2、TS注意報発令
「獲物が見つからない」
先ほど家を建てた場所は、森の中でもだいぶ開けた場所だったらしく、少し歩くと木が茂る森となった。
もう1時間ほども森の中を歩き回っているが、獲物どころか、生き物すら見かけない。鳥の声は聞こえるので、どこかに生き物は居るのだろうが……。
せっかく、石オノを2本、木の弓に石鏃の矢を10本ほど揃えたのに、今のところ出番はない。
「まぁ、普通に考えて、これだけガサガサ歩いてたら逃げるよね」
何も持たず、後ろから付いてくるだけのスミシーがそんなことをのたまう。
「(イラァッ)……お?」
彼は前方に小動物の後ろ姿を発見した。ややふさふさした灰色の体毛、長く伸びた耳、あれは……、
「ウサギかな」
ウサギらしき動物は、うまい具合にこちらに背を向けている。このまま近づいていけば……。彼はチャーンス、とばかりにソロリソロリとウサギの背後へと近づく。
(……、ん? なんかウサギにしては少し大きめ?)
ウサギの大きさに少々の疑問は感じつつも、彼は歩を進め、
「あ……」
「(ちょっ!? 声だすな!!)」
スミシーが背後で声を出し、彼は振り返り、それを口パクだけで叱責する。
「!」
再びウサギに視線を向けた彼は、同じく振り返ったウサギとばっちり目が合った。しばし見つめ合う二者。その沈黙を破ったのは第三者だった。
「それ、ただのウサギじゃないよ?」
「へ?」
「ギャシャァァァァァ!!!」
ウサギの口角が縦に裂け、無数の鋭利な歯が覗く口で彼に威嚇の声をぶつけてくる。ふさふさと感じた体毛も、よく見れば何やら棘らしき物が混ざって見え、額からは鋭い黒曜石のような角がニョッキリと顔を出した。
「そいつ、魔獣だね」
「な、まじゅうぅぅぅぅぅ!?」
「ギャシャァァ!!!」
ウサギ魔獣は彼に向けて突進してくる。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
とりあえず弓を取り出し、矢を番えようとして矢を落とした。
「あ、あ、あ、あ」
彼は慌てて矢を拾おうとして、手が滑り、足元で矢が転がる。それならばと2本目を取り出そうとして──
「あっと、危ない」
もはやウサギ魔獣は目前だった。彼を押しのけ、スミシーが前に出る。
「スミ──」
ドゥ! という衝撃と共に、スミシーにウサギ魔獣が衝突し、角の先端部が背中からから飛び出した。
「ギャシャァ!!」
ウサギ魔獣は振り払うように首を振り回し、スミシーの身体は角からすっぽ抜けて吹き飛んでいく。
「スミシィィィ!!」
スミシーの身体を投げ捨てたウサギ魔獣は、次の獲物として彼に目を向けた。
「あぁぁぁぁぁ……」
彼は再び体が強張る。魔獣の視線に囚われ、萎縮して身動きができない。
「オノだ、オノ……」
そんな彼の耳に、呻くようなスミシーの声が届く。反射的に彼は両手に石オノを持つ。
「ギャシャァァァ!!」
「うあぁ!」
まさしく偶然だ。突進してくるウサギ魔獣に対し、彼はがむしゃらに石オノを振り下ろした。そのオノが黒曜石のような角と衝突し、衝撃で角が中ほどから折れた。
「ギャシャ!?」
「あぁぁぁぁぁ!!!」
角の破損に一瞬動きを止めたウサギ魔獣に対し、彼は戸惑うことなく石オノを振り下ろす。魔獣の背中や頭部、とにかく当たる場所に何度も石オノを振り下ろした。
気が付けば、ウサギ魔獣は血塗れで事切れていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
血まみれの魔獣を見下ろし、同じく血まみれの両手を見下ろす。石オノは途中で破損し、今はただの木の棒だ。途中からは木の棒をひたすら突き刺していた。
「む、無理! 俺無理! リアルモンスター怖すぎ!!」
「いやぁ、ビックリしたねぇ」
「ほぇぁああ!!」
背後からスミシーに声をかけられ、彼は飛び上がった。
「ぶふぅ! "ほぇぁあ"って、プククク、拳法使いかな、グフゥ!」
既視感のある光景に、彼は安心を覚えると共に、疑問を投げかける。
「おま、怪我は大丈夫なのか?」
見たところ、スミシーには傷一つなく、それどころか貫かれたはずの胴体は、衣服すら破れていない。
「あー、僕は実体がないからね」
そう言いながら、スミシーは左手を軽く上げ、手の色が薄まったかと思えば、細かい粒子が拡散するかの如く左手が消失し、再び元に戻る。
「僕は低重量ホログラム体だかね。微粒子を寄せ集めて、そこへ"姿"を投影しているんだ。だから──」
スミシーは、女性体にもなれるよ、と言いつつ、西洋風の美女に変身して見せた。
「その姿のパンチラなら見たかっ──げふんげふん、ふーん、そうかそうかー」
彼は何やら本音を漏らしつつも、腕を組み納得し──
「そういうことは早く言え!!」
とりあえずホログラム体に矢を打ち込んだ。初めて矢がちゃんと飛んだ。
「じゃぁ、なんで魔獣に吹っ飛ばされたんだよ。ホログラムの体なら何の影響もないだろ?」
「えー、だって、そのほうが"それっぽい"でしょ?」
再びスミシーを貫く矢。彼の腕前は怒りで上達したようだ。
「お前の"本体"はどこだよ!? そこに矢打ち込んでやる!!」
「僕の本体は君の体だよ」
「え……」
彼は自分の体を護るように、両手で抱える。
「いや、暴漢に襲われそうな女の子みたいな反応しないでよ、変な意味じゃないから!!」
スミシーの発言に、彼はますます警戒を増す。
「そんなこと言って、"見るだけ"とか"触るだけ"とか言って、最後までするつもりなんだ!」
「さ、"最後"って何かな……?」
不毛なやり取りであるため、一部割愛。
「と、とにかく、僕は君のサポート用AIなんだよ」
「なんか、悪霊に憑りつかれてる気分。悪霊退散!!」
「いや、退散しないから……」
「そうだよ! 魔獣だよ! 魔獣ってなんだよ!!」
さんざん不毛な言い争いを行い、やっと少し正気に戻った彼は、改めてスミシーに問いかけた。
「ついに話すときが来たようだね……」
スミシーは腕を組み、急に神妙な顔つきになる。相変わらず女性体であるため、それなりにサイズのあるアレが両腕に挟まれて強調される。ホログラム体なら貫通したり、腕がめり込んでも良さそうなものだが、そのあたりは妙に動きが細かい。彼は、目のやり場に困るなぁ、と思いつつも、それを指摘するような無粋はしない。
「この世界には、"魔素"という物が存在していてね。これは全ての動植物が持っている。もちろん人間も含めてね。この魔素が捕食によって生体濃縮され、一定量を超えると"魔獣"になるんだ」
スミシーは多少の手ぶりなどを含めて説明している。が、そのたびに形を変える胸部のアレが気になって、彼の頭には、あまり話の内容が入って行っていない。仕方がない、彼もまだまだ若いのだ。
「普通の動植物が魔獣化すると、凶暴性が増し、肉体も強化される。肉体の変異が激しければ、どんどん元の動物からかけ離れていく。その点、今日の魔獣は、まだまだ魔獣としては弱い部類かな……」
ほぅ、へぇ、などと相槌は打っているが、あまり彼は聞いていないようだ。
スミシーの本体は彼の体。つまりあの女体を投影しているのは、彼の体。それに気が付いた彼は、なんとも言えない背徳感に身震いした。
「魔獣化が更に進行すると、体表に金属を纏ったり、体内も金属の筋繊維に置き換わっていき、鉄機獣と呼ばれる怪物になるんだけど……、まぁ、ほぼほぼ遭遇することは無いと……、って、聞いているかい?」
スミシーは、姿を男性体に戻しつつ、彼に問いかける。
「あ……、聞いて、ます」
彼はスミシーからじっとりとした視線を向けられる。まさか「今後は女性体でお願いします」とも言えず、彼は黙って目を逸らした。
彼には、血みどろになった魔獣の亡骸に、"肉"や"革"、"魔核"といった表示が見えていた。魔獣の死骸も"素材"になるらしい。
("魔核"ってなんだ?)
とりあえず分からないものは試すしかない、ということで、彼は魔獣の死骸をツールボックスへ取り込んでみた。
「おぉぉぉ!」
ツールボックスの効果により、取り込んだ魔獣の死骸は自動的に解体・整理され、素材一覧に加わった。"肉"の項目からは"焼き魔獣肉"やら"魔獣肉炙り"、"魔獣肉串焼き"などの料理がレシピとして表示されている。
「ツールボックスすげぇ! 料理まで作れる!! っていうか"焼き"料理ばっかりだな!!」
(肉しかないから、しょうがないか……)
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