第二章 『剣術大会編』

第二章1  『いつもの授業風景』

 


 コウとヘスティアの一件も、レグルス学院長の介入もあってか、なんとか収まりつつあった。

 コウが聞いた話だと、ヘスティアの家族も学院に通わせること自体を辞めさせようとしていた訳では無かったとのこと……。


 兎に角、学院長の部屋で十分なお叱りを受けたコウたちは、いつも通りの学院生活を送れるくらいには戻ったのである。


 コウたち1Aの生徒たちは、訓練場で剣術の指導を受けていた。



 *



「それではお前たち。今日は私の方から一つ技を教えたいと思う。まぁ、当然個人によって適性は違う訳だが、今から教える技なら適性関係なしに習得出来ると思うぞ!」


 四月の半ば、桜が咲き誇るこの季節に、コウたち生徒は訓練場へ来ていて、ミラ先生から指導を受けていた。

 今までは、基礎的なことや心構えなどを叩き込まれていたコウたちだったが、これから変わっていくようだ。


「そうだなぁ……」と呟き、顎に手を添えて考えるような仕草を取ったミラ先生は、ティーガーを指差して告げる。


「よし!ティーガー‼︎ 私の技を受ける相手になってくれないか?」


「はい。分かりました……!」


 何となくだが、コウにもミラ先生がティーガーを指名した理由が分かっていた。

 ティーガーは体格に恵まれていて、鍛えられたその肉体は正に鋼の肉体と呼べる。どんな技を見せてくれるかは分からないのだが、その相手としては充分に相応しいのだろう。


「どんな技なのかね、アル?」


「どうかね。僕もミラ先生の戦う姿なんて見たことないから、分かんないや。……まぁでも、あんな自慢げな顔をしてくることだし、凄いんじゃないかな」


「確かに。いつにも増して気合い入ってるもんなー、あれ」


 生徒たちの前の方でミラ先生とティーガーが正眼の構えを取りながら向き合っていた。


 ミラ先生は、自身のカッコいいところを生徒に見せる場面を想像して、ティーガーは先生の技を目の前で見せることを喜んで……二人ともやや興奮気味だ。


「では、行くぞ」


 ミラ先生は短く言ってから、徐々に速度を増しながら駆け出す。

 先生が動き出したことで、ピクッとティーガーは反応するが、どっしりと構えて迎え入れる。

 緊迫した空気がこの場を制していた。


「――っ!」


 ティーガーに急接近し、短く息を吐いたミラ先生が、技を繰り出そうとする。


 ……凄い。

 ……さっきまでとはミラ先生の集中力が全然違う!


 集中力を高めたミラ先生は、ティーガーの構える剣に向かって、右斜め上から斬りかかろうとして――、


「〝影抜かげぬき〟」


 ――剣が触れる直前で軌道を変えた。


「――っ!?」


 稲妻を描くように軌道を変えたミラ先生の剣は、ティーガーの手首を捉える。しかし、流石に手首を斬るわけにはいかないのか、ミラ先生は払い技をした。


 ティーガーの剣の裏――ミラ先生から見て左側――から、下から上へ半円を描くようにして払い技を仕掛ける。


 すると、ティーガーの構えは崩れて、隙が生まれた。

 ミラ先生はその一瞬の隙を逃さず、そのままの勢いでティーガーの頭を剣を斬ろうとして――寸前で止める。


「勝負あり、だな……!」


「「「おぉぉぉ!!」」」


 沸き上がる歓声。ミラ先生は少しだけ嬉しそうだった。

 コウは隣にいるアルに向かって話しかける。


「ミラ先生嬉しそうだな。……なんて言うか、少し驚いたよ」


 ミラ先生と初めて顔を合わせた時のことを思うと、今のミラ先生の姿は、少し意外だ。


 ……結局は、生徒思いのいい先生ってところなのかな……?


 コウは少し、ミラ・カイトスという担任教師の存在を見誤っていたのかも知れない。

 コウがそう感じていると――、


「……コウってまさか、あの技を一眼見ただけで再現とか出来たりはしない?」


 アルがそんな質問をしてきた。

 質問をしたのはアルだというのに、コウの答えを待つ姿はどこか不安定だ。紺碧の瞳が寂しげに揺らいでいる。

 そんなアルの姿に、コウは戸惑いの顔を浮かべそうになるが、それを意識的に止めて、軽く笑った。


「無い無い。そんな凄い才能、俺には無いよ。 人並み――いや、人並み以上に努力しないと、あれ程完成度の高い技は習得出来ないんだよ……俺


 ……俺が首席になれたのもきっと、《時の狭間》で修行した日々という、貯金のようなものがあったお陰。

 ……努力し続けなければ、みんなに抜かれてしまって、あの時と同じことになってしまう。


 ――コウはずっと、その可能性を忘れないでいる。

 たとえ、どんなに首席であることを持てはやされても、どんなに凄い剣技を繰り出せても、コウの引け目が無くなることは無かったのだ。


「コウもコウで、色々と考えてるんだよなぁ……」


「おっと、聞き捨てならないことを言ったな? 言っておくが、こう見ても俺は頭が良いんだぞ……?」


 感慨深く呟くアルに対して、コウは「心外だ」とでも言いたそうな顔で反論する。

 しかし、アルは笑いながらそれを否定した。


「無い無い。だってコウ、筆記テストだと僕より低いじゃん」


 この前の定期テストの時、アルの方が点数が高かったという、コウにとっては少し忘れたかったことを掘り返される。


「なっ!? ……い、いいんだよ別に。これでも俺は、上位20パーセントには入ってるからな!」


「うん、確かにそうだね」


「な?」


 アルには負けたものの、そこまで悪い結果では無かったことを主張するコウ。アルがそのことに同意すると、したり顔になって言い返した。


「――でもそれ、僕に勉強を付き合ってもらって、というのを忘れてない?」


「あっ……。 それにはいつも、感謝してるよ……」


「あははっ!コウって面白いね」


「おい。人の顔を見ながら笑うなよ」


 ヘスティアが居なくなって以来から、初めて見せたアルの笑顔にコウは何かを感じながらも、拗ねるようにして言葉を返す。

 しかし、アルは笑ったままだ。


「――っ、そろそろいい加減に――」


「――よーし!じゃあ早速、さっき私が見せた技の練習をしていくぞー‼︎」


 依然として笑いを止めないアルに、コウが更に文句を言おうとするが、ミラ先生の指示によってその機会が失われてしまった。


 コウはやらせなを感じながらも、喉まで出かけた文句を抑える。そして、別の言葉を選んだ。


「……一緒にやろうぜ、アル」


 コウがそう誘うと、アルは一瞬笑ってから――、


「――了解!」


 ――笑顔でそう応えた。



 コウが救いの手を差し伸べ、ヘスティアがそれに応える。

 その結果の先にあったのが、こうしたいつもの授業風景だった。


 これがきっと、コウの選ぶ『道』というものなのだろう――。

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