5、鉄機獣の脅威
「領都ソーマは私の地元だ。着いたら街を案内しよう」
「ありがとうございます!」
ヴィラの提案に、アトラは顔を輝かせて礼を言う。
(やった! こ、これは、もしかしてデート!?)
「皇都ほどではないが、ソーマにもいろいろな店はあるんだ」
「楽しみです!」
二人が到着後の予定を話していると、列車を揺らす振動とともに砲撃音が響いた。
「こ、この音は!?」
「どうやら魔獣のようだ。少し様子を見てこよう」
「あ、私もいきます!」
席を立つヴィラの後をアトラが追う。もちろん、ヴィラの専属メイドも楚々と追従した。
(おかしい……、砲撃が止まない)
この車両に搭載されている砲台は高性能である。中級程度の魔獣であればほぼ一撃で撃破できる。仮に上級魔獣であっても、数発あれば充分である。もっとも、平野部にはほぼ上級魔獣は現れないが。
ヴィラは護衛車両へ向かいつつ、車窓から見える外の様子を伺う。
(良く見えないが、大群が居るわけではなさそうだ……。では一体なにが……?)
ヴィラは僅かに後ろを振り返りアトラに視線を向け、その流れでメイドと目を合わせる。ヴィラの目線を受け、メイドが軽く頷く。
(最悪の場合には、彼女がアトラを連れて逃げてくれる……)
意を決して、護衛車両へと続く扉を開くヴィラ。その瞬間、目の前の護衛車両が金属の塊により押しつぶされた。
どこが顔なのか分からない、しかし、確かにヴィラは"ソレ"と目が合ったことを感じた。
「あ、あ……」
ヴィラがあまりにも強く握りしめたために、引き戸の取ってがバキリと潰れる。
ギィィィィィ……
「ひっ」
息を飲んだのは果たして誰であったか……。
護衛車両を丸ごと押しつぶし、周囲を睥睨するように金属製の首を動かす"鉄機獣"が、そこには居た。
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『離して! クロスが!!』
『急げ──』
暴れる鉄機獣の鉄爪が、ポートの体を切り裂く。
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ヴィラは鉄機獣から視線を外すことができず、ただただ凝視する。しかしその目に映るのは5年前の情景。
ガチガチとヴィラの奥歯が音を立てる。膝が震え、立っているのがやっとの状態だ。
鉄機獣は、どこに目があるのかも分からない頭を回し、だがしかし、確かにヴィラをその目に捉えた。ヴィラの体が一層強張る。
そして振り上げられる巨大な鉄爪。それがヴィラに向け振り下ろされた。
「らぁぁぁぁ!!!!」
メイドはエプロンドレスを翻して突貫した。ヴィラを後ろへ蹴り飛ばしつつ、たくし上げたスカートの中からメイスを取り出し、全身全霊でフルスイングした。
閃気を纏うメイスが、鉄機獣の鉄爪と衝突する。
「ぐぅぅぅぅっ!」
想像以上の衝撃にメイドは苦悶の声を上げた。鉄爪は弾けずとも軌道を変えることはできた。メイドのすぐ脇に落下した鉄爪は、何者をも引き裂くことなく、ただ床を削っただけだった。
(あの時の私とは違う! 何としても守り抜く!!)
「あぁぁぁぁぁぁ!!」
鉄機獣はゴミをはたくような素振りで、その鉄爪を横薙ぎに振るう。それに合わせるようにメイスをぶつけ、その軌道をずらす。
再び襲う衝撃に、メイドの体が軋む。
(踏み込みが足りない! もっとだ! もっと踏み込め!!)
「おらぁぁぁぁ!!」
フルスイングの勢いのままメイドは1回転し、踏み込んだ左足で床板を砕きながら放ったスイングを、鉄機獣の前足に叩きこんだ。
ガァァァァァァンっという激しい衝突音とともに、前足に僅かな凹みが生まれる。数回の激突だが、すでにメイドの体が悲鳴を上げ始めている。
「まだまだぁぁぁ!!」
再び振り下ろされる鉄爪とメイスが衝突。そして弾かれるメイス。
「ぐっ!」
接近する鉄機獣の頭部。その大顎が開かれ、メイドを噛み砕こうとしている。
「ラ、ラクティィィィィィ!!」
主人の悲痛な声が後ろから響き──
ゴォォォンッという釣鐘をぶったたいたような音と共に、鉄機獣の頭部が横方向に跳ね飛んだ。
「おひとりでは無謀です。微力ながら拙僧が助太刀いたす」
ルアシャ・モヌークが、拳を突き出した姿で立っていた。その拳には、閃術特有の光が宿っている。
ギュルゥゥガガガガガガッ
頭部に衝撃を受けたことで一瞬ひるんだ鉄機獣だが、すぐに立ち直り、先ほどの衝撃の主を探す。
「ぬぅ、かなり全力で叩き込んだのですが……、少々自信を無くしますな……」
ルアシャは冷や汗を流しつつも、呼吸を整え、全身に閃気を巡らせて身体を強化する。
「私が攻撃を逸らします。ルアシャ様は攻撃を」
「……効く保証はありませんよ?」
メイドであるラクティとルアシャは力なく笑い合い、そしてそこへ鉄機獣の無慈悲な鉄爪が襲来した。
「ふんっ!!」
メイスを全力で振り、鉄爪を弾き逸らす。
「破っ!」
前足を振り抜き、無防備とも思える脇腹部分に正拳を打ち込むルアシャ。ガァンという音は響くも、鉄機獣が痛痒を感じている様子はない。
鉄機獣が前足を引き戻すように、横薙ぎが二人を襲う。が、ラクティがメイスを振り上げ、その軌道を逸らす。
「ぐぅっ!」
ラクティは全身が軋みを上げ、口からは苦悶の声が漏れた。
ラクティが逸らした横薙ぎ、その下を潜り抜けて鉄機獣の腹下へと入り込んだルアシャは、敵の腹部を垂直に蹴り上げた。
ドォォォォンっという衝突音を響かせ、鉄機獣の巨体が僅かに浮かび上がる。が、そのまま鉄機獣は着地し、衝撃で列車が大きく揺れる。
慌てて腹部下側から転がり出るルアシャ、そこへ鉄爪の突きが急接近する。が、そこへラクティが割り込む。爪をメイスで、更に爪と爪の隙間に足を掛けてそれらで鉄爪を受け止め──、きれず、メイスがひしゃげ吹き飛ばされる。
「メイド殿!」
叫ぶルアシャの横を通過し、ラクティは客車の壁に衝突、それ突き破る。客車内で座席やあちこちにぶつかりつつ、通路に立っていたピラットの横を通過し、客車1両目の末尾まで吹き飛んでいった。
(な、何が起こってるっすか!?)
吹き飛んでいくメイドの姿に戦慄しつつ、ピラットはゲームの記憶を反芻する。
このステージは難易度が低いはず。ゲームでは、鉄機獣が"3体"出現するが、ヒロインが誘った攻略キャラと、たまたま居合わせるもう一人の攻略キャラで簡単に倒せるはず……。ヒロインが"天光の資質"でちゃんとバフを掛ければ──
ピラットは"最悪の予想"に背筋が一気に凍り付く。視線を素早く巡らせると、未だにガタガタ震えるヴィラと、それを抱きしめつつも、何もできずに狼狽えているアトラを視認した。"予想"が"確信"に変わる。
(ま、まずいっす……、ヒロインのアトラちゃんが"天光の資質"に目覚めてないっす!)
"天光の資質"とは、ヒロインが先祖から受け継いでいる特殊な能力であり、仲間の傷を瞬く間に癒し、その体を大きく強化することができるものだ。
ゲーム的に言えば、ヒロインは
(バフ無しでは、絶対に勝てないっす!!)
「あの威力を、素手で受け止めるのは危険ですな……」
ルアシャが独り言を呟き、鉄機獣の鉄爪による薙ぎ払いを回避する。僅かにかすっただけで皮膚が裂け、血が噴き出す。
鉄機獣が両前足を乱れ撃つように振り回し、その爪が次々とルアシャを襲う。それらを全て紙一重で回避するが、少しずつ削られ、だんだんと血まみれになっていく。
(まさかここで終わりか……)
覚悟を決めつつも、ルアシャはただで終わるつもりも無い。全身の閃気を右手に集め、できる限りの抵抗を行なう準備を進める。
「あぁぁぁぁぁぁ!!」
そのルアシャの横を、同じく血まみれのメイドが通過し、折れ曲がったメイスが鉄爪と衝突する。しかし、再び吹き飛ばされるメイド。
「メイド殿っ!」
叫ぶルアシャの頭上に影が差す。振り上げられた鉄爪が、まさにルアシャに落下してくる寸前である。
(ここしかない!!)
全身の閃気を一気に右手へ集中し、迫る鉄爪を迎撃する。ルアシャの全身全霊を乗せた打ち上げの一撃が鉄爪と激突し、その爪一枚が砕け散った。 同時に、ルアシャの右腕の骨が砕け、鮮血が噴き出した。
(はは、ここまでやって、やっと"爪一枚"か……)
鉄機獣の止まらない撃ち下ろしは、車両の床を大きく突き破り、走行中の地面を大きく穿つ。
急激なブレーキとなったその一撃により、内部にいる人たちを一気に前方へと吹き飛ばしつつ、列車は急停止した。
停止した列車は大きく破損し、脱線して横倒しになっている車両もある。その周囲には人々があちこちに倒れ、悲鳴や呻きを上げている。
ギュオォォォォォォォン
その中心で満足気な音を鳴らす鉄機獣。
「あ……」
アトラは顔を上げ、ヴィラを抱きしめたままに車外へ放り出されたことに気が付いた。傷む体を起こし、そして絶望する。
目の前に鉄機獣がいた。あの爪が振り下ろされればバラバラにされる。あの顎で食いつかれれば、瞬く間に磨り潰される。
「ひっ……」
鉄機獣の顎が迫る瞬間、ガキィンっという金属同士の衝突音が響く。
「……ミニオン」
アトラの腕に抱かれたヴィラが、小さく呟いた。
ヴィラの視線の先へとアトラも目を向ける。そこには金属製の小さな人形が居た。小さいにも関わらず、けなげにも鉄機獣の顎を食い止めている。
「ピピピピピ」
金属人形は電子音を鳴らす。直後、更に2体の金属人形が飛来し、鉄機獣の両前足にパンチを叩き込む。
小さい見た目に反して金属人形のパンチは強力だった。ガキィィンという音と共に前足を吹き飛ばされた鉄機獣は、頭から地面に衝突した。顎から抜け出した人形が、更に落下した頭部を蹴り飛ばす。
その後も3体の金属人形は、鉄機獣のあちこちにパンチやキックを打ち込んでは吹き飛ばし、まるでお手玉のように叩き続ける。
「お、お前たち……」
体が強張り、震えて動けなかったヴィラは、ミニオンの姿を見て幾分落ち着きを取り戻す。
(私は、何をしている……)
右手で左腕を掴み、血が出るほどに強く握りしめる。
(情けないぞ、もう守られるだけは嫌だ、一人だけ逃げるのは嫌だ、だから、なりふり構わず鍛えてきたはずだ……)
ヴィラの脳裏にあの時の"犠牲"が過る。左腕を失った者、斬り刻まれてしまった者……。
(もう、犠牲を出さないために……)
ヴィラは立ち上がる。まだ足が震え、力が十分に入らない。それでも立ち上がる。
「私がやらなければっ!!」
髪と左腕全体を覆う黒印が供給する大量の閃気を全身に巡らせる。あまりの量に両眼の白目が真っ赤に染まる。
「ヴィライナ様!!」
アトラの手を振りほどき、ヴィラは鉄機獣に向けて突進する。アトラの手から溢れた光がヴィラの体を覆ったことは、二人とも気が付かなかった。
防御を考えない突撃。ミニオンとの攻防に意識が向いている鉄機獣へと一気に肉薄するヴィラ、右拳をその頭部へと打ち込んだ。
ドゴォォォォンという破壊音とともに、鉄機獣の頭部が大きくひしゃげる。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
黒い長髪を振り乱し、ヴィラは連打を叩き込む。ただひたすらに打ち込む。徐々に歪んでいく鉄機獣、それでも尚、鉄機獣は反撃を繰り出してくる。しかし、それは全てミニオンが受け止めていた。
両の拳が裂けて血が噴き出し、全身に蓄えた全閃気を吐き出すまで連撃を繰り出し、ヴィラは疲労で膝をついた。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」
ヴィラの攻撃が止むと、あたりには静寂が訪れた。聞こえるのは、息荒く呼吸をするヴィラの声のみだった。前面がボコボコにへこんだ鉄機獣は、地面に倒れこんだまま動かない。
「あ、あぁ……」
ヴィラは力なく、ペタリと崩れた正座のような姿で地面にへたり込んだ。だが、まだ終わりではない。状況を見るべく周囲を見回す。
列車は大破し、周囲には瓦礫やら荷物やらが散乱している。あちこちに人々も倒れており、鉄機獣が沈黙したことで、動ける者たちが怪我人などの手当を始めたようだった。
最後までヴィラを守ってくれたミニオンたち3体も、ボロボロになってヴィラの周囲に倒れていた。
(私が、もっと早く動けていれば……)
悔恨の念が全身を蝕み、目から涙が溢れそうになる。
──ギギィ……
「え……」
目の前の鉄機獣が再び動き出した。
ギィィィィという、ややぎこちない音を立てつつも前足を立て、体を起こそうとしている。
「そ、そんな……」
周囲の人々も、鉄の化け物がまだ動いたことに悲鳴を上げて逃げ惑う。
「ギュォォォォ!」
その大顎を開き、ヴィラを威嚇する鉄機獣は、前足で体を引っ張るように前進し、ヴィラに食いつ──
「らぁぁぁ!!」
食いつく直前、上空から飛来した青い閃光が鉄機獣の胴体を穿つ。胴を貫く青い刃は、その巨体を地面へ縫いつけた。
「ヴィライナ様、申し訳ありません、遅くなりました」
仇敵に刀を突き立てながら慇懃に述べるクロスに、なぜかヴィラは涙を抑えられなかった。
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