙を舞う中に、黄色い光を湛える球状の核があった……。そして核は中心から両断され、その光を失った。
大型鉄機獣は、ギィィィィィィィィン!! というひと際高音を鳴らしつつ、青い炎をまとったクロスに襲い掛かる。が、再びクロスは青い軌跡へと変貌する。大型鉄機獣の周囲にふりまかれる青い残滓。軌跡が通過するたびに鉄機獣の体は切り取られ、刻まれ、まるで卸し金にすり下ろされるように鉄機獣が小さくなっていく。
ついに露わとなった"核"。そこに突き立てられる青い刀身。
核の黄色い光が消える。と同時に、クロスが纏っていた外殻がひび割れ、全身を覆っていた金属光沢を持つ外殻が全て剥がれ落ちた。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
片膝をつき、肩で息をするクロス。
『無茶しすぎだ……』
「た、大したことない」
クロスは刀を杖替わりとして立ち上がる。
「列車を追わないとな」
ブーツのジェットを噴射しつつ、跳ねるようにクロスは列車の追跡を開始した。
しばし移動を続けると、前方で列車が大破し、停止しているのが見えた。
そして以前稼働中の鉄機獣と、その前で力なく座り込むヴィラの姿。
「させねぇぇぇぇぇぇ!!!」
ブーツのジェットを限界まで噴射し、一気に加速するクロス。
相当の激戦だったのか、鉄機獣も既に満身創痍だ。その鉄機獣を止めるため刀の閃術神器に青い光を宿し、その胴へ一気に突き入れた。
刀の閃術を限界まで放出し、鉄機獣を内部から焼き焦がす。
ギギギという音を残し、鉄機獣が停止すると同時に、ボンという小さな音をたて、刀の閃術神器も動作を停止した。
「ヴィライナ様、申し訳ありません、遅くなりました」
呆気にとられた表情でクロスを見上げるヴィラに対し、咄嗟にかける言葉が思いつかなかったクロスは、遅れたことの謝罪を述べた。が、結果、彼女は顔を覆い、嗚咽を漏らし始めてしまった。
皇都から何台もの自動車が駆けつけ、医師や看護師たちが到着した。怪我人が随時応急処置され、重傷者は自動車により病院に搬送される。幸い死者は居なかった。
「やはりクロス殿は手練れであったな!」
(なんでこの状態で、こんなに元気なんだ?)
満身創痍状態で、全身包帯まみれにも関わらず、ルアシャは妙にハイテンションでクロスに話しかける。
「ふむ、拙僧もまだまだ修行不足であるな。クロス殿には、いずれぜひとも手合わせ願いたい!」
見た目に反してやたらと元気なルアシャは、クロスの手をとり硬く握手をした。いや、クロスはほぼなされるがままだったため、硬く握ったのはルアシャ側だけであるが。
重症なんですからね! と看護師らしき女性によってルアシャは無理やり連れていかれ、自動車で運ばれていった。
解放されたクロスは、自然とヴィラを探すべく視線を巡らせる。すると、既に応急処置が済んでいるらしきヴィラは、自分自身も怪我人の手当に回っていた。
ヴィラを手伝うべく彼女のところへ向かいかけて、包帯まみれになりつつも、少し離れて控えているメイドが目についた。
彼女が持っていたメイスを見て思い出したのだ。
「もしかして……、5年前にお会いしていますか?」
クロスはメイドに話しかけた。彼女は一瞬クロスに目を向け、そしてため息をついた。
「……、やっとお気付きになられましたか。いつ気が付いていただけるかと期待していたのですが……」
そう、彼女は5年前、ヴィラの護衛を務めていた2名の内の1人だ。名前はラクティ。
「す、すみません……、ラクティさんは、ずっとヴィライナ様の護衛を?」
クロスの問いかけに、少し遠い目をしたラクティは応えた。
「ええ……、彼が護ったお人ですから……」
その瞳には懐かしさと悲しみが見て取れた。
「もしかして……、あの時の彼と?」
ラクティの語る様子に、ただの同僚以上の"何か"をクロスは感じた。
「無粋ですね、その察しの良さをお嬢様相手に発揮して下さい」
「へ?」
クロスの様子に再びため息をつき、そして今も怪我の手当を行うヴィラに、ラクティは痛まし気な視線を向ける。
「あの時……、あの時の私の言葉に、お嬢様はずっと捕らわれておられます。でも、それは、私ではお救いできない……」
「……」
しゃべり過ぎましたね、と言いつつ、ラクティはヴィラの元へと向かってしまった。
クロスはラクティに掛ける言葉が見つからず、ただ見送るしかできなかった。
黄昏ているクロスの背中をチョンチョンとつつく感覚。
「……」
「ちょ、なんで無視するんすか!」
ピラットがクロスの背中をつついていた。やはりというべきか、残念ながらというべきか、悪運が強いと評するべきか、ピラットは軽傷である。
「あ、おまえ生きてたのか」
「勝手に殺すなっす!! これでも九死に一生を得たっすよ!? もうすこし護衛として主人の心配をっすねぇ!!」
「そんだけ元気なら大丈夫だろ」
そういうことじゃないっす! とプンスカ怒るピラットを適当にあしらっていると、こちらも軽傷のププトが駆け寄ってくる。
「み、みんな、大丈夫かい!?」
鉄機獣の襲撃により線路も破損してしまったため、鉄道は当面運休となった。代行運行用の自動車十数台が到着し、これらに分乗して皇都に戻ることとなった。
ヴィラにアトラとピラット、それに彼女らの使用人たちは、ププト引率の元、学園の寮へと戻った。
「ふぅ、なんだか今日は大変でしたね。もう学園敷地内ですが、寮につくまでが遠足です。皆さん、気を付けて帰りましょう」
ププトが全員に向けて締めの言葉を述べる。全員の疲労が極限であるため、誰も"遠足じゃない"というツッコミはしなかった。
「ヴィライナ様……、大丈夫ですか?」
自動車を下りたヴィラにアトラは声をかける。ヴィラは帰りの自動車の中で終始暗い様子であったためだ。
「あぁ、問題ない。少し歩いてくる。先に寮へ戻ってくれ」
誰もその後を追うことができず、彼女は一人歩き去った。
学園内を一人歩くヴィラ。
「愚かだ。私は愚かだ……」
誰も聞いていない言葉を、彼女は呟いた。
(私は浮かれていた。"犠牲"を忘れてはならない……)
少し腕が立つようになったからといって慢心していたのではないか。この学園に入学し、"彼"と再会したことで、自分の心に隙ができてしまったのではないか。
ヴィラはひたすら自戒の念で自分の心を埋める。
『今日は表情が優れないな』
庭園横の遊歩道を歩いていたヴィラに、黒いスーツの男が声をかけた。
「君か……」
ヴィラは立ち止まり、黒スーツの男に応える。
『身体に異常は無いようだ。精神的なモノか』
「……」
黒スーツの男は、ふむ、と呟き、胸に下げた十字架を手に、何事か悩んでいる。
『そういう時は、"気分転換"というモノが良いらしい。"悩み"というモノは、人間の脳という情報処理装置の能力を占有してしまうのだそうだ。そのために脳が"疲労"という状態になるようだ。であるなら、意図的に脳の活動を"悩み"から逸らすことで、思考の占有を抑え、脳を休ませる効果が見込める』
珍しく長々と説明する黒スーツの男に、ヴィラは僅かに驚きの表情を見せた。
「相変わらず、君の表現能力はどこかズレているな」
ヴィラはやや皮肉気味に答えたが、彼はまったく気にしていない様子で更に続けた。
『私が"気分転換"を手伝えればいいのだが、どうやら私はこれ以上移動できないらしい』
黒スーツの男が手を差し出すも、遊歩道の少し手前で何かに押されるように止められ、それ以上先に進まない。
「君は一体……?」
ふと、話し声が近づいてくることに気が付き、一瞬そちらを振り向くヴィラ。生徒が2名、ヴィラたちの居る場所に向けて歩いてきていた。
再度ヴィラが庭園に視線を向けた時には、既に黒スーツの姿は無かった。
『鉄機獣3体相手に生き残るか、忌々しい……。コマも無限ではない、已むをえん、別の札を動かすのだ』
「はい……」
刀を持つ人影が、独り言のように呟いた。
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