5、ピラットさんのよくわかる解説

 出会いイベント行脚で精神的に大層疲弊したクロスは、乙女ゲーム"ラブレス・オブリージュ"の展開について、ピラットから聞き出すことをすっかり失念してしまっていた。


 入学式の翌日の朝になり、クロスはようやくそのことを思いだした。早速その日の放課後にピラットをとっ捕まえて、"ラブレス"の展開について尋問することにした。


「ちょ、そ、そんな凄まなくても説明するっすから! だから落ち着くっす! ドゥドゥ」

「俺は馬か!」


 庭園を遠くに臨むベンチに腰掛け、ピラットは語り始める。

「クロス氏が気にしているのは悪役令嬢であるヴィライナ様のことっすよね? なら悪役令嬢のことを中心に説明するっす」

「あぁ頼む」

 ピラットが軽く頷く。


「とりあえず、大前提として、悪役令嬢は皇太子殿下の婚約者っす。で──」

「ちょい待ち」

 一言目から聞き逃せない内容に、クロスはピラットの話を止める。

「ヴィラが、あの脳筋の婚約者?」

 途端、クロスから不穏な空気が溢れる。

「そ、そのはずっすけど……」

 クロスはゆらりと立ち上がる。

「よし、殺すか……」

「ま、待つっす! と、とりあえず一旦落ち着くっす!」

 ピラットはクロスの怒りの矛先を変えるべく、まずは"今のヴィライナ"と"悪役令嬢"の"違い"について述べた。


 ゲームにおける悪役令嬢たるヴィライナは、金髪を縦ロールにまとめ、まさに"華族"を体現するような煌びやかな改造制服を身に纏う。性格も派手好きでわがままであった。それが、実際に会ってみると髪は黒く、化粧も最低限。校則通りの制服に身を包み、体つきも引き締まっている。ある種の"ストイックさ"を感じさせるような雰囲気となっていた。


(5年前の彼女は金髪で、確かに少しわがままなところがあった……)

 ヴィラの5年前と今現在の姿。クロスはその変化のきっかけを考えた時、どうしてもあの"事件"が頭を過ってしまう。

 クロスが思考の海に沈んでいた間にもピラットの説明は続いており、そして彼女の説明は徐々にヒートアップしていった。


「卒業記念パーティーで断罪イベントが発生して悪役令嬢が断罪されるっす。ヒロインへの嫌がらせや毒を盛った罪を告発されて追い詰められた悪役令嬢の悪意がラスボスの本体である"大崩壊の亡霊"を呼び起こして、あ、この"大崩壊の亡霊"は500年前の大崩壊を起こした元凶なんですけど、その"大崩壊の亡霊"と悪役令嬢が融合してラスボスになるんす。まずラスボス戦に勝った場合と負けた場合でルート分岐するっすけど、勝った場合、攻略キャラ達との好感度レベルが重要になるっす。好感度一番高いキャラとカップルになるのがカップルエンドで殿下とのカップルエンドが正史あつかいっすね。攻略キャラ全員の好感度が"攻略レベル"になっていれば逆ハーレムエンドになるっすけどカップルエンドも逆ハーレムエンドもラスボスと一緒に悪役令嬢も滅びるっす。攻略キャラ全員の好感度が低かったらバッドエンドでラスボス戦で攻略キャラが全員死んでしまって悲しみから覚醒したヒロインがラスボスを倒して終わるっすけど悪役令嬢は当然ラスボスと一緒に滅びるっす──」

「ちょちょちょちょ、ちょい待ち! なげぇ。そして早口で分からん!!」


 クロスは、クリップボードと紙を取り出し、確認しながらメモを取る。



※※※※断罪ラスボスイベントルート分岐※※※※


A、「隠しキャラ出会いイベント」未発生

 断罪イベントで追い詰められた悪役令嬢の悪意と、"大崩壊の亡霊"が融合する。悪役令嬢を取り込んでラスボス出現【ラスボス戦】


A-1、ラスボス戦に勝利

A-1-1、攻略キャラの誰かを攻略【ハッピーエンド1 カップルエンド】

 ラスボス撃破後、幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。ただし、悪役令嬢はラスボスと一緒に死亡。

 (※皇太子攻略ルートが正史扱い)


A-1-2、攻略キャラ全員を攻略【ハッピーエンド2 逆ハーレムエンド】

 ラスボス撃破後、幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。ただし、悪役令嬢はラスボスと一緒に死亡。


A-1-3、全員未攻略【バッドエンド】

 攻略キャラが全員ラスボスの犠牲になり死亡。悲しみから更なる覚醒を経たヒロインがラスボスを倒す。悪役令嬢はラスボスと一緒に死亡。


A-2、ラスボス戦に敗北

 世界崩壊【ルインエンド】

 メインキャラ全滅し、世界が崩壊。たぶん悪役令嬢も死亡。


B、「隠しキャラ出会いイベント」発生済み

 断罪イベントの途中で隠しキャラ(ラスボスである"大崩壊の亡霊")が乱入。


B-1、隠しキャラ攻略済み【エスケープエンド】

 隠しキャラ(ラスボスの本体)がヒロインを連れ去る。ラスボス戦は無し。悪役令嬢は二人が飛び出した際に破壊した天井の破片につぶされて死亡。


B-2、隠しキャラ未攻略

 隠しキャラがヒロインを取り込んでラスボス化する。ラスボス側を操作し、攻略キャラ勢と戦う。

B-2-1、ラスボスが勝利【インフェルノエンド】

 二人で永遠に生きていく的な終わり。世界が滅んでいるので、もちろん悪役令嬢は死亡。


B-2-2、ラスボスが敗北【デッドエンド】

 ラスボスとともにヒロイン死亡。悪役令嬢は公爵家から廃嫡。平民となり行方不明。


※※※※断罪ラスボスイベントルート分岐 おわり※※※※



「まとめると、こういうことでいいのか?」

「ちっ、そうっすね」

(今舌打ちした……)


 改めてメモした"イベントルート分岐"に目を通す。

(ヴィラが断罪され……、断罪か……。そして皇太子から婚約破棄……、あの皇太子から? ヴィラが?)

「よし、やっぱり殺そう……」

 クロスは再びゆらりと立ち上がり、インベントリから刀と全ての強化ポーションを取り出す。

「いや、なんでそうなるんすか!? 落ち着けっすー!!」



 しばしの後──



「……、しかし、アレだな、どうあっても悪役令嬢は命を落とすと……。ゲーム制作者は悪役令嬢に恨みでもあるのか?」

「"デッドエンドルート"だけは明確に死亡とは言われないっす」

 デッドエンドルート……、メモを辿ると、隠しキャラが出現した場合のラスボス敗北ルートである。ヒロイン死亡となっている。

「しかしその場合は、ヒロインが死亡する……」

 どのようなエンディングルートに進んでも、必ず誰かが犠牲になる。仮にヴィライナを生かすためにデッドエンドルートへ進めたとしても、ヒロインであるアトラが死んでしまう。多少、いやだいぶアホの子だが、犠牲になるとなれば、それは後味が悪い。


「なら、変えるしかない。運命だっていうなら、抗って、変えてやる……」

 クロスはクリップボードを握りしめ宣言する。

「変えるって、どうするっすか?」

「……」

 クロスはしばし額に手を当て考え、そして顔を起こす。

「それはこれから考える」

「ノープランっすか!」

『行き当たりばったりってやつだね』

(はーい、スミシーさんが良い考えあるみたいでーす)

『いや、無いよ?』

(あっさり!?)



(断罪を避けるために、ヴィラが罪を犯さないようにさせる……、必要があるのか?)

 現在のヴィラには昨日1度会ったのみだが、ヒロインへの嫌がらせであるとか、ましてや毒を盛るなどということをするようには見えない。

 そこで、クロスは改めてピラットを見る。

「な、なんすか?」

(こいつがアトラをひたすら観察するなら、彼女が嫌がらせを受ける現場も押さえやすい。なんとかしてその現場を止めればいいんじゃないか?)

 クロスの中で当面の方針が見えてくる。

(あとは、ラスボスだが……)

 これについては、もはや限られた対策しか無いように思える。つまり、取り込まれてから救い出すか、そもそも取り込まれないようにするか。

(そんなアイテムを準備できるだろうか……?)

 クロスは、本に偽装したツールボックスを軽く握りしめた。



「とりあえずは、このまま観察を続けよう」

「お、クロス氏にも、ついにラブレスの魅力が理解できてきたっすか!?」

 クロスの発言に、ワクワクでテンションを上げてにじり寄ってくるピラット。

「あ、いや、そういうんじゃないから」

 クロスはその顔面をがっしりと掴み、こめかみに指をめり込ませながら押し返しておく。

「いだだだだだっ!!」


「ところで、ちょっと気になったんだが」

 痛い痛いとうるさいピラットを離し、クロスは気になった点について改めて話題を振る。

「っっっ、か弱い婦女子をなんだと……、で、なんすか?」

「脳筋の皇太子殿下は良いとして、他の攻略キャラはラスボスとやらと戦えるのか? とてもそんな風には見えなかったが……」

(いや、あの坊さんも居たな……。あれ、案外いけるのか?)

 あの異常な殺気から推察するに、坊さんは腕前だけなら殿下を超えているようにも感じられた。

『いやぁ、アレは間違いなく殿下超えてるね』

("アレ"って言うな)


「さすがクロス氏、いい所に気が付いたっすね」

 どの辺が"さすが"なのか一切不明だが、ピラットは妙にどや顔を向けてきた。その瞬間、この話題を振ったことをクロスは全力で後悔した。


「攻略キャラもヒロインもみんな"白鱗はくりん"を持つんすけどこの"白鱗"ってのは建国九聖が使っていた九つの武器なんすよ。建国九聖ってのは500年前の大崩壊で戦って皇国の建国に携わった英雄っすけどその建国九聖の一人でもある"白鱗"が作った武器なので通称白鱗と呼ばれているっすね。一つ一つにちゃんと個別の名前が付いていてですねまずアディテア皇家が持つのが白鱗・光輝こうきで皇太子殿下が使ってたやつっす。チャンドラ公爵が持つのが白鱗・月輪がちりんでチャンドラ公爵は悪役令嬢の家っすね。シュクラ公爵は白鱗の家なんすけど白鱗・明星みょうじょうを持っていたらしいっす。シャニシシャラ公爵は白鱗・虚空こくうを持っていてアンガーラカ侯爵は白鱗・雷焔らいぜんヴッダー侯爵が白鱗・玉水ぎょくすいヴリハスパティ侯爵が白鱗・撃槌げきついラーフ侯爵が白鱗・霧消むしょうケートゥ侯爵が白鱗・月影つきかげを持っていたんすけど200年前にラーフ侯爵が反乱を起こしてその時にシュクラ公爵アンガーラカ侯爵ヴッダー侯爵ケートゥ侯爵が滅亡して伝わっていた白鱗は攻略キャラたちが継いでいたんっすよ。具体的には──」


「ストップストォ~ップ! 悪かった、全面的に俺が悪かった、正直すまんかった」

「チッ」

(今度は露骨に聞こえるように舌打ちしやがった……)


「つまりあれだな、建国九聖っていう英雄たちが居て、攻略キャラたちはその子孫であると。なので、"白鱗"っていうすごい武器が使えると、そういうことでいいんだな?」

「……そうっすね」

(不機嫌さを隠さないな……)

『みんな揃って英雄の末裔とか、すごいご都合展開』

(俺も思ったけど、言ってくれるな)

 クロスは改めて"断罪ラスボスイベントルート分岐"メモを見て、目頭を押さえる。

「情報多すぎて、頭痛くなってきた……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る