5、ミニオンに首ったけ

「俺の名は……」

(あれ、なんだっけ?)

 彼は今になって自分の名前が分からないことに気が付く。これまでスミシーとしか会話しておらず、"名乗る"必要が無かったために気が付かなかったのだ。

 彼は焦って目を泳がせ、そして自分の肩に革ベルトでぶら下がっているクロスボウが映った。

「クロス、俺はクロスだ」

「私はヴィラ、そっちの大柄な彼はポートで、そちらの彼女はラクティよ。」

 金髪美少女改め、ヴィラが3人の名前を紹介してくれる。ラクティと呼ばれた茶髪の女性からは「お嬢様」と小声で咎めるような声が聞こえる。

「それでクロス。あなたここで何をしているの?」

 彼改め、クロスは少々悩む。素直に答えるなら、「森の奥から街目指して歩いてきました」だが、間違いなく「どうして森の奥から?」と聞かれるだろう。「気が付いたら森に居ました」で済めば良いが、はたして信じてもらえるだろうか。

「迷子になっちゃいまして」

 クロスが悩んでいる間に、すぐ横からクロスそっくりの声が聞こえた。

 すぐ脇の木から、スミシーの首だけが生えていた。今の声真似はスミシーの仕業だった。

(怖っ! ってか勝手に答えるな!!)


「まぁ……」

 声を出したのは質問したヴィラではなく、ラクティだった。なんだか妙に痛ましいものを見るような表情をしているが……。

(意外と信じてもらえる感じ、なのか?)

「親御さんとはぐれた、のか?」

 ポートが物静かに問いかけてくる。

(なぜ親御さん?)

「いえ、一人ですが……」

 クロスの回答を聞き、ポートまでもが同情心溢れる表情に変わる。

(え、なぜ?)

『あー、たぶん、子供だからじゃない?』

 クロスの中にいるスミシーが述べる。述べると言っても、実際に声に出しているわけではなく、思念通信のようなものだが。

(いや、俺元アラサーサラリーマンだよ?)

 スミシーの言葉に、クロスは心の中で答える。

『今はどう見ても中学生くらいだけど?』

 クロスは再度驚愕した。そういえば、この世界に来てから一度も自分の姿を見ていなかった。

 思わず自分の顔を手で確かめようとして、今は敵意無しアピールのために両手を上げていることを思い出し、ぐっとこらえる。

(まさか、転生して若返ったのか……)

 大人2人は、クロスの容姿が子供(中学生ほど)であることで、警戒が解けたようだった。しかし、金髪美少女のヴィラお嬢様は、そのことには特に何も感じなかったのか、「ふーん」と一言述べたのみだった。


 "そろそろ手を下げたらダメかな?"などとクロスが思い始めたところで、足元でガサリと音が鳴る。クロスは視線を落とす。同時にヴィラも視線を落とす。

 ミニオン君がクロスの前に立っていた。

「!」

(ミニオン出しっぱなしだったぁぁ!!)

 そう、クロスはミニオン君たちに「自分を中心に三角形で配置」と指示していた。ミニオン君1体は、その指示を愚直に守り、クロスの前を護るように立っていたのだ。

「そ、その人形は、なに?」

「あ、その、これは……」

 クロスは何と答えたものかと、しどろもどろになりつつヴィラを見る。が、ヴィラは声こそきつい感じで話しているが、視線はミニオンにくぎ付けだ。

「……」

 凝視されたミニオンは、気が付いたように両手を上げた。クロスは手を上げているのに、自分が上げていないために見られていると勘違いしたようだ。

 それを見たヴィラは破顔……、しないように無理やり顔面を維持した。結果、引きつり笑いのような微妙な表情になっている。

「えーっと、操り人形、みたいな……」

「閃術かしら?」

「せん? そ、そんなとこです」

 ヴィラのやや被せ気味な問いかけに、クロスは慌てて話を合わせる。

「ふーん」

 それを聞いたヴィラは興味無さそうな声を出している。が、相変わらず視線はくぎ付けである。


「えっと、よかったら差し上げましょ──」

「え!? いいの!?」

 クロスが"差し上げましょうか?"と全て言い終わるよりも早くヴィラが答えた。この食いつきにはクロスも少々たじろいだ。ポートとラクティの二人は額に手を宛て、首を振っている。

 クロスはミニオンの1体に主人変更を指示し、危ないので武装は外した状態でヴィラへと渡す。

「えへへ」

 ヴィラは初めて年相応の笑顔を見せた。


「お嬢様……」

 そんなヴィラにポートが声をかける。ヴィラはその瞬間に、ポートとラクティが居たことを思い出したかのように、居住まいを正す。

「あ、ゴホン。もちろん代金を支払います。ちょっとうちに寄ってくださるかしら?」


 クロスの目的も最寄りの街へたどり着くことであったため、ヴィラの申し出を受け入れ、共に街へと向かった。

 道中、譲渡したミニオンにいろいろな指示を出せることをヴィラに教え、彼女の指示でちょこまかと動く木製人形に、ヴィラは大層ご満悦だった。


「お、おぉ……、すごい発達してる……」

 街の様子はクロスが想像していたよりもかなり発達していた。彼は自分の境遇から、勝手に"中世ヨーロッパ風"をイメージしていたのだが、たどり着いた街には二階建て以上の石造り、レンガ造りの建物が立ち並び、街灯があり、自動車まで走っている。もっとも、その形状は"馬車にエンジンを付けました"という、日本なら博物館に並ぶような車両だが。


「あたりまえでしょ! なんといってもここはチャンドラ公爵領 領都ソーマなんだから!」

 クロスの呟きは"この世界"に対する感想だったのだが、いい具合に"この領都への感想"として受け取ってもらえたようだ。

 石畳の歩道をずんずんと進むヴィラと、その後に続くポートとラクティ。更にその後を遠慮がちに追うクロス。

 まさに"冒険者"然とした装いの4人組が、自動車行き交う石畳の街中を進む光景は、中々に違和感を覚えるものではあった。しかし、通行人は誰も気にした様子が無いため、ここではこれが普通なのだとクロスも納得した。


 街はかなりの規模だった。建物立ち並ぶ石畳のエリアを抜けると街壁に守られた中央街へと至る。

 中央街には、大きな敷地に立派な庭付きの豪邸が立ち並び、その道はこれまでよりも更に綺麗に舗装された石畳であった。中央街とはやんごとなき方々の住まうエリアなのだろう。

 そうなると、ここを進んでいくヴィラも"やんごとなき方々"の一種であるということなのだが……。


「貴方は討伐者なのかしら?」

「ほぇ?」

 お上りさんよろしく、街景色に見とれてきょろきょろとしていたクロスにヴィラが声をかける。突然声をかけられたクロスは、死ぬほど間抜けな声を出した。

「とうばつ、しゃ?」

『討伐者、討伐公社が雇用している、非正規、日雇いの労働者だよ。魔獣の討伐を生業にしているんだ。君に分かりやすく表現するなら"冒険者"ってとこかな?』

(わかりやすいけど、酷い表現!!)

 なんと、"冒険者"が存在していた。"非正規"とか"日雇い"とか、スミシーの説明に悪意しか感じられない表現が含まれていたが、全転生者憧れの職業No.1(クロス調べ)の職業"冒険者"である。当然クロスも憧れている。

「あ、まだなんですけど、俺もぼうけ──、討伐者になろうかと思ってます」

「そう、なら代金を渡したら中央街の公社支店まで案内させるわ」

 なんと至れり尽くせり、今クロスの中でヴィラお嬢様株が急上昇のストップ高である。



「すっげぇ豪邸……」

 ヴィラお嬢様に"こっちよ"といって案内された家……、いやお屋敷は、大豪邸だった。

(この豪邸だけで中央街の敷地の半分くらいを占めてるんじゃないか?)

 クロスがおかしな感想を抱くほどには、その屋敷は広大だった。クロス二人分ほどの高さがある鉄柵状の塀に囲まれた敷地内には、ちょっとした林まで存在している。


 しばし歩くと、立派な鉄柵の規模に対し、ずいぶんとこじんまりとした入口が見えてきた。

(もしかして、裏口的な場所かな……) 

 裏口とはいえ、そこには衛士が2名立っており、ヴィラは彼らに一声かけて中へと入っていく。先ほどから驚きで少々挙動不審なクロスは警備兵に僅かににらまれ、緊張しながらヴィラたちの後を追った。


「お父様!!」

 これまた、屋敷の規模のわりには小さい扉、といっても、立派な木製の二枚扉なのだが、その扉を開き、ヴィラお嬢様はミニオンを手に屋敷内へと駆けこんでいった。

 ポートとラクティにやんわりと止められ、クロスはその入口前で待つこととなった。どうやらこれ以上は入れないらしい。

 少し待つと、屋敷の中からお嬢様の声と男性の声が聞こえてくる。ややあって姿を現したのは、金髪の壮年男性だった。

「旦那様」

 クロスの両サイドに立っていたポートとラクティが、颯爽と顔を伏せ膝をつく。つられてクロスも膝をつきかけ──

「あぁ、君は臣下ではないから、礼はいいよ」

「え?」

 勢いで顔を上げると、穏やかそうな顔で男性が見下ろしていた。整った顔立ちは、さすがヴィラお嬢様のお父さんといった風情だ。一見柔らかな表情だが、その目には深い知性を感じさせる。

「あ、はい」

 中途半端に座った状態もイカンかと考え、クロスはとりあえず立ち上がる。


「これは面白い閃術器だね。このような高度な物は見たことが無い。こんな貴重な物を娘に、いいのかね?」

 ヴィラの横で自己主張するミニオンを一瞥しつつ、旦那様と呼ばれた男性はクロスに問う。

「あ、はい。お嬢様もお気に入りのようですし……」

「そうか、すまないね。では、これは代金だ」

 旦那様はそう言うと、横の執事に目配せする。執事は恭しくお辞儀したのちにトレイに乗せた金貨を運んできた。金貨は10枚載っている。

(貨幣は金本位なのかな? 価値が分からんなぁ)

『金貨1枚でざっくり100万円くらいかな』

 クロスの心の呟きに、スミシーがすかさず答える。

(100万円が10枚!?)

「いっせんまん!?」

「ん? 不足かね?」

 あまりの金額に、クロスは思わず声に出してしまった。サラリーマン時代に1000万円なんて見たことも無い!


「あ、いえ! 大丈夫です!!」

 クロスは両手を振りつつ、焦って答える。旦那様の表情は"もう10枚は必要だったか?"とか言い出しそうだったからだ。ただの木材から作っただけのミニオンで、そんな大金を受け取ってしまったら、自分の価値観がヤバイことになりそうだ。

「そうか、ならよかった。では、また面白いものがあれば、ぜひ見せてくれ」

「は、はいぃぃ!」

「クロスまたね」

 クロスは腰を90度曲げて頭を下げ、旦那様とお嬢様を見送った。

(お嬢様には"またね"と言われたが、もう関わらないようにしよう。いろいろと心臓に悪い)


 二枚扉が閉じられ、それからしばらく、クロスは90度頭を下げたまま、硬直していた。

(すげぇ、娘のおねだりにポンと1000万円出せるとは。セレブや。マジもんのセレブやで)

「いつまでそうしているつもりだ」

「へ?」

 既に立ち上がったポートとラクティが、相変わらずクラスの左右に居た。"なぜまだ居るので?"とクロスが言い出す前に、ポートが口を開く。

「では、公社へ案内する。ついてこい」

 ポートは、"俺一人で十分だ"とラクティを帰らせる。どうやら彼が案内をしてくれるようだ。二人でお屋敷を後にし、再び中央街を歩く。


『さっきの金髪おじさん、たぶん、ここの領主様だね』

 クロスの中で、スミシーが述べる。

(領主? 貴族ってこと?)

『この世界では華族と呼ばれているね。たしかここはチャンドラ公爵領だから、公爵様かな』

「こうしゃ!?」

「ああ、これから"公社"へ向かうが、何か問題か?」

 "公爵様"と思わず声に出てしまったクロス。それを聞きポートが怪訝な顔で答えた。

「いえいえいえ、だいじょぶです!」

 クロスは慌てて否定すると、ポートは怪訝な顔のままだが、再び前を向いて歩きだした。

(ビックリして声にでちゃったよ。公爵って、かなりえらいんじゃ?)

『王様の次くらいかな。あぁ、この国なら皇帝の次か』

(雲上の存在!)

 改めて、お嬢様とはもう会わないようにしようと決意するクロスだった。



 そんな決意空しく。数日後、クロスはお嬢様の襲撃を受けるのだった。

「やっと見つけたわ!!」

「いやぁぁぁぁぁぁ!」

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