1.5章最終話、クロスは逃げようとした、しかし回り込まれてしまった
(俺は何をやっているんだろうか……)
建物の影から表通りを覗き見ているピラット。その後ろでため息交じりにクロスは頭を振る。
表通りの反対側には討伐公社の建物があり、ここからであれば、どの出入口を観察できる。
「オーラがあるっすからね! やってきたらすぐわかるっすよ!!」
ピラットは自信満々に述べる。
(ゲームでした見たことないくせに、なぜそんなに自信満々なのか……)
2人は、皇太子であるレクスリー・オーム・アディテアを監視すべく、公社前で張り込みをしている。
張り込みを始めてそろそろ半日。あのとき俺はなぜうっかり握手してしまったのか、とクロスは既に5回ほども後悔していた。
ピラット曰く、「レクスリー殿下が竜の谷の依頼を受ける正確な日付までは分からないっす! なので公社を見張るっす!」とのことで、現在二人は建物の影に身を隠し、公社の正面入口を見張っているのだ。
ちなみに、当初は公社の受付フロアーで待ち伏せしていたのだが、2時間滞在した段階で公社職員に目をつけられたため、こうして外へと逃亡した。
(もう、この変人置いて一人で帰っていいかな……)
「ウホッ!」
クロスが内心で毒づいていると、ピラットが気持ち悪い声を上げる。
「きたっすきたっすきたっす!!」
興奮気味のピラットの頭越しに、クロスも渋々ながら、一応、念のため、致し方なく、レクスリーを確認する。
「……」
(あぁ、やっぱりアイツか……)
オーラというか、明らかに上物と分かる衣服に煌びやかな軽鎧を身に着け、仰々しい装飾のついた剣を帯びた男が公社の入口前に居た。それでさえ派手な装備なのに、真っ赤な燃えるような頭髪はまるで獅子のたてがみのように逆立っており、どうしようもない存在感を放っている。
実のところ、クロスはあの男を何度か目撃していた。同じ公社を利用しているのだから当然である。しかしながら、見た目からして"華族の道楽"風で面倒な予感しかしなかったため、クロスは極力関わらないようにしていた。それがよもや皇族であったとは……。
なお、噂によると"上級討伐者"であるらしい。そのランクには過分に忖度を感じさせる。
レクスリーは、お供を2人連れ、公社の入口へと入って行った。なお、この2人もかなり派手な装備を着けている。
「あれのどこが"お忍び"なんだよ……」
「忍びきれないオーラっすよね!」
「"忍ぶつもりがない"の間違いだろ」
そのまましばらく公社入口を見張り続けていると、先ほどのド派手3人組が公社から出て、連れだって歩き出す。
「さぁ! 追いかけるっすよ!」
「マジでいくのか……」
2人は見失わない程度に距離を空け、レクスリーご一行様の尾行を開始した。
「間違いないっす! 竜の谷へ向かってるっす!」
ピラットがこのセリフを口走るのは、既に10回を超えている。ピラットのテンションが上がりすぎていて、うっとおしさがリミットブレイクである。そろそろ口を縫いつけてやろうかと、クロスは真面目に考え始めていた。
竜の谷とは、皇都から馬で3時間ほどの距離にある渓谷である。なぜか谷にはトカゲ類の魔獣が多く生息しているため"竜の谷"と呼ばれる。
トカゲ型とは言うが、クロスの認識としては"恐竜"である。見た目同様に戦闘能力も高く、トカゲ型魔獣は軒並み中級もしくは上級魔獣である。
聞き手の耳がタコで塞がるほどに、何度もピラットが説明した内容によれば、この竜の谷の奥には"白鱗ラボ"という施設があるとの噂があり、レクスリーご一行様はそれを確かめる依頼を受けたのだという。
ご一行は竜の谷に入った。彼らにたびたび襲い来るのは、二足歩行型で人間程度のサイズである通称"ラプトル"と呼ばれる中級のトカゲ型魔獣だ。"ラプトル"は小型であるが群れで行動し、必ず複数体で襲撃してくる。そのため中級魔獣とされている。
ご一行様方は、グループで襲い掛かってくる魔獣たちに対し、慎重ながらも確実に対処し討伐していく。
見た目はふざけた恰好だが、腕は確かなようだ。
("上級討伐者"の評価も、伊達ではないわけか……)
「はうぅぅん、眼福っすぅぅ」
ピラットは、クロスが貸し与えた双眼鏡でレクスリーご一行を観戦しつつ、気持ち悪い声を出した。
そんな変人の様子にうんざりしつつも、依頼主様を護衛すべく、クロスは襲い来る"ラプトル"を切り裂く。
『これだけ周囲に魔獣が居るのに、すごい度胸だねぇ。それとも君に全幅の信頼を置いてるのかな?』
(いや、ただのアホなんだろ)
鑑賞対象に見つかってしまってはいけないため、極力静かに魔獣を屠っていく。
「キタキタキタキタキィィィタァァァァァ!!」
そんなクロスの気遣いを完全に無視し、まったく静かにする気のない依頼主様。
(こいつも切り裂いて静かにしてやろうか)
内心毒づきながら、クロスもご一行様へと目を向けた。
「ギャオォォァァァァァァ!!!」
体長10mはありそうな巨大な二足歩行のトカゲ型魔獣、通称"レックス"がレクスリーご一行へと襲い掛かった。
「いいなぁ、俺も素材ほしい」
『作った装備を使うのは嫌がるのに、クラフトはしたがるよねぇ』
(いいだろ、"作る"のが趣味なんだから)
お供の1人である大柄な男性が、巨大なシールドで"レックス"の攻撃を凌ぐ。その間にもう1人のお供である少し小柄な女性が、銃のような閃術器で関節部などの急所に弾を撃ち込み、牽制を行ないながら少しずつ削っていく。その2者の連携の隙間からレクスリーが飛び出し、身の丈ほどもある大剣で痛打を与える。
派手な見た目の割には、彼らの連携は非常に慎重で正確だ。よく訓練されているのが伺える。
「眼福! 眼福すぎる! スチルじゃなくて実際に動いてるところが見れるとはっ!!」
ピラットは大声で騒ぎながら鼻血を垂らしている。とても婦女子がしていい表情ではない。
『うわぁ、痛い人だねぇ……』
(こいつ、このまま"ラプトル"の餌になったほうが世の中平和になるんじゃねぇか?)
レクスリーたちの攻撃により"レックス"は足を削られて転倒。お供二人は更に"レックス"頭部へと攻撃を集中し、"レックス"の意識が彼らに向いた瞬間、飛び込んだレクスリーが胴体に大剣を突き刺し、致命傷を与えた。
レクスリーは大剣を引き抜き、3人とも身動きしない魔獣を前に残心する。一拍の間の後、確実に仕留めたと認識した"2人"は"レックス"の解体を始めた。
「!」
『!?』
すごい殺気を感じ、クロスは体に緊張が走る。スミシーも息をのむような気配がしている。
「ひっ!?」
ピラットは短く悲鳴を上げ、双眼鏡を手から落とした。
「み、見つかったっす」
「は?」
双眼鏡でレクスリーを追っていたピラットは、突然振り向いたレクスリーと目があったのだ。
レクスリーはお供2名と少し話した後に、クロスたちに向かって疾走してくる。
「やべ……」
クロスはピラットを小脇に抱え、そのまま逃亡しようとして──
「逃げるんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!」
閃術による身体強化だろうか、レクスリーが地面を踏み込むと数十mを跳躍し、直前までピラットが身を隠していた岩場を大剣で打ち砕いた。
(咄嗟にジャンプして避けなかったら、2人とも両断されてたぞ!?)
クロスは空中でピラットを小脇に抱えたまま、大剣を振り下ろしたレクスリーに目を向ける。
レクスリーのギラつく視線とクロスの視線がぶつかる。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
細かい破片を受けたピラットが悲鳴を上げている。が、大きなものはクロスが弾いているため、とりあえず放置。
クロスはピラットを小脇に抱えたまま、レクスリーと少し距離のある位置に着地した。
「ずっと付けて来ていたよなぁ? 隠れてコソコソと付け回されるってぇのは、あまりいい気分じゃあねぇなぁ」
大剣を担ぎ上げつつ、レクスリーがクロスたちを睨む。その後ろでは、お供2名もクロスたちに向けて駆けてくる。
(どうしよう、こいつを囮にして逃げるかなぁ)
『いやぁ、素敵に非情な判断だねぇ』
小脇のピラットはひたすら「はわはわ」と焦っている。
(……まぁ、冗談だけどな)
『一瞬真面目に考えたね……?』
「その黒髪、お前もしかして"黒狼"か?」
クロスはわずかに自身の頬がひきつるのを感じる。
「珍しい黒髪で一匹狼の"中級討伐者"。ソロで"中級魔獣"を狩れるってぇことは、誰かと組めば"上級"相当の実力があるってぇこったが……」
レクスリーはにやりと嫌味な笑みを浮かべる。
「実績詐称じゃあねぇかと、オレは考えてるんだがよぉ。ぜひとも黒狼さんの実力……」
獰猛な笑みを浮かべ、レクスリーは大剣の切っ先をクロスに向けて構える。
「見せてくれよ」
そう言ってレクスリーは露骨に殺気を飛ばしてくる。小脇に抱えたピラットがガクガクと震えている。レクスリーは一見狂暴にみえるが、彼はピラットが非戦闘員であることを理解し、クロスがその"荷物"を下ろすのを待っているのだ。
(ピラットは全く眼中になしか、囮にもならないな……)
クロスはこの間を利用し、レクスリーに声をかけた。
「討伐者同士は争うものじゃないでしょう?」
「やりあっちゃいけねぇっていう決まりもねぇな」
どうあっても引いてくれないらしいと理解し、クロスは嘆息しつつピラットを下ろす。地面に四つ足で着地したピラットは、カサカサと音を立てながらクロスから離れていく。
「お前らは手ぇ、出すんじゃねぇぞ!!」
直後、一瞬にして間合いを詰めたレクスリーの撃ち下ろしを、クロスは抜刀しながら受け止める。
お互いの剣が衝突し火花を散らす。
「疾っ!」
クロスが大剣を受け流す、が、レクスリーは大剣とは思えないほどの速度で切り返し、二人の刃は再び衝突する。
レクスリーの猛攻をクロスは悉く防いで見せる。数十合の打ち合いののち、レクスリーは距離を取る。
「てめぇ、攻めてこないつもりか? 手ぇ抜いてんのか!?」
レクスリーは怒りに満ちた目を向けてくる。
「俺としては穏便に引いてほしいんですがね」
この間も、クロスは隙無く構え続けている。
「余裕だな。"単独の中級"は伊達じゃねぇってことかよ。なら、どこまで防げるか……」
レクスリーの大剣の剣身が中央から展開し、燃え盛る炎のような真っ赤な光を吹き出す。真っ赤な逆立つ頭髪とも相まって、レクスリーの全身が燃えているかのようだ。
「は、
『あれは閃術神器だよ!』
岩陰に隠れながらも、こちらをうかがっていたらしいピラットが驚きの声を上げる。同時にクロスの脳内でスミシーが叫び、直後、レクスリーが吠える。
「試してやるぜ!!」
剣身の光を噴出し、それを推進力として高速で接近するレクスリー。
咄嗟にクロスも刀身から青い光を放出し、レクスリーの赤い刃を受け止める。二色の粒子が衝突し、周囲には紫の光が飛び散る。
「てめぇ、やっぱりただもんじゃねぇな」
(受け止めるんじゃなかった、逃げればよかったよ……)
レクスリーは完全に獲物追う狩人の目に変わっている。間違いなく敵もしくは好敵手的な認定を受けている。
レクスリーの剣身が更に強く発光し、クロスの視界を真っ赤に染める。瞬間レクスリーを見失う。が、左側からの異様な悪寒を感じ、直観的にクロスは屈んだ。直後、頭上を赤い暴流が吹き抜ける。
すぐに左に視線を送るも、既にそこにはレクスリーの姿がなく、赤い焔の残滓のみ……。
今度は背後からの殺気に、クロスはブーツのノズルからジェット噴射を行ない、数mジャンプした。
「ちっ! ずいぶんと多芸だな!」
上空だからこそ、初めてレクスリーの姿が見えた。彼は剣身からの赤い炎の噴出を推進力とし、恐ろしい戦闘機動を実現していた。本来ならば、生身で耐えられるような機動ではなかろうが、彼の持つ武器は使用者を保護し、その機動を実現するだけの性能を有していた。
着地を狙って突進してくる赤い斬撃を、クロスは辛うじて弾く。
(わかっても、対応できるかどうかは別だっての!)
たびたび襲い来る刃をクロスは辛うじて弾き続ける。
(だが、目的は勝つことじゃない。なら、やりようはある)
クロスはレクスリーの移動先を予測し、そこに向けて刀を投げた。
「っ!?」
レクスリーの移動先を塞ぐように飛来する青い刃。命中コースである閃術神器なら、同じく閃術神器で防ぐしかない。レクスリーは自身の赤い大剣を振り上げ、その刀を弾く。
「武器を捨ててどうする気──」
弾くために振り上げた両腕。その右腕に細いワイヤーが巻きついていた。そのワイヤーはクロスの左腕から伸びている。
「
クロスの左腕義手が展開し、そこから発生した電流がワイヤーに流れる。
「あばひゅん!」
悲鳴を上げ、レクスリーは白目をむく。グラリと倒れていくレクスリー、その右腕に巻きついたワイヤーを巻き上げ、一気にレクスリーへと接近していくクロス。
「殿下!!」
さすがに見逃せなくなったのか、お供の2名が焦って接近してくる。
クロスはレクスリーとすれ違うように通過しつつワイヤーを外し、弾かれた刀を回収しつつ、インベントリから瓶を取り出して地面に投げつけた。
割れた瓶からは煙幕が発生し、あたり一面の視界をふさぐ。
「ちょ、見えないっす、何がどうなって、ふぎゃん」
クロスはピラットを再び小脇に抱え、ブーツのジェットを全開稼働させて逃亡した。
「うへへ、堪能できたっすねぇ~」
左手の義手で作ったげんこつをピラットの頭に落とすと、ゴッといういい音が鳴った。
「め、めっちゃ痛いっす! てか、そっちの手金属じゃないっすか!!」
「うるせぇ、なんだよあの"はくりんこうき"とかいうインチキくさい武器は!!」
(クロス氏の武器も大概だと思うっす)
「ん? 何か?」
ジト目を向けてくるピラットに、クロスはにらみを利かせる。
「あ、いえ、なんでもないっす。えーっと、"
「まじすか……」
『閃術神器としてもかなり高性能だったねぇ』
次絡まれたら、ピラットを生贄に差し出して逃げようと、心に決めるクロスであった。
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