4、蒸気機関車に乗ろう
ガランガランッ!
紅白のはっぴを身に着けた男が、ハンドベルを慣らしながら大声で宣言する。
「大当たり~! 特賞だよ~!」
アトラは驚きと感動のあまり、両手で口を覆ったまま停止している。
「運行開始したばかりで今話題の、"蒸気機関車乗車券"のペアチケットだよ! おめでとう、お嬢ちゃん!」
「あ、ありがとうございます!」
感動で涙ぐみつつ、チケットの入った熨斗袋を受け取るアトラ。
そんなアトラの様子を見守る不審者2名。
「はぁ~、感動的なシーンっすねぇ~」
「商店街の福引に大当たりしただけだろ……」
本日も通常営業のピラットとクロスである。
「これで新しいイベントが始まるっすよ! さてさて、アトラちゃんは誰を誘うのかな?」
「……」
ピラットが楽しそうにイベントについて語る中、クロスは微妙な表情を浮かべた。
(なんかもう、先の展開が予想できるな……)
福引の大当たりを観察した翌日、場所は変わって学園の教室内である。
「わ、私でいいのか……?」
恥ずかし気な表情のアトラに、ヴィラは戸惑いの声を返した。
「や、やっぱり、ご迷惑、ですよね……」
「い、いや、大丈夫だ」
ヴィラの反応に一旦は表情を曇らせたアトラだったが、ヴィラの"大丈夫"という言葉を聞き、はにかむような笑顔を見せた。
(あー、うん、そうっすね! そうなる予感はしてたっすけどね!!)
案の定というか、大方の予想通りというか、アトラが当てたペアチケットの"ペア相手"として声をかけたのは、本来悪役令嬢であるはずのヴィラであった。
なお、皇国初である蒸気機関車の運行を開始した"アディテア・ソーマ鉄道公社"は、皇国とチャンドラ公爵の共同出資で設立された会社である。そのため、チャンドラ公爵令嬢たるヴィラはいつでもチケットを取れたりするのだが、嬉しそうなアトラに対し、そのように無粋なことを言うヴィラではなかった。
「まぁ、当然我々の分の切符は確保済みっす! 金ならあるんっすよ、金なら!」
ピラットはどこから取り出したのか、クロスの顔に突きつけるように蒸気機関車のチケット2枚を見せびらかす。
「財力あるオタクって怖い……、"我々の分"って、やっぱり俺も行くんだよね?」
成金全開の発言を行なうピラットに対し、クロスは一縷の望みをかけ問いかける。
「当たり前じゃないっすか、一蓮托生っすよ」
「……ですよね」
(いつの間にか"同じ蓮の花"に乗せられてた……)
が、当然のごとく玉砕した。むしろ、ピラットからは、"今さら何を言わせるんっすか?"という非難めいた視線がクロスに突き刺さった。
数日後。学園の連休を利用し、蒸気機関車へ乗車することにしたアトラとヴィラ。始発である皇都駅に、旅装に身を包んだ二人が居た。
皇国の首都たる皇都だ。そこにある駅がどれほどの規模であるか! と思えばそうでもない。申し訳程度にレンガ造りの建物がある程度の簡単な駅であった。巨大ハブ駅どころか、田舎の無人駅レベルである。駅のホームも、数cm程度の高さがある段差程度のものだ。
「蒸気機関車だ……」
前世でも今世でも蒸気機関車を見るのが"初"であるクロスは、間近で蒸気機関車を見て柄にもなく感動していた。
「すげぇな……」
機関車はシューシューと蒸気を吹き出しつつ、周囲に熱気を振りまいていた。熱い視線で機関車を観察していたクロスだが、彼の知る蒸気機関車との微妙な相違点に気が付いた。
「煙突が無い……」
クロスが知る蒸気機関車の原理は、内部で石炭を燃焼させて水を沸騰させ、その蒸気圧を動力とするものである。
見たところ蒸気は出ているため、"蒸気圧を用いる"という点は同じであるが……、
「どうやって水を沸かしてるんだ?」
クロスの呟くような疑問に、ピラットが答えた。
「魔核で加熱してるっすよ? 石炭なんて燃やしてないっす」
「え、まじで?」
思っていた蒸気機関と微妙に異なるファンタジー具合に、クロスは何とも言えない微妙な気分になった。
「そんなことより! こんなところに居たら目立つっす!」
「え、あ、おい!」
ピラットに引きずられ、クロスは建物の裏へと連れ込まれた。
「さぁ! これを着るっす!」
ピラットは自慢気に"装備一式"を取り出した。
「……、え、マジでこれ着るの?」
「さぁ! これで尾行の準備は完璧っす!」
ハンチング帽にトレンチコート、サングラス、マスクを着用した不審人物が2名完成した。
「いつも変装なんてしてないだろ……」
クロスの言葉に、ピラットは人差し指を振りながら、口でちっちっちと言った。
「今回は鉄道っす。閉鎖空間で逃げ場が無いっすからね」
一見正しいことを言っているようにも聞こえるが、完成した服装で全てが台無しである。
「さぁ、早速列車に乗り込むっすよ!」
「お客様、ちょっと……」
「はい?」
必然、駅員に止められた。
「ちょっとあちらでお話をお聞かせ願えますか?」
「いや、列車が出発しちゃうっすよ!?」
「ええ、ですので、あちらで……」
駅員と押し問答を繰り返すピラット。刻一刻と列車の発車時間が迫る中、
(こりゃ、もう乗れないかな。いやー、残念だなぁー、ヒロインの観察したかったなー)
『いや、心の声で建前言う必要ないでしょ、棒読みだし』
「もう乗れないなかなー、残念だなー」
『敢えて声に出して言い直さないでもいいし!』
クロスはスミシーと内外で"一人漫才"を演じつつ、生暖かい目でピラットを見守った。
「もしかして、ピラット嬢と護衛のクロス君かな?」
そこに登場してしまった救世主。
「ぷ、ププトせんせ~」
不審者の服装で、ピラットはププトに泣きついた。
舞い降りた救世主ププト先生が、ピラットを自身の教え子であると説明したため、ピラットとクロスは解放された。解放されてしまった。
駅員は去り際に、"あまり不審な恰好はしないように"との小言を吐き捨てていった。
「先生、助かったっす!」
「いいんだが、あの恰好はなんだったのかな……?」
勢いの良かったピラットも、服装について聞かれて冷汗を流す。
「そ、それは、いくら先生でも言えないっす!!」
が、それで立ち止まる女ではなかった。ピラットの謎の剣幕に、逆にププトがたじろぐ。
「ま、まぁ、とりあえず、あまり怪しげな行動はしないようにね」
「うちの
クロスは従者としてププトに頭を下げた。
ピラットの暴走に巻き込まれている身であり、むしろ被害者と言っても良いのではないか? とも思いつつ、同じく振り回されている担任のププトに対し、クロスは同情心がぬぐえない。
それはププトも同様らしく、彼からもクロスに向ける視線には憐憫の情が含まれている
「なんか今、不審なルビがついてなかったっすか?」
「ところで、先生も機関車に乗るっすか?」
「ええ、僕"も"運よく福引に当たってね」
ププトは殊更"も"の部分を強調して述べたが、ピラットは特に何も感じなかったらしく、"へぇ~"と聞き流している。
「僕"も"?」
少々気になったクロスは、ププトに聞き返してみた。
クロスの言葉で、ププトは僅かに笑みを浮かべて振り返る。その視線の先にはアトラとヴィラが居た。
(ば、ばれとる!)
「まぁ、ほどほどにね」
「は、はは……」
クロスは苦笑いするしかなかった。なお、先ほどアトラとヴィラに視線を向けた際に、ヴィラの背後にいるメイドとはバッチリ目が合った。彼女にも既に存在を看過されていたようだ。
「しゃーないっす! サングラスだけでも付けておくっす!」
(もう変装は今更な気がするのだが……)
まったく変装になっていない……、だけでなく、サングラスを付けただけで不審者感がアップする。もう装着することにマイナス要素しか見当たらない。が、クロスは面倒になったので、特に指摘はせず放置することに決めた。
列車は、先頭から蒸気機関車と水タンク車、砲台搭載の護衛車両と続き、その後ろに客車が3両接続されており、全6両編成である。アトラとヴィラは、護衛車両のすぐ後ろにある客車へと乗り込んでいった。彼女らに見つからないように(努力目標)、ピラットとクロスも同じ車両へと乗り込んだ。
「え!? この列車、チャンドラ公爵領 領都ソーマに行くの!?」
「しっ! 声がでかいっす!」
ピラットに引きずられるまま、列車の行先すら聞かずに乗り込んだクロスだったが、今更ながらに行先を聞き、大声を出してしまった。
(ソーマには帰らないつもりだったんだがなぁ……)
クロスにとって、良い思い出も悪い思い出もある領都ソーマ。なにより"ヴィラが居る"ということで、近寄らない、近寄ってはいけないと自分に言い聞かせていた。最も、学園でヴィラに再会してしまっている以上、すでに形骸化しているわけだが。
(やっぱり乗らなきゃよかった……)
『今から飛び降りちゃう?』
真面目にそれもアリか? と考え始めたクロスの思考を中断させるように、ピラットが、
「あっ」
と意味深な声を出した。
「お前、その"あっ"はやめろって……」
ピラットが急に「あっ」と言う時は、必ず何かのイベントを思い出した時である。その結果には、ろくなことがない。
「列車で襲撃イベントがあるんだったっす」
「襲撃?」
(5月ごろにも魔獣に襲撃されたし、襲撃多すぎない?)
『これも"ゲーム的都合"なのかねぇ……』
クロスとしては、"ゲームだから"というより、"誰かの作為"を疑ってしまう。
「ここはラスボス戦のチュートリアルみたいなもんっすね。ここのは圧倒的に楽勝っすけど」
ピラットの言葉の直後、ひゅるるるるるる、という音が遠くから響き、ドォォンという落下音が鳴った。
『今の音……』
首筋をチリチリと焦がすような悪寒。クロスの心に、急激に嫌な予感が膨れ上がる。
直後、護衛車両が稼動したのか、砲撃音が響き始める。
「お、襲撃イベントが、始まったみたいっす」
わくわくしてアトラの様子を伺うピラット。二人は席を立ち、護衛車両へと向かうようだ。
自分らも行くっすよ!とウキウキで立ち上がるピラットをクロスは呼び止めた。
「ちょっと待て、敵は何だ?」
『この気配……』
猛烈な悪寒で、クロスは冷汗が浮かんでいた。スミシーもいつもとは調子が違う。
「鉄機獣っすよ。でもヴィライナ様は強いっすから、たぶん余裕っすよ」
「鉄機獣!?」
『あぁ、間違いない』
懐かしさではない。因縁ともいうべき敵の名を聞き、クロスは頭が凍り付くような感覚を覚えた。と同時に、腹の底から湧き上がるどす黒い感情が全身をうねる。
「それも複数っす。前から1体と後ろから……、く、クロス氏?」
唐突に豹変し、いつもとあまりにも雰囲気の異なるクロスの様子に、ピラットはたじろいだ。
「一体どうしたっす──」
ピラットが言い切る前に車両を衝撃が襲い、激しく揺れる。
「お前はここに居ろ!!」
言うや否や、クロスは窓を破って車外に飛び出し、ジェットブーツからの噴射で軌道を変えて屋根の上に取り付いた。
屋根に金属の爪を突き立て、最後尾車両にしがみつく"ソレ"と、クロスは対峙した。
「5年ぶりか……、会いたかったぜ……」
クロスは全身の毛が逆立つような感覚を覚える。と同時に、口角が自然と吊り上がる。
「別個体だろうが、お前に身に覚えが無かろうが、」
クロスはインベントリから刀の閃術神器を取り出す。
「あの時の借り、返させてもらう!」
ギィィィィィィィィィン
唸る鉄機獣に向け、青い刀身を迸らせながら疾走するクロス。
『左だ!』
「!?」
スミシーの警告直後、クロスの左側に鉄機獣がもう1体現れた。
(やや小型の鉄機獣!? 列車の影に隠れていたか!)
左腕義手の閃術シールドを展開し、小型鉄機獣の鉄爪を防ぐ。が、衝撃を殺しきれずに列車の屋根から落下するクロス。
「チッ!!」
小型鉄機獣とぶつかり、錐もみ状態となりつつも、客車に取りついている鉄機獣に向けて左腕からワイヤーを射出する。
鉄機獣の首にワイヤーが巻きついた直後、クロスはブーツのジェットを最大加速させる。
ギチィィィィィ!!
最後尾車両に取り付いていた鉄機獣は、悲鳴のような唸りを上げる。爪の刺さった車両が負荷に耐えられず、爪が外れて鉄機獣は落下した。
大小2体の鉄機獣を車両から引き離しつつ、クロスは受け身を取って着地した。
「列車が行っちまうか……」
2体の鉄機獣が起き上がり、クロスの前に立ちはだかる。
「心配するな……、お前らを放置なんざ、しねぇよ」
クロスは憎悪を籠めた笑みを浮かべる
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