7、(異次元)格闘の授業
学園の授業には実技課目も存在する。本日は、閃術を組み入れた格闘の練習ということで、いつか来たことのある鍛練場にて授業が行われる。
座学の授業では、専属護衛達も他の使用人同様に従者控室にて待機している。しかし今日は各々の主人と共に授業の場であるこの鍛練場に居た。もちろん、それはピラットの専属護衛であるクロスも同様である。
「なぜ格闘の授業だけ護衛が参加可能なのか……、と言いたげな顔っすね」
ピラットがクロスの顔を覗き込み、クロスの視界にはピラットのドヤ顔が映る。彼は、猛烈な殴りたい衝動をぐっとこらえる。
「"ストーカー"も度が過ぎると、テレパシー能力が備わるんだな」
「ストーカーちゃうっす! ヒロインウォッチっす!」
ピラットはわざわざ"ムッ"とした表情を作り、クロスへ抗議を向ける。
「"何のこと"とは言ってないんだが、そのヒロインウォッチとやらがストーカーに類する行為であるという認識はあるんだな」
「大違いっす! "YESヒロイン NOタッチ"という健全な精神のもとに行われるのがヒロインウォッチっす!」
無い胸を張り、堂々と謎の精神を宣言するピラット。
「こんなに不健全な"健全"の使われ方を聞いたのは初めてだ」
「何わけのわかんないこと言ってんすか?」
「……」
(お前に"だけ"は言われたくない)
「"格闘"の授業で、ご令嬢方は自分の専属護衛を自慢したいらしいっすよ?」
話題が盛大に脱線したが、ピラットはそれを強引に引き戻した。
「お、おう?」
力業な話題転換に、クロスは一瞬何の話か分からなくなったが、たっぷり数秒かけて、"なぜ格闘の授業だけ護衛が参加可能なのか?"の話題に戻ったことを理解した。
「"授業"ってのは生徒が受けるものじゃないのか……」
「それだけ腕の立つ護衛を雇えることも、生徒の力ってことじゃないすか?」
「それ、親の力の間違いだろ」
クロスのツッコミに、ピラットも小さく手を上げ"わかんねぇっす"という意思をアピールした。つまり、理由はよくわからんということだった。
『これはチャンスだ! 全員ぶちのめして"ざまぁ"しよう!』
護衛が参加可能であると聞いたスミシーから、やたらハイテンションで物騒な提案が成された。
(おまえ、その言葉どこで覚えたんだ? 使い方が微妙に間違ってるぞ?)
鍛練場に集まった生徒たちに向け、担当教諭のププトが説明を開始する。
「この授業では、実戦形式での模擬戦を行います」
武器が使用不可であることや、閃術使用は身体強化や移動のみで、攻撃閃術の使用禁止などの説明がされる。
「はふぅ、ププト先生マジ癒しっすねぇ~」
ププトの説明風景を眺めるピラットが、気持ち悪いため息をつきながら呟く。なお、説明内容は聞いていないようだ。
「たしかに、のんびりした雰囲気の先生だな」
柔和な表情と穏やかな声で説明するププトは、確かに見る者を落ち着かせる魅力がある。ただ、目の下には少々クマが出来ており、苦労を感じさせる。
(このクラスの担任は心労が多そうだな。
ピラットを見つつクロスはそんなことを考えていたが、それに気が付かない本人は、更に言葉を続けた。
「実は、先生には"公爵家"出身であることを隠している設定があるっすよ」
「ほぅ」
「たしか、三男なんで、学園の教師の道を選んだらしいっす」
(公爵家? ヴィラも"公爵令嬢"だったが、彼女とは別の公爵家か……)
『建国九聖で残っているのは2公爵とか言ってたね、たしか』
(よく覚えてるな……)
スミシーは、どうやら"ピラットさんの良くわかる解説"をしっかり覚えているようだ。
「結構、意外な経歴だな……。もしかして攻略キャラだったりとか?」
「まさかー、ただの名前付きモブっすよぉ」
ピラットは"ナイナイ"といった感じで手を振る。
「まぁ、授業や季節ごとのイベントでちょいちょい登場するんで、準レギュラー的な? いや、細かい設定があるんだから、もしかしたらDLCで攻略キャラ化するとか──」
(DLCって……)
ピラットの発言を聞いていると、なんだかクロスはだんだんクラクラしてきた。
今生きているこの現実が、ピラットの言うゲーム的な話で揺さぶられ、頭の中で現実感との齟齬を起こしているようだった。
(あまり気にしないでおこう)
得意気に話し続けるピラットを放置し、思考を払うように首を振る。と、一瞬ヴィラと視線がぶつかったように感じられた。
(ん? 今目が合った……か?)
「えー、それでは、まずは代表者二名に模範をしてもらいます。さて、誰が良いかな……」
生徒諸君はププトの説明をあまり聞いていなかった。それでもププトは粛々と説明を終え、模範を行ってもらえる生徒の希望を募る。
一人の令嬢が、自慢気な様子で挙手をした。
「いきなり専属護衛の登場っすね。よっぽど護衛の質に自信があるみたいっすね」
確かに挙手した令嬢の後ろには、護衛らしき屈強な男が控えている。
「えーっと、護衛の方となると、それなりに戦える相手でないと……」
いきなりの護衛登場に、ププトは少々困りながら相手を探す。そんな中、一人の男が静かに手を上げた。
「先生、よろしければ拙僧が……」
「あぁ、ルアシャ君。では、お願いできるかな」
「はい」
生徒たちの中から歩み出たのは、例の"坊さん"である。
(あ、やばい)
『あの護衛死んだわ』
なぜかスミシーが楽しそうである。
生徒たちは鍛練場の端へと移動し、中央には令嬢の護衛とルアシャが残された。
「安心しな、手加減してやるからよ」
手足や首をコキコキと鳴らしながら、余裕の表情を浮かべる護衛の男。
「勉強させていただく」
本日も道着袴姿なルアシャは、護衛に向け合掌し頭を下げる。
「攻略キャラの実力や如何に! っすね!」
ピラットは笑顔でそんなことを言う。
(あの護衛の命が心配です)
『まさに、絵に描いたような"フラグ"だねぇ』
「始めてください!」
そんなクロスの心配など届くはずもなく、ププト先生が無情にも開始の合図を出す。
ルアシャは構えを取るが、護衛の男は余裕の様子だ。
「いいぜ、先に打ってこいよ」
護衛の男は、右手で"かかってこい"と手招きをする。
「では、失礼する」
ルアシャは更に腰を落とし、フッと息を吐いた瞬間、一気に二者の距離がゼロとなった。
刹那、ドォンッという激しい衝突音と共に護衛は吹き飛び、次の瞬間には後方の壁に叩きつけられていた。ルアシャは先ほどまで護衛が立っていた場所で、腰の高さで拳を突き出し静止している。
再びフゥゥと息を吐き、ルアシャは合掌する。
「ありがとうございました」
「……」
しんと静まり返る鍛錬場。さすがのピラットも絶句している。
(なんの"模範"にもならないな)
おそらくは、ほとんどの生徒は動きが見えていない。
「あーっと……、もう少し参考になる模範を……」
やっと沈黙を破るように、ププト先生が声を上げた。
『あの先生、案外毒吐くね』
この言い方では、"護衛が弱くて模範にならなかった"と言っているようなものだ。いや事実ではあるのだが……。先ほどまで自慢気だった"あの令嬢"は、俯いたままプルプルと震えている。
ププトは生徒たちを見回すも、その視線を避けるようにクラスの大半がサッっと目を逸らす。
そんな中、ウッキウキで手を上げようとするピラットと、その肩に手を置くクロス。彼はその肩をギリギリと力強く握りしめた。
ピラットはゆっくりとクロスを振り返る。そんなピラットにクロスは目一杯の笑顔を向ける。目は全く笑っていないが。その顔を見たピラットは頬を引きつらせ、手をしっかりと下げて太ももの横にピタッと張り付けた。
そのまま何事もなくやり過ごすべく、適当にそっぽを向くクロス。次の瞬間、鍛練場中央から貫くような凄まじい殺気が飛んできた。
(ぶっ!?)
『ぐぇぇぇぇ』
ルアシャはクロスに向けて全力で挑発を仕掛ける。クロスの背中には滝のように冷汗が流れていたが、表向きには気が付かないフリをしてやり過ごした。
(やめてー! もうそれ以上殺気ぶつけないで! 冷汗がとまらないのぉ!!)
『ぐぇ』
クロスは心の中で弱音を吐いた。スミシーに至ってはさっきから嘔吐反応を示している。何を吐き出すつもりなのか謎ではあるが。
突然殺気が消えた。見れば、生徒たちの中から、一人挙手する令嬢が居た。
「あ、では、ヴィライナ嬢、お願いします」
(ヴィラ!?)
「わかりました」
生徒たちの間から鍛練場中央へと歩み出るヴィラ。彼女は令嬢ではあるが、護衛ではなく本人が出るようだ。
鍛錬場中央で向かい合うヴィラとルアシャ。
「かの"黒龍姫"とお手合わせ願えるとは」
「その呼び名は好きではない」
ぶわっと一瞬ヴィラの気配が膨らむ。ルアシャはそれを受け流すように、訂正の言葉を続けた。
「失礼、ヴィライナ・プラマ・チャンドラ様、お手合わせお願いいたします」
「あぁ、ルアシャ・モナーク様、こちらこそよろしくお願いする」
ルアシャは合掌し、ヴィラはそのままでお互いに頭を下げて礼をする。
「始めてください!」
再びププト先生の合図により、二人が構えを取る。
一瞬のにらみ合いののち、今回も先手を取ったのはルアシャであった。再び二者の距離は一瞬にして消失し、ゴウゥゥという轟音が響く。
しかし、今回は誰も壁に叩きつけられはしなかった。二者共に依然として鍛練場中央に残り、ルアシャの突き出した拳打を、ヴィラが逸らして受け流していた。
ルアシャは突き、前蹴り、貫手、肘うちを高速連続で繰り出す。ヴィラはそれを全て捌き、回避し、受け流す。
「はぁっ!!」
ルアシャが裂帛の気合を籠め正拳を放つ。だが、その拳もまたヴィラにより逸らされ、踏み込んだヴィラの右拳がルアシャの腹へ命中する。
ゴァッという音と共に、静止する両者。
当たったかに思えたヴィラの拳打は、しかし、ルアシャの腹部にてその左手により受け止められていた。
「ふっ」
その笑みはどちらが先に作ったものか。お互いに"終わり"を理解した二者は、向き合ったまま一歩距離を取る。
「ありがとうございました」
二人は同時に礼を取り、生徒たちの中へと戻っていく。
呆気に取られていた生徒たちは、無言で二人を見送る。
「な、なんも見えなかったっすよ!?」
(異次元だったな)
『これはこれで"模範"にならないねぇ』
「クロス様」
「おぅ!?」
突然背後から声を掛けられ飛び上がるクロス。背後にはヴィラの専属メイドの女性が居た。
(い、いつのまに!? スミシー知らせろよ!!)
『あ、敵意無さそうだし、いいかなって』
(てめぇ……)
スミシーはすぐれた索敵能力を持つため、当然このメイドの接近には気が付いていた。クロスもスミシー程の精度ではないが、討伐者として気配を察知する能力には長けている。にも関わらず、このメイドはクロスに気付かれずに接近して見せた。かなりの使い手である。
「お嬢様というものがありながら、他の婦女子との仲睦まじい姿を見せるのは破廉恥でございますよ」
「は、はれん!? え、仲睦まじいって、誰と!?」
ピラットに視線を向けるメイド。
「はぁ!? 自分っすか!?」
「ふふ、冗談です。おっと、クロス様に近づいたのがお嬢様にバレてしまいました」
「へ?」
メイドが一瞬目線を向けた先、クロスも釣られてそちらを見ると、ヴィラがこちらを見て随分と慌てている。
「なんか随分と慌ててるけど──」
クロスが再び話しかけようとして振り返る、が、すでにそこにはメイドの姿が無かった。
「速っ!」
ヴィラとルアシャが去り、再び沈黙に包まれる鍛練場中央。担当教諭のププトは立ち尽くしていた。
「もうやだ……」
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