1章最終話、シリアス成分多めの1章エピローグ

『ほーら、ほーら』

 スミシーがポーション瓶を投げてくる。

「いや、やめろって」

 放物線状に飛来するそれを避けるべく、クロスは身を躱そうとして自分が簀巻き状に縛られていることに気が付いた。

「な、これなん、ぶはっ!」

 ポーションが顔に命中し、内容物がすべて顔にかかる。

『ほーら、ほーら』

「おま、ぶばっ、やめろ、ぶっ」

『ほれほれほれほれほれ』

 ポーションの投球は、だんだんと放物線から直球コースへと変わる。

「やめ、痛っ! おまえ、いいかげん、もごっ!」

『そぉい!!』

「うぉ!」

 クロスは簀巻き状態で器用に回避する。

「危ねぇ! 剛速球じゃねぇか!!」

『死ねぇぇぇぇ!!』




「オノ投げんな!! あがぁぁぁぁぁぁっ!」

 オノを避けようとしてひねった体が激痛で痙攣する。既に目の前にスミシーは居ない。見えているのはベッドの天蓋だ。

「あ、あれ?」

(ここはどこだ? 俺は確か……)

 うすぼんやりとした記憶を辿ろうとした瞬間、近くで物音がした。物音の発生源を確認しようとして──

「うぐっ!」

 起こそうとした体は再び激痛を知らせてくる。仕方なく頭だけで様子を伺う。

 エプロンドレスの女性が、クロスを見て驚愕の表情で固まっていた。

「……、あの、えっと、おはよう、ございます?」

「だ、」

「だ?」

「旦那様ぁぁぁぁ!! クロス様がお目覚めにぃぃぃ!!」

 次の瞬間、女性は悲鳴のように叫びながら部屋から飛び出していった。

「あ、あの……」

 身動きできないクロスは、それを見送るしかなかった。


 女性は"旦那様"を呼んでいた。つまり、この場所は"旦那様"と呼ばれる存在が居るということだ。

 クロスの記憶において、知見のある"旦那様"といえば、1人しか思いつかない。



 程なくして、以前会ったことのある金髪の壮年男性と、貴婦人というには少々目力の強い女性が現れた。

 壮年男性が口を開く。

「まずは名乗らせてもらおう、私はヴァンス・ソーマ・チャンドラ。ここ公爵位を頂いている。そしてコレが、」

「ヴァンスの妻のエリタ・プラマ・チャンドラだ」

「あ、クロスです。ご丁寧にありがとうございます」

 クロスは起き上がり挨拶しようとして、"楽にしなさい"と、チャンドラ公爵に止められた。お言葉に甘えて、再びベッドに横にならせてもらうことにした。

 その間、使用人が椅子を2脚準備し、公爵と公爵夫人がベッド脇に腰掛ける。


「クロス君、目覚めてよかった。君は5日ほど眠っていたんだが、何があったか覚えているかい?」

 公爵に問われ、クロスは記憶を辿る。忘れようもない、あの存在。

「鉄機獣……」

「うむ、そのことについて、正式に公爵として礼を言わせてくれ。この領都始まって以来の大災害ともなりえた鉄機獣を、君は討伐してくれた。重ねて、我が娘、ヴィライナ・シュリ・チャンドラの命を、その身を賭して護りぬいてくれたこと、感謝する」

 公爵と公爵夫人が、そろってクロスに頭を下げる。

「え、そ、その……」

 突然のことに、戸惑っているクロスに、さらに公爵夫人が言葉を重ねる。

「私からは謝罪もさせてほしい」

「え? 謝罪?」

「申し訳なかった。"アレ"は、本来なら私が対処すべき相手だった。そのための"継承者"だというのに、不甲斐ない」

 継承者? なぜ公爵夫人が謝罪しているのかサッパリわからないが、とりあえず貴人二人に頭を下げられている状況が非常によろしくない。特に精神的に。

「あ、あの、お二人とも頭を上げてください! 俺は何も……、ポートさんとミニオンたちの、手柄です……。俺のほうこそ、ポートさんがいなければ今頃は……」

 室内に重たい空気が満ちる。


「彼のことは残念だが、彼は自身の職務を全うしたんだ。想うなら後悔や懺悔ではなく、彼の勇気と献身を誇ってあげてほしい」

「はい……」

 クロスは、無骨だがやさしさのあった彼の姿を思い描く。その彼がもう居ないという事実に、改めて悲しみが胸に広がる。

 公爵の表情も何かを堪えているように辛そうな表情だ。

「その、ポートなのだがね」

「?」

 公爵は絞り出すように言葉を紡ぐ。

「実は彼から、君をヴィライナの専属護衛としてはどうかと言われていたんだ」

「ポートさんが……」

「君が天涯孤独であることを気にしていてね。丁度、ヴィライナも君を気に入っているようだし、と……」

 クロスに対してポートが同情的な視線を向けていたことには気が付いていた。しかし、そこまで具体的に考えていてくれていたとは……。

「結局、遺言のようになってしまったがな……」

 公爵は自嘲めいた言い方でつぶやく。


 "ヴィライナ"という名でクロスは思い出した。ヴィラは無事だろうか。あの時、クロスが見ていた限りではヴィラに怪我はなかったと思うが……。

「そういえば、ヴィライナお嬢様は……?」

「あぁ、娘は無事だ。怪我も特になかった」

 重くなってしまった空気を払拭するように、公爵は努めて明るく述べる。

「それだけに、君の負傷にも大きな責任を感じているようでね……」

 が、結局再びくらい雰囲気となってしまう。クロスは自分の左腕に目線を落とす。鉄機獣に食いちぎられた左腕は、肘から先が喪失している。

「君が運び込まれて2日ほどは付きっきりで看病していたのだが、ここ数日はこの部屋へ来ることもしていないようだ。今も、君が目覚めたというのに顔を出すのを嫌がってね……」

 公爵は"申し訳ない"と言いつつも続ける。

「最近は勉学と鍛錬に打ち込んでいるらしい。以前はあれほど嫌がっていたというのに……。それも、あの娘なりの責任の取り方なのかもしれん。時間が解決してくれるとは思うが……」

「……、ヴィライナ様がご無事なら、よかったです」

(嫌われるようなことしたかな……? 嫌われてないよな? もし、嫌われてたら……、結構ショック、いや、かなりショック、え? 俺これ以上ないくらいショックかも……)

 顔を見せてもくれないことに、クロスは自分でも意外なほどにショックではあった。だが、ヴィラがクロスを避けているのならば、クロスとしては彼女の気持ちを尊重したかった。

 できるだけ顔には見せないよう、クロスはぐっと気持ちを堪えた。


「それで、ヴィライナの専属護衛の件、どうだろうか。あ、いや、今すぐでなくてもいい、考えておいてくれ」

 専属護衛の件を再び話題に出した公爵は、その途中で夫人に突かれ、慌てて言葉を繕った。

「さ、さて、怪我人に無理をさせてはいかんな。クロス君、この部屋は自由に使ってもらって構わない。ゆっくりと傷を癒してくれ」

 そういうと、公爵は席を立ち、お邪魔したねと言いつつ部屋を後にした。公爵夫人も軽く頭を下げ、公爵の後に続いて退室していった。



 急に静かになった部屋で、クロスはベッドに横になったまま天蓋を見上げる。

「くっ」

 少し体を動かすだけで、軋むような痛みが全身に走る。それでも尚、クロスは左腕を持ち上げ、欠損したソレを自分の視界に映す。

「高い勉強代ってやつかな……、この場合、命あっての物種か」

『すまない、あらかじめ鉄機獣について伝えておけば……』

 クロスの独り言に、スミシーが言葉を返す。

「でも、本来、このあたりには居ないんだろ?」

『樹海の奥地ですらほぼ存在しない。こんな森の浅い場所に出てくることは……』

 それきり、スミシーは黙ってしまった。

「たぶん、俺も驕りがあったと思う」

 クラフトで製作できるアイテムを使えば、特に訓練することもなく中級と呼ばれる魔獣にも打ち勝つことができた。できてしまっていた。

「俺自身の力じゃないのにな……。生き残れたのは、運が良かったんだ……。あの時、死んでいてもおかしくなかった。俺も、ヴィラも……」

(力が要る。道具の力でなく、俺自身の力が……)

「俺自身が強くなるんだ」

 クロスは残された右手を挙げ、決意を示すように拳を握る。


『ツヨクナルンダ!』

 唐突に声のトーンが変わり、スミシーが棒読みで述べる。

「……」

『ぶふっ! いやぁ、さすが中学生。まさに中二病!』

(ちょ、今シリアスなシーンだろ!? ここで茶化すなよ!)

『いや、無理! これ以上我慢無理! "力が要る。道具の力でなく、俺自身の力が" も名言だね!! ぶふぉぉっ!』

 スミシーの笑い声が脳内に木霊する中、クロスは不貞寝した。




 

 5日間昏睡状態だったクロスだが、一度目覚めてしまえば回復ポーションを利用でき、一気に回復が進んだ。あれだけひどかった痛みも翌日には収まり、2日後には起き上がり部屋から出ることも可能となった。ただ、欠損してしまった左腕については回復ポーションでも戻らなかったが……。

『いやぁ、さすが回復ポーション! 気持ち悪い回復性能だね!』

(使った後に気持ち悪いとか言うなよ。一応お前の体でもあるんだろうが!)

 クロスは、ツールボックスメニューをスクロールし、欠損した左腕を補えるアイテムが無いか、探している。

『もちろん! よぉくわかっているさ! だから君が重体の時にも、がんばって回復ポーションを口に叩き込んだじゃないか』

 瀕死ギリギリの状況で、スミシーが必死になってクロスに回復ポーションを投与していた様子を思い出した。と、同時に、スミシーがポーションを投げつけてくる悪夢も思い出した。

(そういえば、お前、まさか俺の夢に入り込んでないよな?)

『は? 夢?』

 一瞬の沈黙。そして

『ぶはっはっはっはっは!! ないない、あるわけない。夢に入り込むとか、そんなメルヘンやファンタジーじゃあるまいし』

(イラァッ)

 スミシーは遠慮なしに笑い転げる。いや、姿は見えないので"転げている"のは分からないが、たぶん笑い転げている。

 この苛立ちも久しぶりだなと認識しつつ、クロスはほぞを噛む。

『まさか、僕が君を簀巻きにして、ポーション瓶を投げつけたとでも言うのかい? ないない!!』

(あぁ、そうだな、無いんだろうな。"簀巻きにされた"ことは、今、言われるまで忘れてたけどな……)

『……、ただの厨二かと思ったら意外にも名探偵!?』

(厨二言うなや!!)




 念のため、さらに2日ほど公爵邸に滞在し、すっかり回復したクロスは、チャンドラ公爵と面会した。

「お忙しいところ、お時間いただきましてありがとうございます」

「構わないよ」

 公爵の執務室にて、クロスは公爵へ礼を述べる。公爵はクロスへソファーを薦め、自身は応接セットの対面に腰掛けた。

「それで、話とは何かな?」

 公爵の促す言葉に軽く頷き、クロスは口を開く。

「すっかりお世話になってしまいましたが、この通り、もう体も大丈夫です。ですので、そろそろお屋敷を出ようかと思います」

「ふむ」

 クロスの言葉に、公爵は顎に手をあて、考え込むような表情を見せる。

「お世話になりっぱなしで、勝手なことを、すみません」

「いや、それはお互い様だ。娘の件といい、鉄機獣の件といい、君には大恩がある。気にする必要はない」

 公爵は"それより"と述べ、さらに言葉を続けた。

「娘の専属護衛の件は……」

 公爵の言葉に、クロスはややうつむきつつ答える。

「ありがたいご提案ですが……、辞退させていただきたく思います」

 クロスの言葉に公爵は応えない。ただじっと顔を見つめる。視線に促されるようにクロスは続けた。

「ヴィライナ様は、公爵家の令嬢として"相応しくなろう"とされているように見受けられます。そのような時に、俺のような者が、いつまでもお嬢様のお近くに居るのは良くないと……」


 この数日、遠巻きにヴィラを見かけることがあった。見かけたのは主に庭で、公爵夫人から鍛錬をつけてもらっている風景だった。

 その様子は真剣そのもので、鬼気迫るものを感じた。ともすれば、自分を追い込んでいるようにも見えた。


「うむ、それはそれで少々心配でもあるのだが……、だが、お互いに距離を取ることも、あるいは必要かもしれんな……」

 公爵は再び顎に手を当てつつ話す。

「どこか行く宛はあるのかね?」

「俺ももっと腕を磨くために、討伐公社の本社がある皇都へ行ってみようかと思います」

 これはある意味方便だった。チャンドラ公爵領には魔獣が豊富な"樹海"が存在するため、戦闘経験を積むなら公爵領のほうが良い。どちらかといえば、クロス自身の"ここにいては公爵に甘えてしまいそうだ" という甘えを絶つ意味が強い。

「ふむ、そうか」

 クロスの方便に乗ったのか、それとも見抜いた上で合わせてくれたのか、公爵は納得してくれたようだ。

「ならば……」

 そう言って、公爵は席を立ち、執務机の引き出しから何かを取り出した。


「これは餞別だ。持っていきなさい」

 革袋が応接机に置かれる。ドサリという音から、それなりの金額が入っているのがわかる。

「そんな……、これまでもお世話になってますし……」

「娘の命の恩人に、こんな方法でしか報いることのできない親の気持ち、汲んでくれるとありがたい」

 公爵は少し涙目になりながら、そうクロスに告げた。

(あぁ、この人は、本当に俺を心配してくれている……)

 久しく忘れていた、親の愛情のようなものを感じ、クロスは胸がジンと熱くなるのを感じた。

「ありがたく、頂戴いたします」

 クロスは革袋を持ち上げ、自分の鞄へしまう。

「おぉ、そうだ! 忘れてはいかんな!」

「?」

 ついて来なさいと言いつつ、公爵はクロスを連れて屋敷を出る。向かった先は広大な敷地内にある倉庫のような建物だった。


 公爵が施錠を解き、倉庫内に入る。

「こ、これは!」

 そこには金属のガラクタ、もとい、鉄機獣の死骸が横たわっていた。

「ここへ運んだのだが、正直硬すぎて我々では活用できない。だが、君ならこれを活かせるのだろう? 持っていくといい」

 公爵はにやりとクロスを見る。どうやら、クロスの持つ異能はいろいろとバレバレであるようだ。

「いろいろと、ありがとうございます」

 クロスは早速、鉄機獣の死骸に鞄の中のツールボックスを押し当てる。

 巨大だった死骸は、一瞬でツールボックスに格納される。クロスの背後では公爵が「ひょっ!」という、ちょっとお茶目な悲鳴を上げていた。

 死骸はツールボックス内で分解され、大量の素材へと姿を変える。素材一覧が一気に増え、レシピも大量に解放された。

(また後で確認しよう……)



 今回も裏口から出るクロス。

「大変お世話になりました」

 裏口まで来てくれた公爵と公爵夫人に、クロスは頭を下げる。

「また、いつでも来なさい。歓迎するよ」

「ありがとうございます。失礼します」

 何度も振り返り、その度に頭を下げながら、鉄柵のゲートを潜りクロスが去っていく。それを見送る公爵と公爵夫人。

「ヴァンス、彼を行かせてよかったのか?」

 夫人は自分の夫に尋ねる。

「良くはないよ。でも、彼が自分で決めたことだからね……。かの"白鱗はくりん"も、この地の出身だという説がある」

 公爵の言葉に、夫人は目を見開き公爵を凝視する。

「まさか、彼が白鱗ゆかりの者だと?」

「可能性だよ、あくまでもね……」

 公爵の言葉は、吹き抜けるさわやかな風に流されて消えていった。




 とても世話になった公爵家に対し、恩を仇で返すようなことになってしまったかな、と少し後ろめたい気持ちを抱きつつも、クロスは鉄柵のゲートを潜った。鉄柵沿いの敷地外をしばらく歩き、ふと、誰かの視線を感じて再び屋敷を見た。

 遠くに見える屋敷、その二階の窓に、誰かが立っているように見える。その人影に向けクロスは今一度頭を下げ、そして踵を返し屋敷を後にした。




 遠く敷地外を歩く人物。窓からそれを見ていた彼女は、その人物が立ち止まり、こちらを見たような気がした。その彼は、彼女に向けて頭をさげる。

 彼女は口を抑え、目からはこらえきれず涙がこぼれた。

 しばし頭を下げていたその彼は、踵を返し遠ざかっていく。

「ごめんなさい、クロス、ごめんなさい……」

 彼女の嗚咽と謝罪は、誰の耳にも届かない。

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