2、魔獣討伐実習(後編)~スライムの宴~

(だから嫌だったんだ!!)

 クロスの心の叫びはどこにも届かない。

「はっはっはぁぁぁ!! ここで会ったが何年目だったかぁぁぁぁ!!」

 獰猛な笑みを浮かべ、焔のようなオーラを吹き出す大剣が振り下ろされる。

「殿下と初めてお会いしたのは去年なんで、1年ですかね」

 淡々と答えつつ、クロスは刀身に青い光を帯びた刀を取り出し、レクスリーの大剣を受け止める。

(もういいかな、やっちゃって)

 一瞬、目に怪しい光が灯るクロス。

「だめっすよ! だめっすよ!」

 黒い思考が頭をもたげたところで、素早くそれを察したピラットが必死にクロスを止める。

 やむなく、渋々、仕方なく、業腹ながら、"討伐"ではなく、"攪乱"に方針転換するクロス。



「レクスさん!!」

 レクスリーの後ろで、アトラが必死に静止の言葉をかけている。しかし、暴走する脳筋には聞こえてない。

 レクスリーは狭い洞窟内にもかかわらず、器用に大剣を振り回しクロスへと詰め寄る。なお、多数のネズミ型魔獣がその余波で粉々になっている。

 すべての斬撃を紙一重で回避するクロス。しかし……

ったぁぁ!!」

 赤熱する袈裟斬りが、ついにクロスの体を斜めに切断した……。そして、クロスの姿はテレビの砂嵐のようになりながら消えていく。

「なに!?」

 直後、レクスリーの周囲に、何人ものクロスが出現する。

「また面妖な術を!!」

 赤い大剣を振り回し、レクスリーは次々とクロスの姿を切り払う。

 すべてのクロスを切り捨てた後には、レクスリーとアトラ以外には誰も居なくなっていた。


「くそっ! あの男! またしても逃げおったか!!」

 レクスリーは苛立ちを籠め、左手で洞窟の壁を叩く。壁にはビシリとわずかな亀裂が入った。

「あ、あの、クロスさんにご迷惑では……」

 先ほどは全く声が届かなかったこともあり、アトラは恐る恐るレクスリーに声をかけた。

「っ!? そうだったな! すまぬ、貴女と一緒なのに、あんな男に構っていてはだめだな」

(いや、そうじゃないんだけどなぁ……)

 アトラは呆れつつも、暴走していたレクスリーが止まってくれたことに安堵した。



 ピラットを小脇に抱え、クロスは洞窟内を小走りで移動していた。もっとも、クロスの小走りはピラットの全力疾走より速いのだが。

「いつもいつもまるで荷物みたいに……。もうちょっと色気のある抱き方してほしいっす! 私も可憐な女子──」

 ピラットがつらつらとクレームを言い始めたところで、クロスは手を離した。必然、ピラットは地面へ向けて自由落下する。

「ぶぎゃ……、ひ、ひどいっす」

「はぁぁぁ、まったく、なんでアイツは毎回絡んでくるのか……」

『モテモテだねぇ』

(あんなむさくるしい野郎にモテてたくないわ!!)

『そうだねぇ、モテたい相手は別にいるしねぇ』

(……何言ってるのか、わからんな)



 もうちょっと観察したかったっす、と言いつつピラットは立ち上がり、服についた埃をパタパタと払う。かと思えば、突然"あっ!"と大声を出した。

「一応、魔獣の巣窟なんだから静かにしろ」

 あまり大声を出すと魔獣を寄せ集めることになる。ネズミ型は大した敵ではないとはいえ、大群に襲われるのは面倒である。

「思い出したっす」

 クロスは"またか直前に思い出すのかよ……"と思いつつも、詳細を確認しないわけにもいかず……、

「今度は何があるんだ?」

「魔獣討伐実習では、終盤にモンスターハウスイベントが発生するっす」

「モンスターハウス?」

 クロスも何かのゲーム用語として聞いたことはあるが、意味は詳しく知らなかった。ただ、語感からあまり良い予感はしない。

「語りだけで終わる印象の薄いイベントだったんで忘れてたっす。簡単に言ってしまえばプチ"ざまぁ"イベントっすね。悪役令嬢がヒロインを嵌めようとして、結局悪役令嬢が一番酷い目に遭うっていう──」

 ピラットが語る途中で、クロスはがっしりと彼女の肩を掴む。

「詳しく教えろ」

「あ、はい、悪役令嬢がヒロインを嵌めるためにダンジョンのトラップを起動するんすけど、自分も巻き込まれてヒロイン諸共に魔獣のたまり場へ落とされて、みんなして逃げる中、悪役令嬢が一番ボロボロになって……」

(ヴィラが罠に嵌めるようなことはしないと思うが……、手作りクッキーイベントでも悪役の"代役"が居た。となると、"トラップの起動"という事態は発生しうる)


「アトラのところへ戻るぞ!」

 アトラの居場所は、つまりレクスリーが居る場所でもある。クロスはピラットを再び小脇に抱え、忸怩たる思いを抱えつつも今来た道を急いで戻る。

「だ、抱き方の改善を要求するっすぅぅぅぅぅ……」

 洞窟内に残響音を残しつつ、彼らは疾走した。





「む、ヴィライナか」

「殿下……」

 接近する何者かの気配に警戒したレクスリーとヴィラは、お互いの姿を確認し緊張を解く。

「ヴィライナ様」

「こ、皇太子殿下!?」

 アトラとリウスも、それぞれに相手側ペアの姿を確認する。アトラはヴィラの隣にいるリウスを見つめる。その視線は射殺さんばかりに険しい。その視線に気が付いたリウスも、アトラからの敵意を真っ向から受け止めた。

「あ、アトラ嬢……?」

「リウス君、大丈夫か……?」

 急に険悪となったアトラとリウスの空気に、レクスリーとヴィラは困惑気味だ。


「え、獲物が被っては迷惑だ。お前はそちらへ行け、我々はこちらへ進む」

 早々に離れたほうが良いと判断したらしいレクスリーは、ペアを離すべく、別方向への移動を提案した。

「はい、リウス君、行こう──」


──ガコン


 壁の向こう側で何かの音が鳴り、直後4人の居た場所の床が抜けた。

「きゃぁぁぁぁ!!」

「うわぁぁぁ!」

 突然の浮遊感に悲鳴を上げるアトラとリウス。

 レクスリーとヴィラは落下中でありながらも冷静に下を確認し、お互いのペア相手を支えた状態で落下先の地面に無事着地した。


「数階層分は落下したか……、落とし穴にしては妙だ。底に殺すための仕掛けが無い……、ん?」

 レクスリーは上を見上げながら分析し、そして周囲の異変に気が付いた。

「殿下、来ます」

「あぁ、オレも気が付いた」

 周りの暗がりに多数の気配がある。レクスリーとヴィラは視線を巡らせる。

「ふっ、魔獣のたまり場か、丁度退屈していたところだ!」

 アトラとリウスを間に置き、自然とレクスリーとヴィラは二人を挟み守る位置取りをする。


 暗がりから現れたのはネズミ型やモグラ型など、この巣窟内に巣食う魔獣たち。ただ、その様子がおかしい。

「なっ!?」

 ネズミ型魔獣の一体がフラフラと歩み出る。ガクガク震え、そして体のあちこちから褐色の粘液が滲み出始める。程なくして、そのネズミ型魔獣はドチャという音と共に、自分の体から漏れ出た粘液に沈んだ。

 それに追従するかの如く、周囲の魔獣たちが次々と粘液に飲まれていく。


「粘獣……だと!?」 

 レクスリーが絞り出すように声を出す。

「ね、粘獣って、なん、ですか……?」

 周囲の粘液がざわざわと蠢いている中、声を震わせながらアトラが問う。

「生き物が魔獣化の変異に耐えられず、その体が溶け落ちたものだ……」

 ヴィラは緊張にこわばった声で、アトラの問いに答えた。その間にも粘液は尚も蠢く。

「そ、それって、死んでしまうって、ことですか?」

「いや……」

 何体もの魔獣が解けた粘液、それらは混ざり合い、まるで巨大な生き物が立ち上がるように、彼らの周囲に何本も屹立する。

「ただの魔獣より厄介な化け物だ!!」

 レクスリーの声に呼応するように、屹立した粘獣が一斉に4人を襲う。


「オラァァ!!」

 レクスリーは大剣に赤いオーラを纏い、粘獣を切り裂く。が、切り落とされた粘液は、すぐに近くの粘獣に再び合体してしまう。

「はぁっ!」

 ヴィラは閃力を籠めた拳を粘獣に叩き込む。衝撃を受け粘獣は一瞬怯む。しかし、叩き込まれた閃力は粘液を伝播し、拡散し散らされてしまう。

 レクスリーは連続で斬撃を放つも、切り落とした先から粘液が再吸収されてしまう。

「キリがねぇ!」

「殿下! 光輝こうきの噴射で上まで跳躍できませんか!?」

 ヴィラの言葉にちらりと上を窺うレクスリー。

「だめだ、高すぎる」

 白鱗はくりん光輝こうきには、剣身からのエネルギー噴射により高速移動することが可能である。しかし、重力に逆らう垂直移動である上に、一人ならまだしも、4人分を持ち上げるのは到底無理であった。


(粘獣を倒すには核を叩くしかねぇが……)

 レクスリーは近づく粘液の触手を斬り飛ばしつつ、巨大な粘獣の中に視線を巡らせる。ぱっと見ただけでも数か所に粘液の色が違う部位を見つけられる。粘獣の核だ。

(だが、粘液の壁が厚すぎる! あそこまで斬撃が届かん!)

 粘獣の核とは、そのもの魔核である。粘獣はその特性上、中枢たる魔核意外への攻撃はほぼ効果が無い。


「くそがぁぁ!!」

 力を溜めたレクスリーは、全力で大剣を振り下ろし、一か所の核に向けて斬撃を飛ばす。斬撃は粘液を吹き飛ばして核へ接近し、しかし、直前で核は粘液中を移動して避けられてしまう。

「くそっ! 全て消し飛ばしてや──」

 ギシッという鈍い痛みが体に走り、レクスリーは途中で言葉を切る。白鱗はくりん光輝こうきの"飛ばす斬撃"は、速度威力共に申し分ないが、使用者に大いに負担がかかるため、連発できるような技ではない。

 当然、これだけの膨大な粘液全てを吹き飛ばすのは現実的ではない。

「ちっ!!」

 流石に無理を悟ったレクスリーは斬撃の放出をやめ、地道に切断する方針へと戻す。


「どうする! このままではジリ貧だぞ!」

 レクスリーは焦りつつ、ヴィラに声をかける。

「時間を稼ぎます! いずれ救援が来るはずです!!」

「くそっ!!」

 ヴィラの解答はレクスリーとしては最も嫌うタイプの方針だ。だが、現状それ以外の方法をレクスリーも思いつかない。悪態はつきながらも、レクスリーは大剣を手堅く振り、粘獣を少しずつ削っていく。

「あ、あぶない!!」

「!?」

 アトラがレクスリーの背後から飛びつき、彼を押し倒した。直後、地面が割れ、地中から粘獣が吹き上がった。

「下からだと!?」

 割れた地面の下には空洞があり、なんとそこも粘獣が満たされていた。


 状況は絶望的となった。これまでヴィラとレクスリーがお互いに前後を守ることで、四方八方から同時に襲い掛かる粘獣に対応できていた。それが、地下からの粘獣出現により、ヴィラとリウス、レクスリーとアトラで分断されてしまった。

「せめてアトラだけでも──」

 アトラを投げ上げることで逃がせないかと見上げたレクスリーは、そこにさらなる絶望を見つけた。

「上の階層からも、だと……!?」

 彼らが落下してきた途中の階層。そこからも粘獣が垂れ落ちてきている。仮にアトラを投げ上げても、途中の階層にいる粘獣に捕らえられてしまっては意味が無い……。


「殿下、せめて殿下だけでも」

「馬鹿なことを申すな!!」

 冷酷ともいえるヴィラの言葉を、レクスリーは一喝した。

 貴人として考えるなら、ヴィラの判断は正解である。レクスリー単独ならば光輝こうきで脱出が可能だ。だが、良くも悪くも貴人、皇族らしからぬレクスリーは、その選択をできなかった。ましてやアトラを見捨てるなどもっての外。


 ジリジリとにじり寄る粘獣。周りを囲む大量の粘液は一体化し、ほぼ隙間なく彼らを包囲する。


「く、ここまでか……」

 諦めの言葉がレクスリーの口から漏れた瞬間、上から何かが飛来し、彼らの間近に落着した。


「き、貴様!!」

 落着したのはクロスだった。レクスリーの声を聞き流し、彼はその左腕を粘獣の中へと押し込んだ。

「溶かされるぞ!?」

 レクスリーが叫んだと同時に、クロスの左腕が展開し内部構造が露わとなる。


「最大出力! 電撃麻痺撃パラライザーぁぁぁぁ!!」

 クロスの左腕がまばゆい光を放ち、バァァァァァンという激しい炸裂音が洞窟内に響き渡る。

 一瞬の静寂、そして周囲に焦げ臭い匂いが充満した。直後、周りを囲んでいた粘獣たちが力を失い、ただの液体のようにドロドロと地下へと零れ落ちていく。


「クロス!」

 レクスリーでも聞いたことのないような明るい声をヴィラが上げる。

「まだ生きている粘獣が居ます。今のうちに!」

 クロスの言葉で上を見上げるレクスリー。先ほどの攻撃は上の階層まで及んでおり、粘液が力なく零れ落ちてくる。今ならば上層も安全に通過できそうである。


「失礼、アトラ嬢」

 レクスリーはアトラに一言告げ、彼女を横抱きに抱え上げる。そのまま、閃術により身体強化を施し、落とし穴の入口へ向けて壁を蹴り上がって行った。




 アトラを抱えて上層へと駆け上がっていくレクスリーを見送り、クロスはヴィラのところへと走り寄る。

「ヴィラ!」

「クロス、すまない、助かった」

 ヴィラは苦悶の表情で片膝をついている。見れば右足のブーツが溶け、やけどのように皮膚が爛れている。

「ごめんなさい、僕を庇って……」

「気にするな……」

 リウスは涙を流しながらも、ヴィラに触れることができず、かといって離れることもできず、オロオロしている。

「二人とも、早く上へ」

「私は大丈夫だ、クロスはリウス君を──」

 ヴィラの言葉を待たず、クロスは彼女を右手で抱き寄せ、しっかりと密着させる。

「く、クロス!? わ、私は、だ、だ、大丈夫だ」

「リウス君も」

「あ、はい……」

 リウスには肩に手を回してもらい、両手に二人をしっかりと抱える。

「掴まれ!」

 ヴィラも観念したのか、しっかりとクロスの首に手を回す。

 クロスはブーツのジェットを噴射し飛び上がる。壁の凹凸を足がかりとして蹴り上がっていく。


 そこへ、粘獣の生き残りが壁から飛び出してくる。

「っ!」

 クロスが体をひねって回避するも、粘獣の粘液触手は屈折し彼らの動きを追尾してきた。

「はぁっ!!」

 その粘獣に、ヴィラの裏拳が命中する。

「クロス!」

「ああ! 助かった!」

 その隙に、クロスは穴の上へと蹴り上がった。


 穴の上で待つピラットと合流し、6人は無事魔獣の巣窟を脱出した。




 巣窟を脱出したクロスは、改めて入口を振り返る。

「ヴィラは……、悪役令嬢は罠を起動していない。にも関わらず罠は発動した……」

「そもそも罠っすから、勝手に起動したんじゃないっすか?」

 クロスの呟きにピラットが答えた。

「……、そうかもしれないが……」

(運命の強制力なのか……、それとも何者かの指金か……?)




 一方そのころ



「はっ!?」

 チャラ男……もとい、ジャスは目覚め、魔獣の巣窟内に一人取り残されている事実に気が付く。

「……、フッ、レディは照れて逃げ出してしまったかな。困った子猫さんだ」

 彼の言葉は、洞窟内にむなしく響いた。

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