第一章34 『優しくて力強い呪い』


 ヘスティアに案内され、なるべく急いで目的地に辿り着いたコウは、豪華な扉の前に立ち塞がる。

 コウたちは、食卓のすぐそばまで来ていた。


 ヘスティア曰く、家族はここに集まっていて、今もまだ食事の最中のようだ。

 大きく深呼吸をしたコウは、覚悟を決める。

 コウのすぐ隣に立つヘスティアも、緊張感をその身に纏っていて、扉に向ける視線の先では家族を見ているように思えた。


「……よし、開けるよ」


「うん」


 コウはヘスティアに小声で合図を送る。そして、ヘスティアが頷き返すのを見届けてから、食卓に割り込んだ。

 コンコンと合図を送ることもなく、コウは両開き扉のドアノブを掴み、押しながら扉を開く。



 扉を開いてみて、まず目についたのはヘスティアの父だった。

 ヘスティアと同じ赤髪に赤い瞳。そして、食事をしてる最中だというのに伝わってくるその存在感。数々の修羅場を潜り抜けてきた者にしかないようなオーラが、その身に纏われている。


 そんなヘスティアの父親を一瞥したコウは、次にヘスティアの母親や兄妹を見つめた。


 ヘスティアの母親は桜色の髪と瞳をもっていて、髪型はセミロング。父親とは違って優しそうな印象を受ける。

 しかし、侵入者であるコウを見据える瞳にはどこか冷たげなものがあった。


 次に、今は騎士団に所属していて、話し合いのために休暇を取って帰って来たと言うヘスティアの兄。身長はコウよりも高めで、凛々しさを感じる。

 値踏みするかのような視線をコウに向けていた。


 そして、ヘスティアの妹。赤い薔薇の花のような鮮やかな紅色の髪をもっていて、ヘスティアやその母親にも見劣らない可愛さがある。おそらく、年齢は八歳ぐらいだろう。

 驚きながら、ヘスティアの方を見ていた。


「……何だ貴様は」


 一通りヘスティアの家族を一瞥したコウに、鬼気迫るような力強い声がかけられる。コウに鋭い視線を浴びさせながら、ヘスティアの父親は冷酷に問いかけてきたのだ。


「お初目にかかります。俺の名前はコウ・ゲニウス、僭越ながらにも御宅の娘さんのクラスメイトをさせてもらっています。どうぞお見知りおきを」


「――。今更そんな態度はよせ。敵対する心が見え見えだぞ」


 コウの知識の中からそれらしい言葉を引き出し、丁寧な挨拶をする。しかし、いくら丁寧な挨拶をしようとコウの心理は見破られていたようで、見事に言い返されてしまった。

 ヘスティアの父親の赤い瞳は、コウの心を掌握しようとしてきている。


「そうですか。……なら、いつも通りで喋らせてもらいます」


「早く言え。最も、話す内容次第では貴様の首も飛びかねぬがな」


 コウは話し方を変えてみるが、ヘスティアの父親は、そんな事はどうでも良いと言わんばかりにあっさりと斬り捨ててきた。

 コウは深く息を吸い込み、右隣に立つヘスティアの存在を感じとりながら語り出す。もう、決意は決まっている。ただ突き進むだけだ。


「――俺は、貴方達にあることを宣言する為に今この場にいる! どうやら貴方達は、ヘスティアが次席だったことに不満をもっているようだ。次席になってしまったで、ヘスティアの評価を見誤っている。 だけど、それは違うだろ!ヘスティアに過度な圧力をかけているのも全て含めて、貴方達は間違っている‼︎ 俺は今ここで、貴方達に宣言します。 ――学院を卒業する時、ヘスティアは必ず首席で卒業する!そしてその頃には、貴方達では太刀打ち出来ない程に、ヘスティアは強くなる‼︎ 国中にヘスティア・アンタレスの名前が轟くんだ!!」


 最後まで言い終わると共に、コウはヘスティアの手を掴んで駆け出す。そして、窓のすぐ目の前に来たコウは、窓を開けるのと同時にヘスティアを再びお姫様抱っこして――、


「えっ、ちょ、何で……っ!?」


「では、さようなら!ヘスティアは俺が貰っていきます!!」


 場合によっては別の方向に勘違いしかれない言葉を残して、コウたちは窓から飛び出した。右手でしっかりヘスティアを掴みながら、コウたちは浮遊感に包まれる。

 食卓は三階だったため、程々の高さがあるのだが、コウたちがその事実に驚くことは無かった。


「え、えぇぇ――!!」


 ヘスティアは、落ちることの怖さと言うよりは、コウたちが家族の目の前で飛び出した事実に驚きの声を上げる。


 コツン――と、音を立てて軽々しく庭に着地するコウたち。後ろから何やら叫ぶ声が聞こえてくるが、全て無視して走り出す。

 庭を走り抜けて門に来たコウたちは、警備員が阻める手を強引に超えて、ただひたすらに駆け抜けていく。


 街を駆け回り、コウたちは学院に向かって走り続ける。

 走って、走って、走り続けて、コウたちは――。



 ――後悔のないように、迷いの無い道を歩み始めた。

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