2、出会いイベント その1+α

 クロスは、入学式が終わるのを今か今かと待ちわびていた。

 大講堂入り口前を行ったり来たり。すでに100回は往復している。

『まるで出産を待つ父親みたいだねぇ』

(経験ないからわからんて!)


 しばしの後、大講堂の出入口から多数の学生や、その親族らしき華族が出てきた。

 その中にピラットを見つけ、クロスは急いで駆け寄る。


「ピラット! さっきの話の続きを!!」

 いきなり肩をつかみピラットに詰め寄る。が、

「落ち着くっす! そう焦らないでも悪役令嬢が今すぐどうにかなったりしないっす!」

 逆にピラットの謎の剣幕に気圧され、クロスは「お、おぅ」と引き気味に応えた。

「そんなことよりも!! あれを見るっす!」

 ピラットが一人の女子学生を指し示す。

「ぴ、ピンクだ……」

 そう、髪色がピンクなのだ。自分の目を疑い、思わずクロスも二度見した。

「彼女が"ラブレス"のヒロインである、アトラちゃんっす!」

 ピンク髪の彼女は、顔つきも愛らしく、かわいい系お嬢様といった容姿だ。服装は制服であるためピラットと同じなのだが、あれこそ"オーラがある"というべきなのか、なんとも言い難いふわふわした雰囲気を纏っている。

「なんか、"いかにも"って感じがするな……」

『ピンクの髪の毛って、地毛?』

(さぁ? この世界ならピンクの地毛もあるんじゃないのか?)

『いや、聞いたことないねぇ』

 スミシーですら初耳の髪色を持つヒロイン。さすがヒロイン。


「これから出会いイベントっす!! これはもう今すぐ即、行動する必要があるっす! 先回りするっすよ!!」

 悪役令嬢の運命について今すぐに何かがあるわけではない。それよりも、今目の前で発生するイベントのスチル回収が優先。

 ピラットの言うことも分からんでもないクロスは、釈然としない気持ちはありつつも、ピラットに引きずられてヒロインであるアトラの後を追った。




 学園敷地の中央部分は大きな庭園となっている。その庭園の中心には石造りの立派な東屋があり、時にはそこでお茶会なども催されるようだ。

 そんな庭園をふらふら歩くアトラ。

「なんか落ち着きのない娘だな……」

「乙女ゲーヒロインの行動を客観的に見ると、なかなか挙動不審っすね」

 二人は庭園の端にある樹木に身を隠し、遠距離でアトラを観察している。

『二人も十分に不審者だけどね』

(一応俺は気づいてるから、あえて言ってくれるな……)

 スミシーの呟き通り、かなりの不審者である。


 アトラは庭園をしばらく歩き、今更ながらに中心にある東屋に気が付いたらしく、小走りで東屋に近づいていく。



==========================================

アトラ

「わぁ、素敵なテーブルセット!」


 アトラは石造りのソファーの背もたれに手を置き、勢いよく中の覗き込む。

 ソファーに寝ころんでいた男とばっちり目が合った。


???

「ん?」

アトラ

「あ……」


 瞬間、二人は見つめ合う。


アトラ

「ご、ごめんなさい。お昼寝の邪魔してしまって」


 ぺこぺこと頭を下げるアトラ。その姿に頬を緩める男。


???

「いやいい、こちらこそ、驚かせてすまない。オレは……、レクスだ」

アトラ

「レクスさん……、あ、そ、その、私、アトラといいます!」

レクス

「アトラか……、よろしくな」


==========================================



「っていうやり取りが、今まさに行われているんすよぉぉおぉ!! 殿下は、"皇太子"という身分に頓着しない小動物のようなヒロインに一目ぼれするんすよ!! まあ、ヒロインは殿下の顔、知らなかっただけなんすけどね」

 双眼鏡を覗き込んだまま、ピラットは興奮気味に捲し立てる。

「ベタだな……、って、ちょっと待てよ、あそこに殿下いるのか? いいのか? 大丈夫か?」

「あ! ほら、アレ! アレっす! 石のソファーで片膝を立て、少し微笑む表情! スチルそのままっす!!」

 クロスの懸念など馬耳東風。ピラットは目の前に展開されるイベントに夢中である。

 確かにそこには、真っ赤に燃える髪が、獅子のたてがみのように逆立っている男の姿があった。今日は白の学ラン姿だ。

「あー、そっすか」

(最悪、こいつ置いて逃げよう)



「あ、オリエンテーションがあるんでした! レクスさんも教室行った方がいいですよ!!」

「ああ、すぐに行くさ」

 アトラはレクスリーに頭を下げ、ばたばたと走り去る。その様子を双眼鏡で覗いていたピラットは……

「おかしいっすね、ゲームだと一緒に教室に行くのに──」

『たぶん別の用事があるんだろうねぇ』

 スミシーの察し通りに、レクスリーは石のソファー越しで視線をギロリと向け、強烈な殺気をクロス達に向けて飛ばしてきた。

「ひっ!?」

 また目が合ったらしいピラットは短く悲鳴を上げ、いつぞやと同じく、双眼鏡を手から落としていた。

「俺たちに用事らしいな……」

(や、やっぱり見つかったぁぁぁぁっ!!)

「や、ヤバイっす、に、逃げ──」

 ピラットは回れ右をし、今にも走り出そうとして──

「いや、もう遅い」

「よぉ……」

 後ろからの声に、ギリギリギリと油の切れた機械のように振り返る。先ほどまで二人が隠れていた木にもたれかかるように、レクスリーが立っていた。


「半年ぶりくらいか? あの時は随分世話になったなぁ……」

 レクスリーの視線は、完全にクロスを捉えている。それを察したピラットは……

「あ、オリエンテーションがあったっす! あとよろしくっすー!」

 脱兎のごとく逃げだした。

(に、逃げやがった!!)

 ピラットを追ってくれないかなぁと、クロスは淡い期待を抱きつつレクスリーに視線を向けるが、彼の視線はバッチリとクロスから離れない。

(ですよねー!!)


「借りっぱなしは性に合わねぇんでなぁ」

 レクスリーが右手を横に翳すと同時に遥か遠くで破壊音が鳴る。そして、そこから飛来した白鱗はくりん光輝こうきがガシリとその手に納まった。

(まじかよ! そんな機能まで持ってんのか!!)


「借りを……」

 レクスリーは光輝の剣身を展開し、赤い焔を放出する。

「返させてくれよ!!」

 赤い軌跡を残し、レクスリーはクロスに襲い掛かった。

(やはり速い!)

 初撃の横薙ぎを屈んで回避し、インベントリから刀を取り出す。次撃の速度に抜刀が間に合わず、納刀状態のまま閃術神器を起動し、レクスリーの斬撃を受け止める。内外からの負荷に耐えきれず鞘がはじけ飛ぶ。

「ちっ! やはり速いな!」

 お互いに相手を"速い"と認識しているらしく、レクスリーもクロスの内心と同じようなことを呟く。


 レクスリーが赤い焔を残して消える。クロスは背後に気配を感じ、後方に向けて刀を一閃、赤と青の刃が衝突し、紫の閃光をまき散らす。お互いに弾かれ両者の距離が空く。


「やはり、これではお前は殺れないか」

(殺る気だよ、この人)

「はぁぁぁ……」

 レクスリーは白鱗・光輝を肩に担ぎ、柄を両手で掴んで力を籠める。

「おらぁぁぁ!!」

 裂ぱくの気合とともに、横薙ぎに振り抜かれた白鱗・光輝から、弧状の赤い閃光が飛ぶ。

「!?」

 クロスは咄嗟に、左腕義手の外殻を展開しながら前へと翳す。そこから噴出する青い閃気が閃術シールドを形成した。

 直後、赤い弧状の刃と青い閃術シールドが衝突し、周囲に光の粒子をまき散らす。

「ぐっ!」

 クロスは衝撃により後ろへと押し倒され、倒れたクロスの眼前を、赤い弧状の刃が通過していく。

「ちっ! これも防ぎやがるか……」

 地を転がりながらも、即座に体を起こしたクロスが見たのは、白鱗・光輝と体から白い蒸気を吹き出すレクスリーの姿だった。

(結構負担のかかる攻撃なのか……)

 だが、今が好機──

 その時、クロスの背後でドゴォンという音と共に何かが崩落する音が響く。


 向かい合うレクスリーは驚きの表情を見せ、直後に顔色を青くした。

 ゆっくりクロスは振り返ると、庭園中心にあった立派な東屋が、ただの岩山に変貌していた。


「……」

「やべ……」

 クロスは、レクスリーの「やべ」という呟きを聞き逃さなかった。今がチャンス!

「殿下! あとは頼みます!!」

「なっ!、貴様っ!!」

 颯爽と逃げ出すクロス。そして大技の後で体が満足に動かせないレクスリー。勝敗は決した。




「殿下。なぜこのようなことに……」

 崩壊した東屋にて、ヴィラはレクスリーに問いかける。珍しくレクスリーに呼ばれ、足を運んでみればこの惨状。

 ヴィラはため息を吐いた。

(光輝を手にしているからには、何かやらかしたのでしょうが……)

「お、」

 躊躇いがちに、レクスリーが何かを口にする。

「……、お前なら教師の覚えも良かろう! あとは任せた!!」

「殿下!?」

 そういうと、レクスリーは目にも止まらぬ速さで逃げていった。


「都合のいい時だけ利用して……ん?」

 これでも婚約者である以上、内助の功として支えねばならぬか、と思いつつ、倒壊した東屋を視線を移したヴィラは、そこに気になる物を見つけた。

「地下が、あるのか?」

 東屋の石畳が一部ズレ、その下に空洞があるように見えた。


 石をどかしてみると、そこには狭いながらも階段があった。

 このような場所に立ち入るべきではない。と理解はしつつも、何かに引き寄せられるように地下へと降りていくヴィラ。

 階段を一番下まで降り切ると、そこには狭い小部屋があるのみであった。

「……何をしているのだ、私は」

 そこで唐突にヴィラは思い直し、再び階段を登ろうと──

『人か……?』

「何者だ!!」

 小部屋に響く声に、ヴィラは咄嗟に構える。

 一瞬前までは小部屋には誰も居なかった。だが、今は暗がりの中に男が立っていた。

 全身黒のスーツ姿。ネクタイまで黒いため、まるで喪服のようだ。唯一、首から下げた十字架のネックレスだけが、金色に輝いている。

『"何者"……か。私は"何者"であろうな』

 その男は戸惑うように、ヴィラの誰何に疑問を返した。

「……? 記憶が無いのか?」

『記憶……、記憶か……。確かに何も思い出せないな』

 男からは害意のようなものは感じない。ヴィラは少し警戒を緩め、構えを解こうとしたところで外から声が聞こえた。


──こ、これは一体何事ですか!?


 外から聞こえてくる教師らしき男の声にヴィラが気を向けた一瞬の間に、黒スーツの男は姿を消していた。

「……」

 薄気味悪いものを感じつつも、ヴィラは階段を上がり外へと出る。


 外には、先ほどの入学式でヴィラたちのクラス担任として紹介されたププト・ヴォイド先生が立っていた。

「ヴォイド先生」

「あぁ、ヴィライナ様。ププトで良いですよ、しかし、これはどういうことでしょうか……」

 東屋の参事に、ププトも冷や汗が止まらないようだ。

「そ、その、殿下が……」

「あ、あぁ、殿下ですか……」

 "殿下"で通じてしまうことに、一抹の虚しさを覚えるヴィラであった。

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