3章 ラブレス・オブリージュ 緊張の夏
1、魔獣討伐実習(前編)~チャラ男の戦い~
人気の無い学園の一角、そこで二人の人物が会話をしている。
「魔獣討伐実習では、この場所で──、あとはこれを──」
「はい、わかりました」
「これであの二人は──、私はあなたを応援していますよ」
「はい、ありがとうございます!」
何かを受け取り、足取り軽く一人が去っていく。
もう一人はその姿を見送る。その腰には、一振りの刀を帯びていた……。
この世界には、討伐公社が管理している"魔獣の巣窟"が何か所か存在する。
魔獣とは討伐すべき存在であると同時に、魔核や各種魔獣素材などの資源を産出する存在でもある。そのため、ある程度魔獣の出現をコントロールしやすい"魔獣の巣窟"を管理することで、安定的な素材の供給を図るのが目的だ。
そんな、討伐公社が管理している巣窟の一つ。本日は"学園"がそこを貸し切りにしていた。
浅い森の中にある切り立った崖、その一角に口を開けた洞窟が"巣窟"の入り口である。そんな洞窟前に、今日は学園の生徒たちが集まっていた。
「先日お伝えした通り、これから魔獣討伐実習を行ないます」
集まった生徒たちの前にププトが立ち、今日の実習について説明している。
この場には、学園初学年の生徒が全員そろっている。"巣窟の貸し切り"は頻繁にはできないため、魔獣討伐実習は学年単位で実施するのだ。
ちなみに、学年全体のイベントであるにも関わらず、なぜププトが説明を行なっているのか、といえば、彼はピラット達のクラス担当教諭であると同時に、学年主任でもあるからだ。本人曰く「押し付けられた」とのことだ。
「この"巣窟"に生息している魔獣は、下級魔獣の中でも弱いもののみです! 比較的安全ではありますが、絶対に一人では行動しないこと!」
ププトの注意事項を聞いた生徒たちに、不安や好奇の混ざったざわつきが広がる。
「これからくじ引きでペアを決めていきます。行動は必ずペアで行なってください。もし自信が無い場合には、複数のペア合同で行動しても構いません。恐れることを恥じる必要はありません。魔獣討伐で最も大事なことは"生き残る"ことです!」
『こういわれても、"怖いので複数ペアで行動します!"って言いづらいんじゃない?』
(言っても言わなくても、無理するやつは無理しそうだな)
「これが運命か!」
レクスリーの歓喜溢れる声が響く。いつもデカい声だが、今日は殊更大声になっている。
「オレと一緒なら、魔獣など恐るるにたらず、だ!!」
大声で目立っているレクスリーの隣には、萎縮しているアトラが居た。レクスリーが無暗に目立っているために、アトラに多数の好奇の目が向けられている。彼女はその状況にものすごく居心地悪そうな様子である。
「くじ引きとはいえ、なんというか、災難だな……」
クロスは他人事ながら、アトラに同情を禁じ得なかった。
「やぁ、ボクのペアは君かい?」
殿下とヒロインペアを眺めていたクロスとピラットだったが、そのピラットに軽薄な声がかかった。
「げっ! チャラ……」
「ちゃら?」
『ピラット嬢、うっかりチャラ男って言いそうになってるよ?』
ピラットはうっかり「チャラ男」と言いかけ、ワザとらしくせき込んで誤魔化した。彼女のペアは、攻略キャラの一人で通称"チャラ男"こと、ジャス・フェリサ・フルエンズであった。
「ジャス様、本日は、よろしくお願いいたします……」
ピラットは今更ながら取り繕うように丁寧な挨拶を述べる。残念ながら、その表情は引きつった笑顔だったが。
「はっはっは、ボクに任せておきたまえ。あーっと、護衛の君、今日はここまででいいよ。もう帰りたまえ」
「ヴェェェェ!?」
まるで犬でも追っ払うように、しっしっという手つきでクロスを追っ払うジャス。それを見たピラットが婦女子が出してはいけない奇声を上げた。
「あ、その、ほら、ジャス様のお手を煩わせても……」
(困るっす! チャラ男絶対弱いっす! クロス氏居ないと死ぬっす!)
ピラットはクロスを同行させるために必死だ。
「ボクの細剣は速いよ? "煩う"というほどのことも起きないさ!」
だが、そんなピラットの思いに気が付かないジャスは、手を胸に当て自信満々で述べる。
(根拠はわからんが、なんだかすごい自信だな)
ジャスが腰に帯びた細剣は派手に装飾されており、抜刀するのも大変そうだ。あれは武器と呼んでいいものなのか? と疑問を感じつつ、クロスは二人のやり取りを無言で見守った。
「そ、そうだ! 荷物っすよ、荷物! このクロスは力持ちなんす! なので、荷物持ちに最適っす!」
「ふむ、確かに、レディに荷物を持たせるのはスマートではないな。ボクも君を守るためには身軽であるべきだ。ではそこのお前、彼女の荷物を持ちたまえ。ついでにボクのもね」
二人の背負い鞄を渡されたクロスは、それを黙って受け取る。ジャスの鞄は無駄に装飾が付いているためか、妙に重い。
「さぁ! いざ魔獣討伐へ!!」
ジャスは自然な流れでピラットの肩に手を回し、洞窟を指さし高らかに述べる。そして、一応エスコートする形で洞窟内へと向かって行った。
(クロス氏、申し訳ないっす!)
そのジャスに見えないよう、ピラットは軽く片手を上げてクロスへ謝罪のジェスチャーを向けた。クロスはそれに軽く頷き、二人の後を追った。
「ははははは! ボクの剣をうけろ!!」
ジェスはネズミ型魔獣に向け、ド派手な細剣を突いた。
「ヂュウゥゥゥ」
胴を貫かれた魔獣は、か細い悲鳴を上げ倒れた。
「さぁ、ボクの戦果をしっかりと運んでくれたまえ!」
これでネズミ型魔獣4体目である。チャラ男の手前、インベントリを使うわけにもいかないクロスは、仕方なく魔獣の死骸を担いで運んでいる。
この巣窟の上層には、基本的にネズミ型魔獣しか出現しない。今回の実習は上層のみで行なうため、当然相手はネズミ型ばかりである。
調子にのるジェスの前に、ネズミ型が2体同時に姿を現した。
「ほほぅ、ボクに勝てないとみて徒党を組んできたわけか。だが、魔獣ごときの浅知恵と言わざるを得ないな!」
ジャスは細剣をひゅんひゅんと振り回し、顔の正面に垂直に立てる。
「ボクの剣の冴え、とくとご覧あれ!」
2体のネズミ型がジャスへと飛び掛かり、彼はそれを果敢に迎え撃つ。
やっ、はっ、ほっ! と短く掛け声を駆けつつ、両側からの攻撃に対応するジャス。
『なんで、わざわざ挟まれる位置取りをするのかな……』
(さぁ……、そのほうがかっこいいんじゃないの? 知らないけど)
ジャスが必死に2体と戦闘を繰り広げる中、ピラットがコソコソとクロスに近づいてくる。
「ぐぅぅぅ! なんとか、なんとか殿下を追いたいっす! 何とかならないっすか、ドラ○もん!!」
「だから、誰がドラ○もんだよ! 素直にジャスに頼めばいいだろう」
ピラットは驚きの表情をクロスに向ける。
「チャラ男に頼むなんて無理っす! あぁ、考えただけで鳥肌が!」
ピラットは両手で自分の体を抱え、身震いした。
「同じ"攻略キャラ"なのに、扱いの差がすげぇのな」
「全ルート回収のために攻略するだけの奴っす」
急に冷淡な口調になったピラットが言い放つ。
『まるで障害物みたいな扱いだね……』
(よほど嫌いらしい)
二人がこそこそと会話を続ける間も、ジャスはネズミ型2体と死闘を繰り広げる。
「そうだ! あのビリビリする武器で気絶させたらいいんじゃないっすかね!!」
「いやいや、いくらなんでもそれは可哀そうじゃないか?」
クロスに断られたピラットは、小声で"なんとか意識を、石でも当てるか?"などと、物騒な独り言を呟く。
そうこうしている間に、疲労が蓄積してきたのか御自慢の剣の冴えが鈍り、ジャスはだんだんとネズミ型2体に追い込まれていく。
「そこっす! あとちょっとっす!」
「それどっちを応援してるんだ……?」
「あっ!」
追い込まれたジャスは、苔で足を滑らせ転倒し、そのまま動かなくなった。
「まずい」
クロスは荷物を放り出し、倒れたジャスに飛び掛かろうとしたネズミ型2体を蹴り上げた。壁に激突した魔獣2体は絶命したようだ。
すぐにジャスの様子を伺うクロス。
「まさか死んだっすか!?」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ! ちゃんと生きてるよ! 気絶しただけだ」
「残念、でもこれはチャンスっすよ!」
やっふー!という歓声をあげ、両手を振り上げ小躍りするピラット。
「全身で喜びを表現しすぎだ。せめて喜ぶのは内心だけにしろ」
酷い扱いのジャスに少々同情しつつ、クロスは回復ポーションを振りかけた。もちろん回復ポーションに気付けの効果はないため、気絶したままだが……。
「さぁ! 急いで殿下を追うっすよ!」
「えぇ~」
「異論は認めないっす!」
(また絡まれるのやだなぁ~)
『見つかれば、間違いなく魔獣そっちのけで向かってくるね』
周囲の魔獣を意に介さず、喜々としてクロスに襲い掛かるレクスリーの姿を幻視し、クロスは身震いした。
「あ、じゃあ、もし殿下が襲ってきたら、返り討ちにしていい?」
「ダメっす!!」
「えぇ~、でも……、奴が向かってきたら俺、自分を抑えられる自信ないな」
クロスは言いながら声のトーンが落ち、その目には狂気と歓喜の入り混じった鈍い光が宿る。
「と、とにかくダメっす! ダメったらダメっすからね!!」
(こ、怖いっす! 目がマジっす!)
憤慨で
「あ、クロス……」
「ヴィラ、イナ様……」
レクスリーを追って移動を初めて早々に、なんとヴィラと遭遇した。
未だに"ヴィライナ様"と呼ぶことに慣れないクロスは、呼び方が微妙にたどたどしい感じになってしまった。
「その、"それ"はどういう状況なのだ?」
ピラット、クロス、ジャスの状況を見たヴィラは、その状態に疑問を覚えたようだ。それも当然であろう。3人のうち1人は、気絶し担がれているのだ。
「えーっと、ちょっとした事故っす。それより、ヴィライナ様はリウス君とペアなんすね」
雑な説明をしつつ、ヴィラの隣に立つリウスを利用し、露骨な話題転換を図るピラット。
「あぁ、リウス君があまり自信がないというのでな、慣らしながらゆっくりと進んでいるんだ」
「僕は黒印が無いので、ヴィライナ様のおこぼれをいただいてばかりで……」
リウスは恥ずかし気にうつむき、頭をかく。
「そういう言い方をするものではない。君には君の良い所があるのだから」
「……」
ヴィラの言葉にリウスは、控え目ながらも嬉しそうな表情をする。
──チクリ
(ん? なんかチクっとした?)
クロスは自覚無く、少々苦い表情をしていた。
『おっと~、これはやきもちかな~』
(うっせ)
「えーっと……」
クロスとピラットの様子に対して、ヴィラは何か言いたげにチラチラと二人を見る。
ヴィラのその様子と、クロスの表情を目にしたピラットは、いたずらな笑みを浮かべた。
「あ、"彼"は自分の専属護衛っす!」
そういいつつ、ピラットはクロスの腕に抱きついた。
「なっ!?」
「なっ!?」
クロスとヴィラが同時に声を上げ、分かりやすく反応する。
「"彼"、強いっすからね! "彼"に護衛してもらえばとっても安心っす!!」
「ちょ、おい!」
やたらと"彼"の部分を強調するピラット。その様子に鉄面皮を維持できなくなったのか、頬を引きつらせるヴィラ。
「そ、そうか……、え、え、え、獲物が被ってもアレだ、わ、わ、わ、我々は、あ、あっちへ行こうか……」
「?……はい」
"たどたどしい"を通り越し、もはや挙動不審となったヴィラは、必死な様子で"ではな"と一言述べて離れていった。そのヴィラの様子にに疑問を覚えつつも、リウスもそれに続いて行った。
彼らの姿が通路から見えなくなり……
「ふぅ~ん」
にやにやと妙に楽しそうな様子でクロスを見上げるピラット。
「お前なにしてんだよ……」
『ふふぅ~ん』
それにスミシーまで乗っかる。
(本当に、二人してなんなんだよ……)
二人のにやにや笑いに、クロスはため息を吐いた。
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