4、樹海の奥深くに住むのは正気の沙汰じゃない

 突然この地に放りだされて約2週間が経過した。

 今日もミニオン君たちと共に魔獣を2体ほど狩り、栄養が偏るといけないので、木の実や食べられる草などを採取した彼は、ツールボックスで製作された食事を口に運ぶ。


「俺、馴染んでる!?」

(俺って、意外と柔軟性高いタイプだったんだなぁ……)

 放り出された直後こそ戸惑い茫然としていたが、今ではごく普通に狩りを行い、食事をとっている。最低限ではあるが、生活のサイクルが確立されてきている。こうなってくると──

(なんか、次の目的が欲しくなるな……)


 そもそも、元はサラリーマンであったはずの彼が、なぜこの場所に出現したのか。一度、スミシーに問いただしてみたものの、のらりくらりと露骨に誤魔化されたのだ。

(他に情報を集める方法は……)

 やはり、他の誰かに聞いてみる。というのが情報収集の基本となる。問題は他に誰も居ないことだが……。


(そういえば……)

「家はたくさん準備したけど、誰か住民がやってきたり、するのか?」

 ある種のクラフト系サンドボックスゲームでは、家を建てると住民が勝手に引っ越してきて住み着く。それまで影も形も無かった人間が、どこからともなく現れるのである。どこから来たのか、それは謎である。

「住民?」

 彼の言葉に、スミシーは面白いものを見つけたと言わんばかりの表情をした。どうやらこの質問は悪手だったらしい。

「ははは! そんなまさか、ゲームじゃあるまいし!」

(イラッ)

「大体、10km程東に街があるのに、こんな樹海の奥深くに引っ越してくるなんて、正気の沙汰じゃないよ」

「……ほぅ?」

 彼はゆらりと立ち上がり、新たに作成した小型の鉄斧を握りしめる。

「ぁ」

 とりあえずスミシーの姿が欠片も確認できなくなるまで、奴のホログラム体をバラバラに分解した。


「はははー、相変わらず僕に容赦ないなぁ!」

 しばしの後、何事も無かったかのように、スミシーが再構成される。

「はぁはぁはぁ、チッ」

 これ以上スミシーをぶっ叩いても、ひたすらに不毛であるため彼はぐっと堪えた。

「で、どこに街があるって?」

「ん? 10km程東だけど?」

 スミシーは軽い感じで指をさす。どうやら東西南北も把握しているらしい。

「街あるのかよ!! 俺なんでここでサバイバルしてんだよ!!」

「ん~?」

 "てへぺろ"という言葉が聞こえてきそうな表情のスミシー。確かに不毛だ。不毛であり無意味だが、彼は再びスミシーを粉々に打ち砕いた。



「こんなところに居られるか! 俺は街へ行くぞ!」

「わぉ、それ何フラグ?」

 相手にしても無益であるため、彼はスミシーの発言をスルーする。

 スミシーは街までの方向や距離を把握しているようだ。街まで約10kmとのことであるが、これが舗装された都市の道であれば、一日歩けば十分に到着できるだろう。しかしながら、ここは切り拓かれていない森である。10kmの道程を進むにも2~3日程度はかかると考えた方が良い。

 彼はもはや戻らないつもりで、必要な荷物を考える。

(当然ツールボックスは持っていくとして、狩りをしながら移動するだけの余裕があるか分からない。ならば、食料も準備を……)

 幸い、ツールボックスにはある程度の素材を保存しておくことが可能であり、食材などが腐敗することも無いようだった。食事が出来る余裕のある状況であれば、都度ツールボックスで製作し、食事をとればよいだろう。

 問題は武器だ。多くは無いが、魔獣が闊歩する森である。武器は必須だ。もちろんミニオン君たち3体は随伴してもらい、彼自身もクロスボウを持つ。ボルトも10本ほどは持っていくが、やはり予備は準備しておきたいというのが人情だろう。

「ツールボックスに素材を入れておけば、すぐに作れるけど……」

 ちなみに、ツールボックス自体には製作品は格納しておくことが出来ない。製作品をツールボックスに格納しようとした場合、それは分解され、元の素材に戻るのだ。非常にエコな仕様ではあるのだが……。

 余談だが、ツールボックスで武器同士の合成のような強化方法がとれないのか? とスミシーに聞いた際には

「え? 武器2本を合成? 常識的に考えてできるわけないでしょ? 仮に剣と斧を合体させたら、剣と斧がくっついた物体が出来るだけじゃない? そんな合成だなんて、ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし……」

 という、"お前が言うな"という素敵な回答であった。その後、スミシーの姿が粉々になったのは言うまでもない。


 彼は頭を振り、イラつく思い出を振り払いつつ、改めて荷物について考える。そう、武器を持ち過ぎれば重くなる。少なければ不安になる。彼がそのジレンマに悩まされていると……

「あ、荷物なら僕がある程度持てるよ? インベントリ能力があるからね」

 スミシーが軽い調子でそんなことを言う。

「……」

 何度目かの打ち砕きたい衝動を押さえつつ、彼はスミシーに改めて問う。

「そ、それはアレか? いわゆるアイテムボックスとか、亜空間収納とか言われる奴か?」

「ん~? そうかな? 持てるのは10個だけどね」

 お前、箸より重いモノ持てないとか言ってただろうが! などと様々な思いが彼の心に去来していたが、彼はこの数日でかなりの忍耐を身に付けていた。

 彼は表情を引きつらせながらスミシーから聞き出した仕様としては、格納できる数は10個。重量サイズは関係なし。スタック(1種類を個数管理し、1枠で複数個格納するような方法)は不可。ただし、裏技的な方法として、袋や箱に詰め込んだものを一塊で格納してしまえば、1枠で済む。


 早速彼は準備を始めた。移動中の食事のために食材を多めに収集し、ツールボックスへ格納しておく。ツールボックス自体については、魔獣の革で作った肩掛けバックにすっぽりと収納できたため、これを斜め掛けにしていくことにした。

 それ以外には、クロスボウの予備や、ミニオン君たちの武器の予備、ボルトは10本を一束として纏めることで1枠に納めるように準備し、スミシーのインベントリに格納した。


「あとはー……、お?」

 ツールボックスのメニューを物色していると、"ポーション"がレシピとして存在することに気が付いた。

(回復ポーション、加速ポーション、増強ポーション……、バフ効果がある物だと思うけど、ドーピング感がすごいな……)

 現状の素材では低ランクの"回復ポーション"しか作成できない。

(一応作っとこう)

 念のためと考え、数個の回復ポーションを作成し、これもインベントリへ格納した。


(そういえばインベントリはスミシーの能力って言ってたが……? スミシーの本体は俺の体……。ってことは俺の能力じゃねぇか!!)

 今更ながらの気づきではあったが、インベントリの出し入れは、なぜかスミシー経由でしかできなかった。




「さぁ! 街へ向けて出発だ!」

 彼は力強く拳を振り上げる。彼に呼応して、ミニオン君たちも腕を振り上げた。スミシーは「おー」とやる気なく答えている。

「ミニオン君たちは周辺警戒を!」

 彼の指示を受け、3体のミニオン君たちは敬礼した後、彼を中心として三角形に位置取りした。

「スミシーは索敵!」

「えぇ~、僕、荷物たくさん持ってるよ?」

 手ぶらなスミシーが両手をプラプラさせつつ抗議を訴えるが、

「インベントリは重量無視だろうが!」

「へぃへ~ぃ」


 かくして、彼らは森を進む、まだ見ぬ街を目指し。


 道中では、スミシーの索敵が優秀なためか、魔獣の接近を早期に探知でき、ミニオンの防御兼攻撃とクロスボウで危なげなく対処した。

 夜間には周辺の木を素材として家を製作し、安全に休める空間を作り出した。

 こうして2日ほど、彼らは順調に進んだ。


「そろそろ森が切れてもいい頃合いなんだけどなぁ~、ん?」

 森を進み始めて3日目。想定通りであるなら、かなり街に近い場所へ来ているはずというタイミングで、スミシーはこれまでにないモノを探知した。


「これは、人間の反応かな?」

「──」

 微かに聞こえる音は……

「話し声?」



 彼は木の影に隠れ、話し声の主たちへと目を向けた。森の中を3人の人間が進んでいた。


 1人は10歳程度の少女だ。整った顔立ちで金髪と碧の瞳の美少女だ。現在は森の中であるためか、金髪はまとめ上げてある。革製らしき鎧を身に付けているが、武器は持っていないが、手甲を着けている。

(も、もしかして殴るのか?)

 更に1人は20歳前後の女性だ。顔立ちは素朴な雰囲気で、茶色の髪をひっつめにしている。少女と同様に革製の鎧を身に付け、手には武骨なメイスを持っている。

「お嬢様ぁ~、これ以上奥は強力な魔獣も出てきますから、この辺にしといたほうがいいですよ~」

 茶髪の女性が、金髪美少女に向けて言う。どうやら金髪美少女は"お嬢様"であるようだ。

「ふふん! 強力な魔獣! 来るなら来てみなさい!!」

 金髪美少女は自信満々に答える。

(付き人も楽じゃないね……)

 そんな二人のやり取りに関与せず、先頭を歩くのは20代後半らしき大柄な男だ。身長が180cm以上はある。横のガタイも良いため、先ほどの少女と比べると巨人と小人かと思えるほどに違う。黒に近い茶髪を短く刈り込んでいる。大剣を背負い、その視線は鋭く周囲を警戒し──

 瞬間、彼は大柄な男と視線が衝突した。

(気づかれた!?)

「──居る」


 トンッ!


 大柄な男の言葉の直後、茶髪女性が刹那に動き、彼が隠れる木に何かが当たった。

「な、ナイフ!?」

 投擲用のナイフらしき小柄なナイフが、彼が隠れている木に突き刺さっていた。10cmほど逸れていたら彼の顔面に命中していただろう。


 3人は既にこちらを見て、武器を抜き警戒している。

「魔獣ではない」

 大柄な男がそのように言葉を発するも、3人が警戒を解くことは無い。

『大人しく出ていくしかないんじゃない~?』

 気が付けばスミシーの姿が無い、にも関わらず声だけが聞こえてくる。

『あ、僕の本体は君の体だから、僕はいつでも"中"へ逃げ込めるのさぁ』

(逃げてんじゃないよ!!)


 彼は仕方なく、両手を上げて木の影から姿を現す。

(こ、これで敵対の意思が無いことを示せるよね? 示せるよね?)

 クロスの認識として、"両手を上げる"のは"降参"をアピールするものだが、果たしてこの世界でも通じるか……。


「人間か……」

 木陰から出てきた彼の姿を見て、人間であることを確認した3人だが、それでも警戒は緩めない。魔獣ではないとはいえ、人間も十分に危険な可能性があるからだ。


「見ない顔ね。何者? 名を名乗りなさい」

 金髪美少女が彼に対し誰何を投げかける。

「俺の名は……」

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