3、フライングボード(飛べるとは言ってない)
「遠くから安全に狩りがしたい」
魔獣との闘いの翌日、彼は全力で宣言していた。魔獣との闘いはまだ1度きりだ。しかし、彼の心は"向かい合って戦うとか無理"として、既に全力で折れている。
彼はツールボックスのメニューを確認する。魔獣から得た素材に"魔核"という物があった。これをツールボックス内で更に解体したところ、数種類の金属と、"μファージ"という物体に変化した。得られた金属の中には鉄もあったため、魔核を集めれば鉄製の道具も作れそうだというのはわかっていた。
その中でも、彼が最も気になったのは"μファージ"という素材だ。
「うーん、まぁ、分かりやすく言えば、ナノマシンかな?」
というのがスミシーの解説である。
どこかのフィクション作品で聞いたことのある名前だが、彼はそういう物の設定はあまり気にせず、雰囲気を楽しむ派だ。そのため、何となくのイメージとして、「ナノマシン=便利なナニカ」程度の認識だ。とりあえずμファージは便利なナニカと認識することにした。
この便利なナニカであるμファージを使ったレシピに、なんと"フライングボード"なるアイテムが現れているのだ。
「欲しい」
(フライングボードで空を飛べれば移動も速いし、何より魔獣と不意に遭遇することも無くなる……、はず! 何より空を飛ぶことによるアドバンテージで、攻撃を一方的に行える……、はず!)
彼は様々な思惑から、フライングボード製作を心の中で決定する。ただし現状は素材不足である。もちろん不足素材は"魔核"であり、"魔核"入手のためには魔獣を倒す必要がある。
「あぁ~、それでこういう戦術になるわけねぇ~」
オオカミ型の魔獣がスミシーをひたすら攻撃している。スミシーはひらりひらりとオオカミ型魔獣の攻撃を回避、しているような顔をしているが、実は攻撃が当たっている。当たってはいるが、攻撃を受けた部位の微粒子が拡散するだけであるため"なんの影響もない"というだけだ。
とにかく、スミシーが囮として魔獣を引き付け……、
「どぉりゃぁぁぁぁ!!」
彼が石オノを投げつける。その石オノはスミシーの胴体ど真ん中を貫通し、その先にいたオオカミ型魔獣頭部に命中する。
「はは! 容赦ないね!」
スミシーの胴体に空いた風穴は、すぐに何事も無かったかのように復元した。
スミシーには索敵能力があり、ある程度遠距離でも動物や魔獣を探知できた。そのため、スミシーを先行させ、探知した魔獣への囮とし、その間にオノを投擲して倒すという"スミシーデコイ作戦"を実施した。結果、10体以上の魔獣を安全に倒し、その素材を回収することができた。
「ふっふっふ、ついにフライングボードが作成可能となった!」
各種金属に加え、μファージ──なにやらμファージにも種類があるようだが──も、必要量が揃った。
「フライングボード! 製・作!!」
ツールボックスから現れる青い板状の物体。ちょうどスケートボードのような形状だが、車輪は付いていない。
「おぉ~! まさしくフライングボード!」
某タイムトラベル映画に出てくるアレみたいだ! と思いつつ、彼は早速試してみることにした。
フライングボードを腰の高さで手放す。
「おぉ~」
一瞬落下したボードは地上20cm程度の高さで静止し、そのまま滞空している。
彼は恐る恐るボードの上に足を置く。片足を置いても、ボードが沈んだり、といったことは起こらない。そのまま、彼は両足を乗せてみた。
「おぉぉぉぉ~」
彼の語彙力が先ほどから壊滅的な状態だが、どうやらそれほどに感動しているようだ。が、一瞬の後、彼は戸惑いの表情を浮かべる。
「どうやって前に進むんだ?」
「さぁ?」
彼の一挙手一投足を眺めていたスミシーは、両手の手のひらを見せ、身振りで"分からない"をアピールする。
「お?」
そんなやり取りの直後、ボードがゆっくりと移動し始める。
「"進め"って思うと進むらしい」
彼の言葉通り、ボードは少しずつ加速していく。
「……」
「クスクスクス」
徐々に速さを増したボードは、人が歩く速さ程度まで加速し、そのまま同じ速度で移動し続けている。スミシーがくすくすと笑っている。
「……」
「くっくっく」
先ほどから家の周りをぐるぐると回り続けているが、歩く速さ程度以上には速度が上がる気配がない。スミシーは必至に笑いを押し殺している。
「遅っ! これ限界!? あと高度上がらない! この位置が限界!? もしかして、ホビー用途のアイテム!?」
どうやらフライングボードは、高さ20cm、速度は5km/hが限界の仕様のようだ。お子様が遊んでも大丈夫な安全設計である。
「くっ、俺の空爆作戦が……」
笑いをこらえることを諦めたスミシーが笑い転げているが、今、関わっても精神衛生上よろしくないため、彼は努めて視界に入れないようにした。
そう、彼には気になっているモノがあった。ちなみに、フライングボードについては、精神的にも記憶的にも封印することにした。
ツールボックスに現状で保管されている素材。その中にある"μファージ"には種類がある。"μファージ(組織再生)"やら、"μファージ(閃力操作)"などがあるのだが、その中に"μファージ(人工知能)"というのがあるのだ。
「これを使えば、俺戦わなくて済むのでは!?」
人工知能、すなわちAI! AI搭載の何かを製作することで、彼が手を出さずとも自動戦闘を行ってくれるのではないか? との想定である。
そして彼は、自称"サポート用AI"であるスミシーを見る。
「……」
「ん? そんなに見つめられると照れるなぁ」
"男"の姿で手をモジモジして体をくねらせるスミシー。
その様子を目の当たりにし、彼は地面に膝をつき絶望した。
(ダメだ、全然AIに期待できない……)
「万が一……、億が一にも、役に立つ可能性がゼロではないとも言い切れない、ということも考えられないこともない……、はず!」
「なんか僕を見ながら失礼なこと考えてない?」
動揺から混乱した発言をしつつ、彼は"μファージ(人工知能)"を用いた製作を行うことにした。
素材としては複数種のμファージと木材。これで"ミニオン(木人)"というアイテムが製作可能である。
「よし! いっけぇぇぇ!!」
気合一閃、ツールボックスのアイコンをタップした。
出来上がったのは、身長1mほどの木製人形。人体を模した形状はしているが顔は無い。デッサン用モデル人形のような姿だ。
「こ、これは……、どうなんだ?」
何事も物は試しである。そう結論付け、彼は"ミニオン(木人)"の性能を試してみることにした。
一応、ミニオン用装備ということで、ミニオン(木人)君向けアイテムを製作可能であったため、鉄の剣と鉄の盾を持たせてみた。ミニオンは身長が1m程度のサイズであるため、ちょっと大きめのおもちゃ感が抜けない。
彼は念のため、自分用にクロスボウを製作し、矢であるボルトも20程準備した。これならウサギ型などの小型魔獣程度であれば、遠距離で完封出来る……、と思いたい。
「マジかよ……」
彼の予想は大いに覆された。
ネズミ型魔獣と遭遇した彼は、早速ミニオン君に"殲滅"を指示した。小さな手で敬礼したミニオン君は、その小柄を生かして一足飛びに突貫し、ネズミ型魔獣を斬りつけた。
小柄故に一撃では倒せないものの、時に身軽に、時に盾で受け流し、見事に敵の攻撃を掻い潜っては鉄の剣で反撃していく。
程なくして、ネズミ型魔獣は力尽きた。
この瞬間、彼は心を決めた。
「ミニオン王に、俺はなる!!」
「なんだよ、ミニオン王って……」
隣の
討伐を終えたミニオン君は、魔獣の死骸を近くまで運んだのち、彼の前で敬礼し待機した。
「おぉ~、愛い奴じゃ」
ミニオン君を撫でてみるが、特に反応は無かった。
(顔つきミニオンがあるならぜひ作りたい)
その後、ミニオン君の働きにより更に材料を集め、追加で2体のミニオン(木人)を製作した。
「残念、顔を付けることはできないのか……」
「顔ならこれで」
スミシーはそう言いつつ、何処から取り出したのか、油性ペンで顔を──
「憤ッ!!」
彼はオノでスミシーを両断した。
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