一本の木、黄色く燃える
門前払 勝無
第1話
「一本の木、黄色く燃える。」
美しさの中には毒がある。
青が山々を照して鮮やかに緑を目覚めさせる。赤が引き継いで色を変えると白がコーティングする。そして、また青が緑を目覚めさせる。
世界は青と赤と白と緑で回っている。
色の変化の中で生物は生きている。
吟遊詩人の翡翠もまた変化の中で生き、生きることを楽しんでいる。
翡翠は様々な場所を旅している。
種をまき、酒で宴、芽が出るのを待つ。
山の中はカーニバル、サーカス、色んな動物達が特技を披露する。
銀杏の葉が舞う中で歌い手が夜空を見上げる。
雪の中で身を寄せ合う熊達は母の温もりを感じている。
翡翠は美しき季節を味わいながら旅しているが、自分の居場所が無いのである。翡翠の同種は餓鬼なのである。業火の灰から産まれる餓鬼なのである。本来なら餓鬼は全てを破壊して、更に破壊する為の道具を造り餓鬼の世界にする悪しき者達なのだが、翡翠は違った。世界に歩みより、餓鬼が破壊してきた世界と四色の色が造り上げてきた世界を見比べながら旅しているのである。
山の中の小川で水を飲んでいると鹿の親子が現れた。鹿の親子は翡翠に気付かないで水を飲んでいる。翡翠は穏やかに親子を見つめたが、鹿は翡翠に気付いて怯えた顔をして慌てて逃げていった。
翡翠は悲しくなり、小川の上流へと歩き出した。
山間の拓けた場所に数件の集落を見つけた。集落は廃村になっていて誰も居ない、家の造りが餓鬼の住みかと違っていて全て木でできていた。かつて、此処には餓鬼以外の破壊者が住んでいたんだと思った。山を切り開き動物を痛め付けながら住んいた何者かが居たと思った。
しかし、村を見て回っているうちに餓鬼とは明らかに何かが違っていた。
山を切り開いたというのは変わらないが、地形はそのままで比較的平な場所に家を建てている。太い木だけを切り倒して細い木は残している。太陽が射す場所に畑があり、木を削った水路がある。
村の真ん中に扇形の木を見つけた。木肌は薄い桃色をしていて枝は上に向いた扇の形をしている。翡翠は見たことの無い美しい木をずっと眺めた。
眺めているだけじゃ物足りなくて触れてみることにした。すると、触れた手が痛みを伴う痒みに襲われた。みるみる内に赤く晴れ上がり、押さえた左手も同じように腫れ上がった。翡翠はその場に倒れ込みもがき苦しんだ。数日間、苦しんだ。
腫れが引くと翡翠はまた木を眺めた。なんとも言えない美しさを持つ木に魅了されてしまった。翡翠はこの誰も居ない村が気に入った。
秋になると木は黄色く色付いた。鮮やかな黄色であった。太陽の光で黄金にも見えた。翡翠はこの木をもっと見たいと思い、村を掃除し始めた。どこからでも木を見れるように一件づつ窓を作った。太陽がもっと照らしてくれるようにと周りの樹木の枝を剪定した。
次の秋に木は小さな実をつけた。 翡翠はその種で木を増やそうと思い畑で木の子供を育て初めて、翌年には村のあちらこちらに木の子供が芽を出した。
翡翠がこの村に来てから何年も経った。一人で木を増やした。秋になると村全体が黄色く耀いた。
翡翠が真ん中の木の下でお茶を飲んでいると、一人の女が現れた。女は桃色の着物を着て腰には変わった形の鉈と見たことの無い道具と壺をぶら下げている。
「ここは貴方の村ですか?」
「違います…でも、住んでます」
「貴方の他には誰か居ますか?村長さんとかは?」
「居ません。私だけで住んでます」
「この木の持ち主は貴方ですか?」
「いえ、この一本の木から増やしました…今だと数千本あります」
「凄い…」
女は荷物からお碗を翡翠に手渡した。お椀は周りが黒地で金色の菊が描かれている。美しいお椀であった。
「この木から採れる樹液で作ったお椀です。私は樹液を採取する仕事をしています。木から樹液を採取させてもらえないでしょうか」
「樹液を取ったら木は死にますか?」
「いえ、死なないです。殺さないように樹液を採取します…それが私の仕事なので」
「解りました…此処は私の村ではないので…」
翡翠は歩き出した。
毒を持つ美しい木を振り返る事なく村を後にした。
山を上り、大きな岩の上から下を見下ろすと、あの村が黄色く燃えるように見えた。
翡翠は岩に腰掛けて、そのまま固まった。ずっと村を見つめられるように…。
一本の木、黄色く燃える 門前払 勝無 @kaburemono
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