6、閃力は超能力みたいなもの
クロスは無事公社の討伐者として登録を行った。
登録自体は簡単なものだった。クロスの感覚では、身分証を要求されたりするかも?と考えていたが、そんなことも無く、必要事項を登録用紙に記入し、契約書に1枚サインするだけだった。
ただ、その契約書には、"公社の討伐依頼においての死傷は自己責任"という生々しい文言が記載されていたが。
ちなみに、討伐者にはやはり、というべきか、ランクが存在する。初級、下級、中級、上級、特級の5段階である。クロスは登録したてであるため、"初級"である。まずは目指せ"下級"といったところか。
その後、公社で紹介された宿泊施設へ向かったところ、金貨が高額過ぎて使えなかったり、両替商を探して街中を走り回ったり、手数料をぼられたような気がしたり、宿所の部屋が恐ろしく狭かったり、食事が出なかったり、数日滞在中に室内でクラフトしていて散らかし過ぎて宿所追い出されたり、等々を経て、クロスは領都の"街はずれ"に家を建てた。
「ここなら文句言われないだろ、たぶん」
『ここを"街はずれ"と呼んでいいのか分からないね! 街が結構遠くに見えるよ?』
"街はずれ"と呼ぶのもおこがましいほどの荒野である。
「いいんだよ! ここなら存分にクラフトしてても何も言われないし、周りに迷惑も掛からないし!」
『樹海の奥地に住んでた時と大差ないね!』
「ぐぅっ!」
ぐうの音も出ない……、もとい、ぐうの音しか出ない正論で論破されるクロス。なお、姿が見えないスミシーとやり取りするクロスは、傍から見れば挙動不審な怪しい人物である。
新たに建築した一軒家でのびのびとしつつ、クロスは新装備をクラフトすることにした。
「討伐者としてランクを上げるためには、魔獣素材を納品しないといけないんだけど、クラフトにも使いたいのがつらいとこだよなぁ~」
スミシーという同居人?は存在するが、基本的に1人であるため、クロスは独り言が多くなっている。
現在、クロスは単発のクロスボウを使用しているが、一部機工を用いた連発式クロスボウを作成しようと考えていた。ツールボックスのメニューをスクロールし、素材の異なる様々な"連発式クロスボウ"を物色していると、ふと"
「そういえば、公爵様も"
『
「超・能・力!! まじで!? 俺も使える!?」
クロスはわかりやすくテンションが上がった。
『いや無理』
「速いよ!! もうちょっと夢見させて!!」
そしてテンションは急落した。
『細かくは省略するけど、
「ひ、酷い……」
クロスは一人、家の中で四つん這いになって項垂れた。
『まぁまぁ、落ち込むのは早いよ。
「まじか! 俺
クロスは、黒歴史と化したフライングボードも
クロスが、閃術器♪ 閃術器♪ と口ずさみながらツールボックスメニューをスクロールしていると、家の扉が衝撃とともに開け放たれ──、扉が外れて飛んできた。
「やっと見つけたわ!!」
そこには金髪美少女が立っていた。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
「お嬢様、せめてノックぐらい……、あ、扉壊れてる」
付き人ラクティがやんわりとお嬢様を窘める。クロスとしてはできればお屋敷を出撃する前に止めてほしかった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ」
ヴィラお嬢様が黄色い悲鳴を上げる。フライングボードで家の周りをくるくる回るヴィラ。高度20cm、速度は5km/hが限界でも、彼女には面白アイテムだったらしい。
さすが、お子様が遊んでも大丈夫な安全設計。お嬢様も大喜びである。
「お嬢様~、気を付けてくださいよ~」
ラクティはヴィラを注意しつつも、少しソワソワしている。
(もしかしてラクティもやりたい!?)
訂正、お嬢様以外にも人気である。
きゃあきゃあと盛り上がるヴィラとラクティを遠巻きに眺めるクロスは、ヴィラの左手の甲に黒い幾何学模様の痣があることに気が付いた。先日は手甲を着けていたために見えなかったようだ。
『あれは
(こくいん?)
『
(俗説なのかよ……)
『全く間違い、という訳でもないよ。実際、黒印には黒印細胞という組織が存在していて、黒印細胞は、閃力として使用されて発散した余剰エネルギーを再吸収したり、太陽光発電する能力があるからね』
(太陽光発電してんの!? なにそのエコロジー!!)
『もちろん、君には無いけどね』
(わざわざ落としに来ないで!!)
自身の中に居るスミシーとの会話で一喜一憂するクロスは、傍目には大層な不審人物であった。幸いにして、フライングボードに夢中な2人は、それに気づくことは無かった。
ヴィラとラクティは、半日ほどフライングボードで遊んだ後、帰って行った。
「何しに来たんだ?」
『遊びに来たんでしょ?』
「……」
クロスは、大そう微妙な表情で二人を見送った。
「楽しそうだったし、まぁ、いいか」
──翌日
「討伐に行くわよ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
せっかく直した扉が再び破壊された。
「扉は開くもんだ! 蹴破るもんじゃねぇ!!」
「すまない」
ヴィラの後ろからポートが姿を見せる。今日はポートとラクティの二人が居るようだ。
「お嬢様、ですからせめてノックを……」
(ラクティさん、諫めるべきはそこじゃない……)
当のお嬢様は、気にした様子もなくニッコニコである。ちっとは反省せぇよ。
「ここに一人で住んでいるのか?」
ポートは雑多に物が散乱する室内を見回し、クロスに問う。
「あ、はい」
クロスの答えに、彼の視線は再び悲哀に満ちたものになる。
(ポートさんにはやたら同情心を持たれてる感じがするなぁ……、まぁ、俺も中学生が親無しで一人暮らししてるの見たら、こんな表情になるかもしれんが……。すんません、中身アラサーですんません)
"前世でも一人暮らししてました"と考えつつ、説明しても信じてはもらえそうにないため、クロスは何とも言えない気持ちになりつつもポートの視線を受け止めた。
「目指せ中級魔獣ね!」
ヴィラを先頭として、クロス、ラクティ、最後尾はポートという並びで森を進んでいく。
ヴィラはお忍びで討伐者登録をしている。最も、"お忍び"と認識しているのは本人のみで、両親、討伐公社関係者ともに周知の事実ではあるが……。ヴィラの討伐者クラスは、クロスより上位の下級討伐者である。
中級討伐者へのランクアップ条件が"中級魔獣討伐10件(単独、協力問わず)"であるため、"目指せ中級魔獣"であるらしい。
「ヴィラお嬢様、俺まだ初級なんですけど……」
「いいじゃない! 中級魔獣を討伐できれば、一気に中級へランクアップよ!」
意気揚々とヴィラは答えるが……。
「いえ、お嬢様、そんな飛び級的な上がり方はできません」
「え、そうなの? でもいいじゃない! いい経験よ!!」
ラクティに窘められたが、予定を変更する気はないらしい。クロスは嘆息しつつも、今日はお嬢様に付き合うことにした。
中級魔獣はオオカミ型や鳥型、ウシやウマなどの草食獣型が該当する。クロスはいずれも樹海奥地で戦った経験があるため、十分対応可能である。
『来るよ』
「お嬢様」
スミシーがクロスにだけ聞こえる声で警告を発した直後、ポートも同じく警戒を促した。
全員が武器を構える。と、草むらを押しのけてウシが現れた。
「ヴォシャァァァァァァァ!!!」
ウシの口角が広がり、ヤツメウナギのような口が開く。全身から黒曜石風の鋭利な棘が姿を現し、頭部には巨大な3本の角が伸びる。
「ヴォヴォヴォォォ!」
ウシ型魔獣は先頭にいたヴィラお嬢様めがけて突進する。
「お嬢様!!」
ヴィラが屈むと、その上をフルスイングでメイスが通過、そのままウシ型魔獣の頭部を正面衝突した。ラクティの振るうメイスは、命中の瞬間に一瞬光を放った。
『閃術だよ!』
(さすがお嬢様の護衛! 閃術使いですかい!!)
ラクティとウシ型魔獣では相当の重量差があるにもかかわらず、メイスによる攻撃で完全に魔獣の勢いは相殺された。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ウシのあご下を打ち抜くように、お嬢様がアッパーカットを放つ。激しい衝突音とともに、ヴィラの拳が閃光を放った。
「ヴォグボォ!!」
なんと、彼女の一撃でウシの巨体が数十cmほどふわりと浮き上がった。
「まだまだぁぁぁぁぁっ!!」
浮いたウシに彼女は連撃を叩き込む。そのすべての打撃には閃術が含まれているためか、激しい光と音を発生させる。
「ヴゴォ……」
魔獣は体中から流血し、崩れるように地面に倒れ伏した。
「コォォォォォォ」
ヴィラがゆっくりと息を吐く。
(こ、怖っ、この娘怖っ!)
クロスは、まったく手を出す余裕が無かったため、後ろでひたすら見学し、戦慄していた。
「どうかしら?」
ヴィラは振り返り、クロスに自慢げな表情を向けた。
「すごいっす。強いっす」
(なので、もう俺抜きで来てくれないですかね……)
正直に言えない部分については、心の中で強く願っておく。
『ヘタレだねぇ』
(なんとでも言え)
「ヴォガァッ!!」
「!?」
ウシ型魔獣はまだ息絶えていなかった。完全に無防備な状態であるヴィラの背へ──
瞬間、大剣がウシ型魔獣の頭部を叩き潰した。
「お嬢様、完全に止めを刺すまでは、油断してはいけません」
先ほどまでクロスの後ろにいたはずのポートが、気が付けばウシ型魔獣に止めを刺していた。
「あ、ありがとう、ポート」
「お気をつけください」
ヴィラは恥ずかしそうに礼を言い、ポートは優しい笑顔でそれを受け入れる。
(うん、俺要らないよね。むしろ邪魔じゃね?)
数体魔獣に遭遇するも、全く出番のないクロスは、"もう帰りたいなぁ"と思いつつも足を動かしていた。
『上だね』
そんなだらけ切った心情を戒めるように、スミシーが注意を促した。指摘通りに上を見上げると、木々の隙間から覗く空に、1羽の鳥が舞っていた。
「鳥型だな」
クロスと同じく空を見上げたポートがつぶやく。
「もう! 降りてきなさいよぉ!!」
「あれには私の投げナイフも届かないですね」
ヴィラお嬢様は怒りを露わにする。ラクティはあきらめ気味である。
鳥型魔獣との遭遇は稀である。討伐されることは更に稀である。理由は単純、相手が飛んでいるからである。鳥型魔獣としても、"飛行"という能力を得るために耐久度が低いため、あまり地上の敵とは接近したがらない。そのため、発見することが困難な上、発見しても戦闘に突入することが少ないのである。
「ついに俺の出番か!」
幸いにしてクロスは遠距離攻撃手段であるクロスボウを使う。
「いくらクロスボウでも、あそこまでは届かないのでは?」
クロスの武器を見て、ラクティが評する。たしかに、クロスボウのボルトではそこまで高空には届かない。だが……
「ふっふっふ、俺はまだ、"上空からの一方的蹂躙"を諦めていなかったのだ!!」
クロスの言葉に、全員が頭に疑問符が浮かぶような表情をしている。
『それ、ここにいる誰も知らないけどね……』
(えぇい! うるさい!)
クロスが上空からの一方的空爆攻撃を夢見てフライングボードを製作したのは、樹海奥地でのことだ。
「新装備! ロケットジェット!!」
クロスはバックパックを展開する。中から筒状の装備が2本現れた。その形状ままさに小型ロケットである。
「何よそれ! そんな面白そうなもの、今まで隠してたの!?」
ヴィラは興味津々である。
「いやいや、これはまだお嬢様には早いかなぁ~」
『ほんとに大丈夫かなぁ』
ヴィラはキラキラした瞳で見ており、ポートはやれやれといった表情だ。ラクティは表向きヴィラをなだめるような振りをしつつ、自身も興味津々であるようだ。
「いくぜ!」
クロスは、バックパックから伸びたワイヤーの先にある押しボタンを押した。それに呼応し、背中にある2本のロケットが点火され、その推進力によりクロスの体が浮き上がる。
「これで魔獣に接近し、クロスボウを打ち込む!」
「わぁぁぁぁぁぁ!!」
ヴィラの歓声に見送られ、クロスは徐々に高度を上げ──
『あ』
背後から不吉な破壊音。と同時に、これまでクロスの体にかかっていた上昇負荷が消失し、全身を浮遊感が包む。ロケットはクロスを残し、上昇していった。
「え?」
残されたクロスは、当然落下するのみである。
「ぎぃやぁぁぁぁぁ!! あぶっ、ぼへ!」
木の枝数本に直撃し、無残な悲鳴を上げながら、クロスは背中から地面に衝突した。幸いにして木の枝が落下の衝撃を緩めてくれたらしく、大した怪我はない。
「お、おごぉぉぉ」
「「「……」」」
背中を打ち付け悶絶するクロスを、冷ややかな目で見下ろす3人。その時、上空から激しい爆発音が響く。
一瞬にして、全員が警戒を厳にする、クロスを除いて。
「ギャガァァァァァァ……──」
上空を悠然と旋回していたはずの鳥型魔獣が、ボロボロになり落下していく。
「アレが、当たったか……」
どうやら飛んで行ったロケットがうまい具合に鳥型魔獣に命中し、炸裂したらしい。
落下していく鳥型魔獣を見る全員の表情は、とても微妙なものだった。悶絶しているクロスを除いて……。
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