1章 乙女ゲー展開は2章からなんですよ

1、まず家を建てるのがセオリー

 彼は目の焦点が合わず、ぼんやりと景色が目に映っているだけだった。

 数度瞬きをし、自分の意識の覚醒を促す。

「んあ?」

 自身の置かれた状況が咄嗟に理解できず、口をついて出たのは意味をなさない音だけだった。


 疎らに木々が生えた緑の大地。ふわりと匂う植物と土の香り。

「あー、マイナスイオンを感じるわー」

 いや、そうじゃない、と呟きつつ、額に手を当てようとして、その手に何かを持っていることに気が付く。

「オノに、ツルハシ……?」

 森の中にある微妙に開けた広場、彼はそこにオノとツルハシだけを手にして立っているのだ。

(なんか、この放り出される感じ、まるでサンドボックスゲーのスタート時点みたいだなぁ……)

 彼は状況を受け入れきれず、現実逃避気味にそんなことを思う。

(マインしてクラフトする奴? いや、どっちかといえば、良く似た2Dの奴かな)

 彼はしばしぼんやりと空を眺める。抜けるような青空だ。


「いやいやいやいや、惚けてる場合じゃない。これどういう状況だよ! なんかの嫌がらせ?」

(俺は確か、通勤電車に揺られていたはず……、いや、どこかの駅で降りた? でもいつもの駅じゃなかった気がする……。なぜ電車を降りたんだっけ?)

 彼はオノとツルハシを持ったまま、頭を抱えてウンウンと唸る。


「やぁ」 

「ぎゃぉん!?」

 軽い焦燥と絶望感に支配されつつあったところへ、背後から急に声をかけられた彼は、驚愕で飛び跳ねた。

「グフッ、"ぎゃぉん"って。プクククク、"ぎゃぉん"だって、どういう悲鳴だよ、グフフフフ」

 彼の悲鳴がよほど面白かったのか、その男は声を殺して笑っている。

「だ、誰だ!!」

「ぐふっ!」

 ツボに入ったのか、彼の誰何すらも面白いらしく、息を切らして笑っている。

 もう無視していいかなぁ、と、彼が思い始めたころに、その男はひぃひぃと笑いすぎて呼吸困難になりつつも、彼の誰何にやっと答えた。

「えーっとそうだなぁ、僕は一応"案内人"みたいなものかな」

「あ、案内人?」

 自称"案内人"の男性は、やや茶色の髪はあまり整えていないのか、少々乱れ、綿らしき衣服の上下を身に着けている。顔つきはやや西洋人風で、彼の印象としては「無駄にイケメンだが、言動のせいか微妙にイラつく」である。

「そうだね、とりあえず"スミシー"とでも呼んでくれ」

 スミシーはそう言ってさわやかに笑う。が、その笑顔には何とも言えない胡散臭さが漂う。


「そんじゃ、案内人としては、案内人らしいことをしないとね」

(状況が理解できない、正直それどころじゃないんだけど……)

 彼は、まず状況説明を要求したい気持ちだったが、そんなことお構い無しとばかりにスミシーは話を続けた。

「まずは衣食住だ。裸ではないから衣はいいとして、食と住が大事だよね! というわけで、家を建ててみよう」

「は、はぁ?」

 スミシーの勢いに付いて行くべく、何とか頭を働かせる。

(えっと、まず大切なのは……、生き残ること?)

「そこは"食"が優先じゃないんだ?」

 最悪野宿だってできるのだから、サバイバルとしては、まずは"食"なのでは? と彼は思ったが──

「家が無いと、何に襲われるかわかんないでしょ!!」

「ナニが来るんだよ!!」

「……そこは、ほら、ね?」

「そこはっきりしろよ!!」

 彼がどれだけツッコミを入れても、スミシーはのらりくらりと明言を避けた。


「そもそも家って、"というわけで"、で建てられるものだっけ?」

 "まずは家"というスミシーの意見をしぶしぶ受け入れた。しかし、彼は当然建築などしたことは無い。転生前はただの事務系サラリーマンだったのだし……。

「しょうがないなぁ」

 スミシーは急に声色をダミ声にしつつ、ほら手を出してと彼に言う。

「ツールボックスの素~」

 ファンファーレでも聞こえてきそうな雰囲気で宣言し、まるで手品のように、どこからともなく玉を出現させて彼の手の上に落とした。

 玉は茶色で手のひらサイズである。

「ツールボックスのもと?」

 彼はスミシーから渡された玉を、マジマジと観察する。


──ツールボックスの素


「うわっ!」

 玉に注意書きのようなものが見え、彼は驚いて"ツールボックスの素"を取り落とした。

 彼は慌てて周囲を見回す。すると、立木には"木材"、地面には"石材"など、いろいろな文字が見えた。

「あー、驚いた? それ"選別眼"だよ。物体を凝視して、それが"素材"になるなら、名称が見えるんだよ」

 彼は一瞬取り乱したが、スミシーの言葉で落ち着きを取り戻した。

「つまり、"鑑定"みたいなものか」

「いや、名前しか見えないよ?」

「微妙な能力だな!」


 スミシーの指示に従い、まずは立木を切り倒す。

「オノって、きつい……」

 オノの性能が悪いのか、彼に体力が無いのか、あるいは両方か、とにかく幹の直径が10cm程度の細い立木1本を切り倒しただけで、彼は息が上がっていた。

「では、この木に"ツールボックスの素"を加えてみましょう!」

「加えてみましょう~、って、ひき肉に胡椒みたいなノリで言うなよ。どうやって加える──」

 ツールボックスの素を倒木に押し当ててみたところ、ぴかっと光ったかと思ったら、木製の箱になった。

「こんなんでいいのかよ……」


「これがツールボックスだよ!」

「ツールボックスだよ、と言われても」

(これ、どうしたらいいんだ?)

 彼はツールボックスを持ち上げ、くるくると回して観察する。一面が蓋になっているらしく、どうやらそこが開閉できそうだ。

「おぉ~」

 蓋を開けると、蓋の内側がゲームのメニュー画面のようになっていた。箱本体の内側は黒い謎空間になっており、中身どころか底すら見えない。


「よし、それじゃ、改めて家を建てよう!」

「……ここまでやったし、仕方がない。家建ててみるか……」

 なぜかスミシーの笑顔を見ると苛立つ、と思いつつ、彼は立ち上がり……

「結局、どうやって家建てるんだ?」

「……。そりゃぁ、あれだ。とりあえずツールボックスに木材突っ込む?」

「疑問形かよ!」


「おぉ~、レシピ書いてあったわ」

 ツールボックス蓋部分にあるメニュー画面には、なんと製作できるアイテムのレシピを表示する機能があった。彼はそのレシピを見つけ、感嘆の声を上げた。

「とりあえず、木材と石材って書いてあるけど……」

 彼はその辺にある、"石材"表示のある石を持ち上げ、「ここに入るのか?」と呟きつつ、ツールボックス本体側に乗せてみる。

「おぉ!?」

 石は黒い謎空間に吸い込まれ、メニュー画面には"石材"のストックが表示される。

「こうやって素材を入れるのか」

「さぁ! 次はあっちの倒木を吸い込んでみよう!」

 スミシーは、まるで「もちろんわかっていましたよ」と言いたげな表情で述べる。彼は「お前が仕切るなよ」と思いつつも、倒木に近づき──

「あれ? この倒木があるなら、さっき苦労して木を切り倒さなくてよかったんじゃね?」

 彼は瞬間振り返り、スミシーを見る、のを超える速度でスミシーは顔を逸らす。しばし睨みつけるも、スミシーはこちらを見ない。


「ふぅ」

 彼は不毛な争いを切り上げ、気を取り直して倒木をツールボックスに……、

「入るのか?」

 倒木である。ツールボックスは両手で持てるサイズである。サイズ感が全く違う。

 彼はしばし迷い、ツールボックスを掲げ、黒い謎空間部分を倒木に押し当ててみた。するとどうでしょう、なんと倒木は音もなくツールボックスに吸い込まれるではありませんか。


「おぉ! なんかすげぇ!!」

 ひっくり返して黒い謎空間を覗くも、相変わらず黒くて謎だった。

「お、家のアイコンが点灯した」

 蓋部分にあるメニュー画面では、新たなアイコンが点灯していた。素材がそろったため、"家"を作成可能となったのだ。

「いいかな、やっちゃって、いいかな!」

 記念すべき初クラフトに、彼もちょっとワクワクしていた。

「では、家作成!」

 アイコンをタップし、まばたきをした瞬間、家は完成していた。

「……」

 それほど大きな家ではない。広さは6畳程度で部屋も一部屋のみだ。だが、間違いなく家が建った。

「明らかに素材の量と見合ってなくない?」

「まぁまぁ、細かいことは気にしない気にしない」

 スミシーが能天気に言う。

(まぁ、そうか、気にしても仕方ないか……、それよりも……)

「建った瞬間が気になる……」

 彼は先ほど家が建った瞬間に"まばたき"をしてしまった。軽く持ち運べるサイズのツールボックス。それよりも遥かに大きな家がツールボックスにより製作されたのだ。彼はぜひとも完成の瞬間を見てみたかった。

「……、もう一軒くらい建ててもいいよね」

 幸い材料はあるし、と心で述べつつ、彼は再度"家"のアイコンをタップする。今度こそ見逃さないように──

 瞬間、一陣の風が吹き抜ける。

「うぉ」

 風で舞い上がる塵を避けるために目を瞑ってしまった、その瞬間、家は完成していた。

「……」


「もう一度だ!!」

 "家"のアイコンをタップ──


 ガタンッ!!


 背後で大きな音が鳴り、彼が一瞬そっちを向いた瞬間に家は完成していた。

「ごめんごめん、おならしっちゃった」

「おならの音かよっ!!」

 スミシーは"てへ"と言いたげな表情をしている。彼はスミシーやくたたずへの殺意が芽生えるのを感じた。


「まだまだ!!」

 再び"家"のアイコンをタップ──

「眩し!」

 直後、木々の葉が揺れ、隙間からピンポイントで彼の目に直射日光が当たった。

 家は完成している。


「なんの!!」

 もう一度"家"のアイコンをタップ──

「いやぁん」

 彼の目にはスミシーのパンチラが映っていた。


 いつの間にスカートにしたのか、さっきまで背後に居たはずである、など、様々なツッコミが彼の頭を駆け巡る。そして出た言葉は……、

「殺す!」



「それにしても、こんなに家建ててどうするんだい?」

 散々追いかけまわしても、スミシーはひらりひらりと逃げ続け、結局彼が息切れを起こし、その場に倒れただけだった。

(くっ、体力不足が恨めしい)

「まあいいか。さて、家も建ったし、食を確保しようか」

「とりあえず食べられそうな果実や木の実でも探してみるか……」

「えー、そこはほら、狩りでしょ、狩り」

 スミシーは軽い感じでそんなことを言うが、彼が持っているのはオノとツルハシがそれぞれ1本ずつである。これは青銅製であるが、1本ずつしかない。もし狩りで無くしたり壊れてしまえば、代わりが準備できるか分からない。

 狩りに使える道具が作れないかと、ツールボックスのレシピを確認したところ、今ある素材では石オノと木の弓(石の鏃)が作れることが分かった。



「弓とか使ったことないんだけど……」

 彼は弓に矢を番えて放つ。が、矢がその場でくるくると回転して落下した。

「石オノで頑張るしかないねぇ」

(結局オノかぁ……)

「手伝いとかないのかよ」

 彼の言葉に、スミシーは驚愕の表情を浮かべる。

「僕、箸より重たいモノ持てないんだぁ」

(まずお前から狩ってやろうか!)

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