3、水着回
(この世界って、ローテクなようで、たまに妙なハイテクが混じるよな……)
クロスは川辺に集まる水着姿の男女を遠巻きに眺める。彼ら彼女らの身に着けている水着は、日本で見たような化学繊維っぽい素材で作られていた。
本日は水練授業である。そのため、ピラット達のクラスは全員水着に着替え、学園の敷地内を流れる川へと集まっている。
「ふっふっふ! お待たせしたっす!」
水着姿のピラットが、手足をくねらせてポーズを決めている。ポーズだけならモデルのようだが色気は皆無だ。だが……、
「ちょ! その水着はマズイだろ!」
「いいんすよ。どうせ"活字"しか見えないんすから、どんな恰好でも問題なしっす!」
「おまっ!」
「だいたい、"水着回"とか言って、どうせ絵なんてなんだから、なんのサービスにもならないっすよ!」
「それ以上はやめろ!」
『現在ピラットが錯乱しております。少々おまちください』
例、攻略キャラからチャラ男──、"ジャス"を選択した場合
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アトラ
「ジャスさん、お、お、泳ぎを教えてください!」
ジャス・フェリサ・フルエンズ
「レディの頼みとあらば、喜んで……」
アトラの手を取り、微笑むジャス。
ヴィライナ・プラマ・チャンドラ
「そうやって、あちこちの男を垂らしこんで……、節操がありませんわね」
アトラ
「ヴィライナ様……」
ヴィライナ・プラマ・チャンドラ
「行動に品性の欠片も感じられませんわ。これだから平民は──」
ジャス・フェリサ・フルエンズ
「ヴィライナ様、もしかして泳げないのですか? よろしければボクがご指導いたしますよ?」
ヴィライナ・プラマ・チャンドラ
「なっ! バカにしないで頂戴! わたくしは泳げますわ!!」
ジャス・フェリサ・フルエンズ
「無理をなさらないで良いですよ。誰だって最初は泳げません」
ヴィライナ・プラマ・チャンドラ
「無理などしていませんっ!!」
プリプリと怒りをまき散らしながら去っていくヴィライナ。
その様子を見送ったジャスは、片方の眉を上げて"やれやれ"といった表情をアトラに向けた。
ジャス・フェリサ・フルエンズ
「では……、水が冷たいのでお気を付けください」
アトラ
「はい……」
アトラの手をとり、ゆっくりと水の中へと誘うジャス。
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「って感じで、選んだ攻略キャラとの絡みが見れるんすよ! で! その後、悪役令嬢が閃術を使って、ヒロインの足を水中で引っ張るっすけど、まぁ、ありがちな逆効果って奴っすね。溺れそうなヒロインを攻略キャラが助けて、二人は親密度上昇! みたいなやつっす」
ピラットがいつも通りに興奮気味で、本日の水練授業について説明してくれた。もちろん、ゲームでの話である。
「ピラットが"ジャス"を例に上げるのは珍しいな……」
「たまには出番作らないと、チャラいだけが取り柄で、キャラ薄いっすから」
『おっと、まだ少々錯乱気味のようだねぇ』
(魔獣討伐で頑張ったのに、酷い言われようだな……)
「おほぉぉぉ!」
ピラットはクロスの後方に視線を向け、耳障りな奇声を上げる。ピラットが見る先には、水着姿のアトラが居た。ワンピース型の水着で、ウエストに付けられたフリルがスカートのようになっている。ピンクの生地が、髪色と良く合っている。
「ごふっ! 眼福っす!! スチルそのままっす!! 動いてるっす!! しゃべってるっす!!」
鼻息の荒いピラットが、目を血走らせて興奮気味に語る。
(怖い……)
『ピラットの顔にはモザイクが必要だね』
(お前まで錯乱してるのかよ……)
「あ……」
クロスの背後から小さく驚くような声が聞こえた。振り返ると、そこには水着姿のヴィラがいた。
「クロス……、い、居たのか」
彼女は黒のセパレートタイプを身に着けていた。露出は多くないが、わずかに覗くウエスト部の素肌が、妙に色っぽい。
「ヴィライナ様、あ、すみません、一応護衛なもので……」
「そ、そうだったな、ピラット嬢も、先日は世話になったな」
「ヴぃ、ヴィライナ様! 本日も大変にお美しく!」
ピラットは依然として錯乱中なのか、よくわからないことを口走っている。ピラットの発言にヴィラは少々恥じらいつつも"ありがとう"と応えている。
ふと、ヴィラがクロスの顔を見て、クロスが依然としてジッとヴィラを見つめていることに気が付いた。
「あ、あまり見るな……」
急に恥ずかしくなったヴィラは、腕で自分の体を隠すようにしつつクロスを窘める。
「あ、も、申し訳ない」
うっかり見惚れてしまったクロスは、婦女子の水着姿を凝視してしまったことに恥じ入り、焦って視線を逸らす。すると、逸らした先には、ヴィラの専属メイドが佇んでおり……、
「クロス様、今日のためにお嬢様を特別磨き上げさせていただきました。いかがでしょうか?」
「へ? 磨き?」
「はい。お嬢様は放っておくと、くそ地味な芋水着を着用してしまいます。ですので、過度な露出はせず、それでいて絶妙に色気を感じさせる水着をチョイスさせていただきました」
専属メイドは淡々と、ヴィラの水着選定について述べる。
「なっ!」
ヴィラは焦ってメイドを止めようとするが、なおもメイドは続ける。
「当初はお嬢様も抵抗されておられましたが、クロス様にご覧いただけると進言させていただいてからは、ノリノリで水着を──」
「そ、それ以上はやめろぉぉ!」
ヴィラがメイドに飛びつき、その口を両手で押さえる。
「……、あ、その、と、とてもお綺麗です」
クロスは自分の顔が妙に火照っていることを感じつつ、正直な感想を述べた。
「~~っ!?」
ヴィラはメイドの後ろに完全に隠れ、小声で唸っている。
「……」
メイドはヴィラに口を押さえられたまま、"うむ60点、もっとがんばりましょう"といった表情をしている。
「……」
二人の甘々な空気に、うんざり気味のピラット。
『……』
二人の様子に、中学生かよ、という感想を抱くスミシー。
「!?」
ヴィラの姿を認め、急いで駆けつけてきたアトラ。しかし、そこには強力なライバルが出現しており、焦りを募らせる。
現在ここは、各人の思惑が交錯する、カオスな空間であった。
「ヴィライナ様!!」
このままではマズイと焦ったアトラは、このカオス空間を打ち破るべく、大きな声でヴィライナに声をかけた。
「ん? アトラ嬢か、どうかしたか?」
相変わらずメイドの口は押さえたままだが、いつも通りの調子でヴィラは応える。
「泳ぎを教えてくださいっ!!」
「ぶほっ!」
アトラの言葉に、ピラットが吹き出す。
「聞いてる展開と全然違うが?」
(攻略キャラから選ぶんじゃなかったのか?)
「ま、また百合百合しい空気にっ!!」
唐突に開始されたヒロインウォッチに夢中なピラットには、クロスの言葉は届いていない。
「おぉ、アトラ嬢。今日はいつも以上にお美しい!」
と、そこへ、金のブーメランパンツだけを身に着けたチャラ男──、ジャスが現れた。
(そこは髪色に合わせなくてもよかったんじゃないのか?)
『あの格好で恥じらいが無いことがすごいねぇ』
「あ、ジャスさん……」
「よろしければ、ボクにエスコートさせてください」
アトラに向け、芝居がかった仕草で右手を差し出すジャス。
「あ、でも、私……」
アトラはジャスの右手を取らない。しかしジャスは全く動揺することなく、初めから予定されていた流れであるかのように、自分からアトラの手を取りに行った。
「大丈夫ですよ。ボクは泳ぎには自信があるんです」
両手でアトラの手を包み込むように持ちながら、ジャスは美しい笑顔を向けながら述べる。
「さぁ、参りましょう」
「え、その……」
ごく自然な動作でアトラの腰に軽く手を回し、だが、彼女に反論の余地を与えない速さでジャスは歩き出す。ヴィラやクロスの集団からアトラを切り離すかのように……。
「彼女の言葉をしっかりと聞いてはどうだ?」
そんなジャスの後方から、ヴィラが強い口調で彼を制止する。公爵令嬢の言葉はさすがに無視できないためか、ジャスは足を止めた。
「……、おっと、これは失礼。いらっしゃったとは気が付きませんでした、公爵令嬢様」
ジャスは笑顔を崩さず、だがアトラを離すことはせず、顔だけをヴィラに向けた。
(うわぁ、白々しさが露骨すぎ)
「私のことはいい。彼女の言葉を聞いてやれ」
『そうだね! アトラちゃんはヴィラ様を誘ってるしね!! お前の出る幕じゃねぇんだよ!』
(なぜかスミシーまでジャスに手厳しい……)
「……」
ヴィラの言葉に、ジャスは応えない。そこへ畳みかけるようにヴィラが続けた。
「彼女は"泳ぎを教えてほしい"のだ。エスコートなど望んでいない」
(え、そこ!? そういう意味での"話を聞け"だったの!?)
『……、以外と彼女も"天然系"の人?』
意表を突かれたのか、ジャスの作り笑いが消え、一瞬真顔になる。
「……そうですね、今は水練ですし……。ではボクが──」
「それに気安く婦女子に触れるものではない」
ヴィラが左手の指を慣らすと、近くの水場から水球が飛び出し、ジャスの顔面に衝突した。
「おぶぁっ!」
アトラから手を放し、自分の顔を腕で庇うジャス。そこへ更に数発の水球が飛来し、ジャスのガードを見事にすり抜け、全てが顔面にヒットした。
「こ、このっ!」
ジャスが右手を振ると、近くの小石が浮き上がり、ヴィラに向かって飛んでいく。が、彼女はそれを素手でガシリと掴んだ。
バキッという音を立て、ヴィラが掴んだ石が割れる。
「まだなにか?」
手を開き、砂状に砕けた石を地面に落としつつ、ヴィラは告げた。
小石を素手で握り砕く淑女の姿に、ジャスは青ざめる。
「かっけぇっす……」
ツツーと鼻血を垂らすピラット。
「……ああっと、もうこんな時間か、そういえば用事があるんだった」
着けていないはずの腕時計を確認したジャスは、再び白々しい言い訳をしつつ、そそくさと去って行った。
(いや、今は水練の授業中だろ……)
「よろしいですか? このような川は、浅く見えて、実は流れが速いのです。ですから──」
担当教諭のププトは、水練授業の注意事項を述べるが、誰一人として聞いては居ない。
「あのー、授業なんですけど……」
ププトの呟きは、川の水音に消えていった。
その後、水練授業ではヴィラがアトラの手を支えつつ、水に慣れたり、顔を水につける練習などを行なっていた。ピラットはその様子を眺め、ひたすら川に鼻血を不法投棄していた。
途中、アトラが川の中で足を滑らせて水没しかけたが、ヴィラにより何の問題も無くすぐに助け上げられた。なぜか直後に遠くのジャスが溺れていた。
『不思議なこともあるもんだよね?』
(あぁ、川は危険だからな)
水練の授業後、更衣室で着替えたヴィラは頬に妙な熱を感じ、「少し涼んで帰る」とメイドに伝えて、一人学内を散歩に出た。
しばらく歩き、顔の火照りが収まってきたところで、再びクロスの言葉が脳裏を過る。
『とてもお綺麗です』
再び頬に熱を覚えるヴィラ。
(だ、だめだ! こんなことではいつまでたっても散歩が終わらない。べ、別に特別なことはしていない。普通に水練の授業だっただけだ。うん、それだけだ)
『良い出来事でもあったか?』
聞き覚えのある声が背後からかけられ、ヴィラは足を止めた。うろうろと歩き回るうちに、彼女は学園中央部にある庭園の中を歩いていた。遠くには東屋跡が見えている。
「あ、あぁ、そう、かな……」
あまり顔を人に見せたくなかったヴィラは、背後に居るであろう黒スーツの男に振り返らずに応えた。
『ふむ、やや紅潮した頬、目尻、口角の角度……、色欲か?』
「ぶっ! き、君は相変わらず失礼だなっ!」
黒スーツの男の歯に衣着せぬ物言いに、ヴィラは華族令嬢としてはあるまじき反応を返す。
『うむ、てっきり性欲の発露による興奮状態かと──』
「もう少し表現を改めろ!!」
もはや赤面を隠すことなく、ヴィラは黒スーツの男へ吠える。
『ほぅ、"表現を改めろ"ということは、内容そのものは間違ってはいないわけだな?』
「っ!? し、しらん!」
もはや体裁を取り繕う余裕もないヴィラは、ドスドスと足を慣らしながら小走りで去っていった。
『……、これは、"嫉妬"というものか?』
黒スーツの男は、それきり姿を消した。
「……」
そんなやり取りを、遠巻きに観察するエプロンドレスの人物が居たことに、2人は気が付くことはなかった。
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