8、魔獣襲撃イベント(物理で回避)

「無理無理ぃぃぃぃぃ、死ぬっす! マジヤバイっすぅぅぅ!!」

 閃術結界が貼られた闘技場の中を、逃げ回るピラット。石に躓き、顔から地面に衝突した。

「ふげらっ!」

 ガバッっと起き上がり、顔についた土も払わずに背後を振り返る。そこに近づく影……。

「あ、あぁぁ」

 

「シャァァ!」

 威嚇の声を発しつつ、ネズミ型魔獣がピラットに飛び掛かった。

「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 尻もちを着いたまま、ピラットは右手に持った剣を闇雲に振り回し、無手の左手からは閃術をやたらめったらに乱れ撃つ。


 ライターの火ほどのサイズの火の玉が何発も打ち出され、ネズミ型魔獣に降り注ぐ。


「ヂュウゥゥゥゥ!!」

 その一発がネズミ型魔獣のヒゲに引火し、魔獣は悲鳴を上げて地面を転がる。


「ひぃぁぁぁぁぁ」

「ヂュヴゥゥウ!」

 お互いが悲鳴を上げながら、地面を這いずっている。


「お、おぉぅ」

 ピラットとネズミ型魔獣の熾烈?な戦いに、クロスは別の意味で感嘆の声を上げた。

『なんと低次元な争い……』

 これは魔獣討伐の実技授業である。閃術結界が張られた闘技場において、爪や牙、角すらも落とした魔獣を相手に実践練習を行なうのだ。もともとネズミ型魔獣は動きも遅く、恐らくこの授業において最弱の対戦相手である。

 一応、クロスも結界内にいるのだが、これも経験ということでピラットに戦わせてみたのだが……。


 この授業の目的としては、ほぼカカシに近いレベルの魔獣を倒し、「魔獣討伐とは」を体験するである。

 そのため、クロスは心を鬼にして(笑)、ピラットにやらせてみた結果がコレである。



 ついにピラットは地面に突っ伏したまま、さめざめと泣き始めた。同じく魔獣側も完全に心が折れたのか、闘技場の隅で丸くなっている。

「だめだこりゃ」

 前回の異次元格闘とは、また違ったレベルの異次元バトルであった。




 ピラットとネズミ型魔獣の戦いは"引き分け"となり、二者ともに闘技場から退去となった。

 現在、闘技場内では既に次の生徒が魔獣と戦闘中である。今度の相手はウサギ型魔獣だ。


「ヴエェェェェ、ひぐっひぐっ、ズル、ひぐひぐ、オウヴェ」

 観客席には魔獣討伐の順番待ちであったり、既に出番が終わった生徒たちが居るのだが、ピラットは観客席に戻ってきた途端に奇声を上げ、盛大に泣き始めた。しゃくり上げすぎたせいか、吐きそうになっている。

 なお、顔面の穴という穴から様々なものが漏れ出してるため、令嬢として見せてはいけない惨状となっている。

(幼児かよ……)

 魔獣に嗾けた手前、少々の罪悪感を感じたクロスは、仕方なく背中をさする。


「あ、あの……」

 そんなクロスたちにおずおずと声をかけてきたのは、乙女ゲームのヒロインであるアトラだった。

「アト……っと、失礼」

 うっかり"アトラ"と言いそうになり、面と向かって会話するのは初めてであることに気が付いたクロスは、立ち上がりしっかりと腰を折り、アトラへ向けて頭を下げて自己紹介を行なった

「ディヴァイアス男爵家令嬢、ピラットお嬢様の専属護衛を勤めさせていただいております。クロスと申します」

「あ、あの、わたしアトラです。その、平民なので、そんな改まってもらわなくても……」

 思いのほかしっかりとしたクロスの挨拶に、アトラはオタオタと慌てつつ名を名乗った。

 クロスは"いえいえ、そういうわけにはまいりません"と言いつつ、ちらりとピラットの様子を見る。が、彼女の惨状は相変わらずである。

「申し訳ございません。ただいま主人は大変見苦しい状態となっております。後ほど、改めてご挨拶をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 クロスの言葉に、アトラはパタパタと手を振る。

「あ、いえ、違うんです。私、少しですけど"癒し"の閃術が使えて……、ほんとに気休めくらいなんですけど。なので、もしよかったら……」

 アトラはピラットに対し、癒しの閃術をかけてくれようとして声をかけてきたようだ。

 先ほどからアトラがあちこちの生徒たちに声をかけて回っていたのは、クロスも気が付いていた。


「ありがとうございます。では、お願いしてもよろしいでしょうか?」

 クロスがお願いをすると、アトラは屈託のない笑みを浮かべる。

「よろこんで!」

(この素直さは、華族令嬢には無い魅力なんだろうなぁ……)

 アトラはピラットの背中に手を当て、優しく撫でる。その手はわずかに緑の光を帯びている。


『本人の言う通り、本当に気休め程度の出力だね……』

(あぁ、でも、効果はあったみたいだな)


「ふぇ? あとらしゃん?」

 気持ちが少し落ち着いたのか、ピラットが自分の背中をさする人物に気が付いた。

「ピラットさん、ご気分は大丈夫ですか?」

「ひっ!」

 ピラットがまた、別の理由で小さな悲鳴を上げる。本物のヒロインがすぐ横に居ることに改めて気が付いたようだ。


 引きつった表情のまま、しばし沈黙が流れる。


「尊い……」

 そしてピラットは、見るも無残なほどにデレデレな表情に変わった。

『あれはあれで人に見せられない惨状だね……』


「もう、大丈夫ですか?」

「ふぁい、もうらいじょうぶれしゅ……」

 アトラの問いかけに、ふやけた顔のままピラットが答える。

(酔っぱらい? 効果絶大過ぎんじゃね? 何か特殊な催眠効果でもあるんじゃないか?)

『いや、ピラット側の問題だねぇ』


「あまり無理しないでくださいね」

「うへ、ひゃぃ、ありがふぉう」

 アトラは小さく手を振り、また別の生徒のところへと向かって行った。ピラットはふやふやな顔のまま、その背中に手を振り続けている。

「NOタッチじゃなかったのかよ」

「うへ、うへへ」

(だめだこりゃ)



 魔獣討伐実技授業が終わり、本日の授業は終了した。しかし、ピラットは相変わらず"酔っ払い状態"であったため、庭園横にあるベンチまでピラットを歩かせ、そこで酔いが覚めるまで待つこととした。


 たっぷり30分ほどが経過し、やっとピラットが真人間に戻ったかと思えば……、

「あっ! 思い出したっす!」

 突然叫びながら立ち上がった。

「おい、まだ酔ってるのか?」

「酒なんて飲んでないっす。なにを言ってるんすか?」

 心底疑問な様子でクロスを見るピラット。

(こいつ……)


「そんなことよりも! イベントっすよ、イベント!」

「乙女ゲームのイベントか?」

 クロスの言葉にピラットが頷く。

「魔獣襲撃イベントっす。魔獣討伐実技授業で使う魔獣が逃亡して、ヒロインが襲われるんす。で、その時に、一番好感度の高い攻略キャラが助けに来てくれるんすよ!!」

 ここでヒロインが"天光の資質"に目覚めてー、などと、ピラットは引き続き楽し気に語り続けている。

(魔獣に襲撃されるってのに、随分のんきだなぁ……)

 いつも通りではあるが、ピラットの緊張感の無い様子に、クロスも話半分で聞いていたが……、


「あ、そうそう、現場には悪役令嬢も居たっす」

「はぁ!?」

 クロスの声に驚き、ピラットがビクッと震えた。

「まさか、それって今日なのか!?」

「えーっと……、たぶん?」



==========================================

ヴィライナ・プラマ・チャンドラ

「嫌らしい、そうやってあちこちに媚びを売って、さすが下賤の娘ですわね!」


アトラ

「いえ、私はただ、癒しを……」


ヴィライナ・プラマ・チャンドラ

「それが卑しいと言うのですわ! 方々で体を触って回って……、汚らわしい! あなたのような下賤の者は、この学園に相応しくありませんわ!!」


 グルルルルルゥ

 興奮気味に語るヴィライナの背後から、唸るような声が響く。


アトラ

「あ、ヴィライナ様危ない!!」

==========================================



「オオカミ型魔獣が現れ、悪役令嬢をかばったヒロインがあわや! というところで、一番好感度が高い攻略キャラが──」

「どこだ! その場所はどこだ!!」

 クロスはピラットの肩を持ち、ガタガタとゆする。

「た、たしか、と、闘技場の、裏──」

 聞き終わるや否や、クロスはピラットを放って走り出し──

「待つっす! 自分も連れて行くっす!」

 ピラットにしがみつかれて止められた。ピラットは物凄い力でしがみついている。先ほどの情けない姿からは想像もできない力だ。

「えぇい!」

 クロスはピラットを小脇に抱え、ブーツのジェットを噴射して飛翔する。

「びぃやぁぁぁぁぁぁ!」

 ピラットの悲鳴が学園にこだました。




「嫌らしい、そうやってあちこちに媚びを売って、さすが下賤の娘ですわね!」

 ヴリハスパティ侯爵家令嬢、ティーテ・サブス・ヴリハスパティは、身分を弁えない平民が腹立たしくて仕方なかった。

「いえ、私はただ、癒しを……」

(こんなみすぼらしい小娘が……)

 ティーテは扇子で口元を隠し、嫌悪を露わにした。

「それが卑しいと言うのですわ! 方々で体を触って回って……、汚らわしい! あなたのような下賤の者は、この学園に相応しく──」

「グルルルゥゥゥ」

 ティーテの声を遮るように、背後から唸り声が聞こえた。

 ビクッと体を硬直させ、ゆっくりと振り返るティーテ。口角に並ぶ鋭利な牙、そこからよだれを垂らすオオカミ型魔獣が、その視線でティーテを捉え、今にも飛び掛かろうとしていた。

「あぶない!!」

 アトラがティーテを付き飛ばす。

 その様子は、ティーテにとってはスロー映像のように見えた。彼女を突き飛ばした平民。ティーテに食いつこうとしていた魔獣の顎は、代わりに平民の体に食いつかんとしていた。その巨大な顎に食いつかれては、華奢な令嬢の体ではひとたまりも──


「疾っ!!」

 瞬間、オオカミ型魔獣の姿が消失する。アトラともつれるように倒れるティーテ。二人に影を落とすのは一人の麗人。

「大丈夫か?」

 右手に閃術の光を纏わせたチャンドラ公爵家令嬢、ヴィライナ・プラマ・チャンドラがそこには居た。




「びぃやぁぁぁぁぁぁぁ」

 ピラットの悲鳴がドップラー効果を起こしつつ、学園内を疾走するクロス。その前方、進行方向である闘技場裏手方面から、高速で飛来する物体があった。

 左足のジェットを横方向に急速噴射し、ほぼ直角に機動してその物体を回避する。

「ヴォェ!」

 あまりに鋭利な機動のために、体に異常な高負荷がかかったピラットは、おかしな声を漏らす。

 地面に滑るように着地し、クロスは飛来物を確認する。飛来物も地面に衝突後、十数mほど滑って停止していた。

「あれは……」

 頭部が粉砕された魔獣……、粉々な頭が原型を留めていないため推測だが、恐らくオオカミ型魔獣の死骸か、いや、"残骸"と呼ぶべき物だった。

「あ、もう終わってたっすね……」




「二人とも大丈夫だったか?」

 ヴィラはそういいつつ、二人に向けてそれぞれ手を差し出した。

「はい……」

 ヴィラの手を取り、助け起こされ頬を染めるアトラ。

「わ、わたくしは、べ、別に……」

 ティーテは自力で立ち上がり、ブツブツ言いながら去っていった。



「……」

 クロスはその様子を無言で見守る。

『彼女なら、破滅フラグを"物理"で回避しそうだねぇ……』

 スミシーがクロスの内心を代弁するように、しみじみと述べる。



「あの、ヴィライナ様、私感動しました……」

「あ、あぁ、そうか。無事で何よりだ……。その、そろそろ手を放してくれるか?」

 両手で包むように手を握り、熱っぽい視線を向けるアトラと、やや引き気味のヴィラ。


「っ! こ、これはこれでアリか!?」

 その様子を興奮気味に見守る変態ピラット

(いいのかそれで……)

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