第二章2  『剣術大会!』

 


 暖かい日の光に照らされながら、今日も朝のクラスルームに皆んなが集まる。

 まだ少し眠たそうな人、テンションがやや高めな人など、リアクションは人それぞれだ。


「はぁぁぁ……」


 コウは、眠たそうな人のうちの一人だった。

 珍しくぐっすり寝てしまい、起きる時間がいつもよりも遅くなってしまったことが原因である。


 目が覚めて時間を見たときに、一度意識は覚醒して、支度をすぐに終えることが出来た。

 しかし、クラスルームに差し込む日の光に照らされていると、また眠たくなってしまったのだ。


 ……これは絶対、日の光のせいだ……!


 誰にしようとした訳でもない言い訳を心の中で呟いてから、コウは顔を伏せて仮眠を取ろうとする。


 ……まぁ、ミラ先生が来るまでならいいよな……。


 そう思いながら仮眠を取ろうとして、目を閉じた――その瞬間、ミラ先生がやって来てしまった。


「よーし、今からホームルーム始めるぞー!!」


 ……今、来るのかよ!?


 タイミングの悪さに嘆きながらも、コウはミラ先生に耳を傾ける。ただし、依然としてコウの頭は寝ぼけたままだった。



 教卓の前まで歩いてきて、いつものように――ここ最近の学院生活で分かってきた――ミラ先生は、唐突に告げる。


「みんなー、よく聞け。一ヶ月半後に、各学院で競い合う《剣術大会》が行われる! でもその前に、《代表選手選抜大会》を二週間後に行うから、より一層修練に励んでくれ!!」


 …………え?


 パチパチと瞬きを繰り返したコウは、もう一度言う。


「……え?」


 いつの間にかコウの眠気は覚めていた。



 *



 ――《剣術大会》。

 それは、王国内の剣術学院の代表生徒同士で毎年行われる、有名な大会。


 昨年の成績によって、各学院で出場出来る生徒数が決まり、アストレア剣術学院は各学年5人ずつ出場できる。

 学院内の各学年で個人戦のトーナメントを行い、その中で上位5名の選手が《剣術大会》への出場権を握る。


 そしてこの《剣術大会》では、4つのブロックに分かれていて、各ブロック内でトーナメント戦で最後まで勝ち残った4名で、またトーナメント戦を行う。


 ――これが、ミラ先生の説明によって得た情報だ。

 ちなみに、その代表生徒を決める大会が《代表選手選抜大会》とのこと。


「少し長くなってしまったな。……では、十分後に訓練場で剣術の練習をするから、お前たち支度しろよー!」


 朝の短いホームルームが終わり、コウたちは一斉に支度を始める。コウがふとヘスティアに視線を向けると、女友達と仲良く話していた。


 ……俺と話すときは少し冷たいのに、何故か女友達と話すときには明るいんだよなぁ。

 ……まぁ、言及しないでおこうっと。


 世の中には『知らぬが仏』という言葉がある。

 、ヘスティアは同性との方が自分を出せるような人なのかも知れないし。

 、コウの前だと何か未知な病を発してしまうのかも知れない。

 そう、――偶然だ。


 あの時コウは、『ヘスティアを救う』とか言っておきながらも、実のところなかなか進展していない。まだ、特にこれと言った事か出来ていないのである。


 あの時のコウは少し気分が高揚していて、後々振り返ってからだいぶ恥ずかしい思いをしたのもあって、ヘスティアと接するときもどこか気が紛れてしまっていた。


 ……でも、『時間が解決してくれる』なんて答えは出したくない。

 ……ヘスティアを救いたいと思った気持ちは、酔いが覚めた今でも変わってない!


 心の中に残るわだかまりをバネにして、コウは今日、ヘスティアに何か一声掛けようと決断する。

 アル、そしてティーガーと共に、コウは訓練場に向かった。



 * * *



 訓練場の設備は充実している。広々しい空間は勿論、試し斬り用の的や、硬くて重い鉱石で出来た鎧があった。


「それじゃあ今から、各自でこの前私が教えた技の練習を始めてもらう。私は見て回るから、質問があるときなどは声を掛けてくれ」


 動きやすい身軽な格好になったコウたちは、ミラ先生の指示によって練習を始める。先日、ミラ先生がやって見せた『影抜き』という技の練習だ。


 コウは、アルやティーガーなどのクラスメイト達とも時々話しながら、修練に神経を注いでいた。


「なぁ、ティーガー。今どのくらい?技の習得は出来そうか?」


「ん?あぁ……俺はあともう少しといったところだな。あのとき見たものに大分だいぶ近づいてきた」


「凄いな。俺はまだ、全然だよ――っ!」


 剣を構えた状態の人形に『影抜き』を繰り出しながら、コウとティーガーは言葉を重ねる。

 なるべくギリギリの瞬間で『影抜き』を繰り出せるように、コウたちは修練を重ねていた。


「――まだまだ足りないな」


 コウが練習をしてる間に、何度もそれを思う。《時の狭間》での修練の日々で急成長したコウだったが、凡人であることに変わりは無いのだ。

 基本的な能力値や技能は向上したものの、完全に新たな技を習得するのには、人一倍の努力が必要である。


 ……もっとギリギリを狙って!

 ……もっと滑らかに!


 授業を終える旨をミラ先生が伝えるまで、コウは何度も、何度もこの技と向き合い続けた。



 * * *



 ――休日の真っ昼間。

 自由に借りることが出来る、剣の修練場でコウは技の修練を続ける。

 コウの足元は、技を繰り出し続けるコウの汗によって濡れていた。照明の光を反射する程の水溜まりも出来ている。


 百回、五百回、千回と――、コウが技を繰り出す回数は積み重なっていた。


 ――が、まだ足りない。



 音もなく、剣が空気を斬り裂く音だけが残る。


 ビュン! ヒュン――!


 遂に二千回を超えたコウは、それでも諦めずに取り組む。

 そして、


 そして――、


 ――遂に五千回を越えようとしたその時。



「〝影抜かげぬき〟――ッ!!」


 コウの剣が、人形の持つ剣に接触するその直前に、軌道が変わる。剣と剣の間は僅か三ミリ。

 稲妻を描くように軌道を変えた剣は、その威力を余す事なく次の技に切り替わった。


「〝一触即発いっしょくそくはつ〟……‼︎」


 剣先に剣気を乗せ、人形の剣の手前部分を突く。


 ギン――ッ!


 剣先が触れた瞬間、その一点で爆発的な力が爆ぜる。

 超至近距離でその爆発を喰らった人形の剣の、鋼の部分がバラバラになって消え失せた。



「――――よし!!」


 遂に、納得のいくような技を繰り出せたコウ。


「よし! よし、よし、よし――!!」


 今だけは疲れていることを忘れて、コウはまるで子供の様にはしゃぎ出す。

 剣を破壊したことで後から叱られることも知らずに、苦しんだ先に手に入れた技の存在を噛み締めていた。

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