4、出会いイベント その3、その4
鍛練場は木造平屋で、まさに道場という雰囲気の日本家屋的な建物である。
この世界においては非常に珍しい建築様式の建物を目の当たりにし、アトラは興味津々で見て回っている。
「相変わらずの不審者っぷりだな。あれがオッサンだったら通報されてるぞ」
「た、たしかに、ちょっと怪しい動きしてるっすけど……」
しばしあちこちを覗いたのち、いきなり木製の引き戸を開き、中へと入っていくアトラ。
「本当に乙女ゲームのヒロインなのか? 実は空き巣の常習犯とかじゃなく?」
「し、失礼っすね! いや、自分もちょっと引いてるっすけど!」
『"度胸がある"だとか"肝が据わってる"だとか、そんなチャチなもんじゃあ、断じてないね』
(まさしく、"もっと恐ろしいものの片鱗"だな……)
とか何とかいいつつも、二人も鍛練場内部を覗き見る。彼らの図々しさも大概である。
鍛練場内部は一面板張りであった。その室内中央部に道着と袴姿の男が居た。ダークブラウンの髪を短く刈り込んだその男は、見えない何かに向き合うように、無手で構えを取っていた。
「ふっ!」
男が息を吐くと共に拳を繰り出し、空を切る。流れるように繰り出される型は、まるで舞のようだ。
「あれがルアシャ・モヌーク、楽生宗の現僧正の孫で、自身も出家してるっす」
「出家って、お坊さん? どう見ても武闘家なんだが。坊主頭じゃないし……」
「たぶん、そういう宗派なんじゃないすか?」
(適当だな……。というか、乙女げーの攻略キャラとして"坊さん"ってどうなんだ?)
アトラはルアシャの型稽古姿に見とれ、その後ろでは、クロスとピラットも覗き見ている。彼の洗練された動きに、クロスが小さく「ほぅ」と呟いていると……
──殺
「っ!?」
『!!』
刹那、クロスの胸に真剣が突き立てられ──、クロス内部のスミシーが瞬間反応し、インベントリから刀を出現させる。
一瞬の後、真剣は幻視であったことに気が付くクロス。だが、それほどにの鋭利な殺気が、あの男から放たれたのだ。クロスは刀の柄にかけた右手をゆっくりと離し、落ち着けるようにぐっと握った。
「ちょ、いきなり何で武器持ってるっすか!!」
「いや……」
気が付けば、クロスは全身汗だくであった。
(危なかった、抜刀していたら、殺りあうことになっていた……)
ピラットは全く気が付いていない。あの殺気は完全にクロスだけに向けられたものだったようだ。
レクスリーから何度も殺気を向けられたことはある。アレは平原を焼く野火のように、暴れまわり凶暴な気配ではあるが、ルアシャが放つソレに比べれば、まるで児戯のようであった。
「ふむ、この学園にも"できる"者がいるようですね」
ルアシャが満足気に呟いている。
「どうしたっすか? 顔色悪いっすよ」
ピラットがクロスの顔を覗き込み、珍しく心配してくれている。
「な、なんでもない」
クロスはそういいつつ、刀をインベントリに収める。
『こ、怖っ!……、体は無いけど汗が噴き出した! 体は無いけど!』
(二度言わんでいい)
未だに震える右手を押さえるクロス。これは恐怖か武者震いか。
再び型稽古を始めたルアシャに飽きたのか、アトラは鍛練場を後にした。
「ヒロインのアトラと会話らしい会話してないけど、出会いイベントとしてこれでいいのか?」
「……、おかしいっすね。少しですけどヒロインと会話するはずなんすけど……」
何か邪魔になるものでもあったんすかね? と首をかしげるピラット。
「……」
(もしかして俺のせい!?)
クロスが居たことで、ルアシャの興味がヒロインに向かなかった可能性が高い。がしかし、そもそもここへクロスを連れてきたのはピラットである。
なら俺だけのせいじゃないし、とクロスは開き直り、首をかしげるピラットには何も告げないことにした。
「なんかドッと疲れが……」
「次で最後っすよ!」
再び"お散歩"の特技を発揮するヒロインのアトラ。鍛練場を後にし、たどり着いたのは城かと見紛おう建物であった。
「ここはダンスホールっす」
(地方領主の城よりデカそうだな……)
大きさもさることながら、随所に金をあしらった煌びやかかつ細やかな装飾がなされている。
(見た目以上に金かかってそうだ)
そんな絢爛豪華なダンスホールにも、遠慮せずにズカズカと入り込んでいくアトラ。
「ものすごい胆力だな。あんなことの後なのに……、なんか尊敬するわ」
「ほんとに、なんかあったんすか?」
ピラットは心底不思議そうな表情で、クロスの顔を覗き込んだ。
「いや、気にしないでくれ」
結局、二人もダンスホールへと忍び込んだ。
当然だが、ダンスホール内部は外装以上にまばゆい装飾が施されていた。天井の巨大シャンデリアから降り注ぐ光に照らされ、部屋全体が輝くようだった。
「わぁ……」
煌びやかなダンスホールに感嘆の声を挙げるアトラ。
「なんで誰も居ないダンスホールに明かりが入ってるんだ?」
「演出を気にしちゃだめっす」
(そんな雑な解釈でいいのか?)
調度品の影からアトラを観察する不審者二人。その一人であるクロスの疑問を、身も蓋もない論理でピラットが論破する。
(論破されてねぇし)
『そもそも議論にもなってないしね』
「おや、迷子の子猫かな?」
ダンスホールにある扉の一つから、一人の男が現れた。
手入れの行き届いた輝くような金髪をあご下程度の長さで揃え、ブレザータイプの制服のジャケットを少し気崩し、ネクタイを緩めている。しかし、それすらも自分を引き立てるために計算されたかのような着こなしだ。
「アイツがジャス・フェリサ・フルエンズっす。商家の長男でチャラ男っす」
(紹介が雑だな。ジャスとかいう奴は嫌いらしい。わかりやすいな……)
「あ、勝手に入ってしまって、ごめんなさい」
突然現れたジャスに、慌ててアトラが頭を下げる。
「一応、そういう認識は持ち合わせてるんだ。行動が伴ってないけど」
「しっ!」
クロスが至極もっともなツッコミを入れると、ピラットから"うるさい"とクレームが入る。
「仕方のない子猫さんだ」
ジャスは前髪をかきあげながら、キザな笑みを浮かべる。白い歯が一瞬覗き、キラリと輝く。
「……」
だが、アトラが無反応であるため、一気に気まずい空気に変わった。
「痛い。キザが反応されないって、ボケにツッコミが入らないことより痛い」
「しっ!」
クロスがボケとツッコミについて語っていると、再びピラットから"うるさい"とクレームが入った。
「どうだい、素晴らしいホールだろう?」
(あ、立ち直った)
ジャスは何事も無かったかのように、話題をホールの話へとスライドした。
「はい、とてもキラキラしてて、明るくて、とにかくキラキラしてます!」
「語彙力が壊滅状態だな……」
「しっ!」
クロスが素直な感想を述べると、三度ピラットから"うるさい"とクレームが入った。
「ここはうちの商会が出資して建設したんだよ」
「しゅっし?」
小首をかしげつつ、アトラがジャスに問う。
「あざと! あれ、あざとい!」
「しっ!」
またしても、ピラットからクレームが入る。
「ダンスホールを作るために、お金を出したってことさ」
ジャスは柔和な笑みを浮かべながら、幼子に説明するようにアトラの疑問に答えた。
「そうなんですか!」
やっと理解したらしいアトラが、まぶしいほどの笑みで答える。
「このホールは、アディテアシュリ皇国建国の祖である"建国九聖"を讃える意匠なんだ。中央の大きなシャンデリアが皇家を示し、周囲の8つのシャンデリアと併せて九聖を現しているんだ」
ダンスホールの装飾を語るジャスは、得意満面と言った様子だ。
(別にお前が金出したわけじゃないだろうに……)
「貴方の家の人たちはとても立派なんですね」
「え?」
ジャスが予想したリアクションと微妙にずれたアトラの反応に、これまでの優雅な様子は吹き消え、ジャスは素で聞き返した。
「だって、学園のためにお金を出して、学ぶみんなのために、こんなすごい建物を作ってくれて」
「え、あ、ああ」
言われてみればそうかな? といった表情で、ジャスは相槌を打つ。
「それに、昔のえらい人達を讃えてるんです。とってもすごいことです」
アトラが言葉を紡ぐにつれ、ジャスはクックックと口を押えて笑った。
「君は、面白い奴だな」
「はい! "面白い奴"いただいたっす!!」
「なにそれ、有名なん?」
満足気なピラットに、クロスは意味不明だった。
それから、アトラとジャスは自己紹介などを行ない、ダンスホールを後にした。
「いやぁ、良いモノ見れたっすね!」
「やっと終わった……」
学園内のベンチに腰掛け、クロスはぐったりと脱力している。
「やっぱり、自分らが存在した影響っすかね。微妙にゲームとズレが……」
そんなクロスの疲労具合などお構い無しのピラットは、一人ぶつぶつと今日の出来事を分析している。
「あー、ところでさ」
そんなピラットに、クロスは少し気になった点を聞いてみる。
「はい、なんすか?」
「この学園は制服なのか? 私服なのか? お前の服装を見る限り制服っぽいのに、なんで攻略キャラたちは点でバラバラ、ちゃらんぽらんな服装なんだ?」
殿下は学ラン、坊さんは道着袴であった。最後のチャラ男はブレザーを着用していた。なお、クロスとピラットは遭遇できていないが、2番目の攻略キャラであり"知的キャラ枠"であるリウス君は、ブレザーである。
『坊さんの道着袴は、鍛練中だけの服装なんじゃない?』
(まぁ、そうかもしれないが……)
スミシーの指摘に内心納得しかけたクロスに、ピラットが身も蓋も無い回答を返す。
「学園なんすから制服に決まってるっす! 攻略キャラの服装は、みんな改造制服っすよ!」
「いや、ナイだろ! 殿下は学ランだったぞ? ブレザー改造して詰襟にしたのか!?」
「そりゃ、あれです。キャラ付けっすよ。細かいこと気にしすぎる男はモテないっすよ?」
「うっさいわ!」
モテない点に関して、否定できない悲しきクロスであった。
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