第一章33 『救いの手』

 


 コウは、ヘスティアが抵抗出来ない程の速さでヘスティアに近づき、刹那の間にヘスティアを持ち上げた。そして、包まっていた毛布を剥ぎ取り、ヘスティアをお姫様抱っこする。

 コウは部屋を飛び出した。


「……っ、何で⁉︎」


 部屋を飛び出し、全力疾走していたコウに、腕の中のヘスティアが目を擦りながら問いかける。

 ヘスティアの家族の場所を知ってる訳ではないコウは闇雲に走っていて、焦りも少し感じていたが、心を落ち着かせてその問いに応えた。


「さっきも言っただろ。俺は君を――ヘスティアを救いたいんだ!」


「だから、それが何で……って!」


 ヘスティアは苦痛を、きっと事物心ついた頃から苛まれてきた苦悩を思って、叫ぶ。その叫び声を聞いたコウは、思わず立ち止まる。そして、


「すまん……一旦降ろす」


 胸に抱えていたヘスティアを、コウは丁寧に降ろした。ヘスティアは一瞬、コウの真意を探ろうとするような視線を向けたが、素直に立ち上がる。


 ルビーのように輝く瞳が、コウをどこまでも見据えていた。その視線はコウを信用していなくて、コウはそんな視線に悲しみを抱きながらも告げる。


「……俺は、落ちこぼれだった。どんなに努力しても、決して報われることがなくて、いつもみんなに負けていたんだ」


「そんなこと……っ!」


 突然なコウの発言に、ヘスティアが奇異なものを見るような視線を向けてきた。

 ――そんなことを言って、今更何が変わるのか。

 ヘスティアが言いたかった言葉は、きっとこんなものだったのだと思う。


「――それでも俺は、変わることが出来たんだ。今こうして、学院で剣を学べている。確かに俺は、あの出来事に救われた」


「……何を言ってるの?」


「俺が強くなれた理由――剣を握ろうと思えたきっかけだよ」


 やはりヘスティアからしたら、コウは急に意味の分からないことを言っている奴にしか映らない。それでも、大事な宝物を扱うかのように話すコウを見て、自然と空気を察したのだろう。ヘスティアは僅かに沈黙する。


「――。それがどうしたって言うの⁉︎」


 しかし、コウの言葉で怒りの芽が摘まれることは無かった。ヘスティアは憤怒した形相で叫ぶ。

 そんな言葉が返ってくると憶測を立てていたコウは、それでも自分の想いを伝えようと、次の言葉を選んだ。


「俺はただ、ヘスティアにとっての剣を握るきっかけになりたいんだ。ヘスティアは絶対強くなれるし、剣術で多くの人を魅せることが出来る。 ヘスティアの剣術に魅せられた一人である俺は、ヘスティアに剣を握って欲しい――!」


 コウなりの応えを述べるとヘスティアは、暫くの間押し黙る。想いを伝えるうちに、コウは右手を自分の胸に添えていたようで、静かにその手を下ろした。


「……私より強いあんたに言われても、あまり嬉しくは無いわね」


「そう、だよな……」


 その赤い瞳に哀愁を漂わすヘスティアは、寂しげに呟く。コウは静かにその瞳を見つめる。

 ヘスティアはまだ、自分に何かを伝えようとしてるのだと、コウは悟っていた。


「……でも、あんたに救ってもらえたら、私はきっと、良い未来を迎えられると思った。そんな事言ってくれたのは、あんたが初めてだったの。 だから――」


 ヘスティアは瞬きをして、さっきまでとは少し違った視線をコウに向けながら言葉を繋ぐ。そんなヘスティアの行動が、強く印象に残る。


「私を、救ってくれない?」


 ヘスティアの取る仕草の一つ一つが脳裏に焼き付く。


 今回のようなお願いをする機会が元々少ないのか、お願いする時の態度にはまだ程遠い。

 それでも、ヘスティアなりに思いを込めたのか、その声にはどこか優しさがあった。

 自然と上目遣いになり、コウを真っ直ぐ見つめるヘスティアの瞳。ルビーのような、宝石のようなその瞳は、やはり綺麗だ。


 他にも、手をもじもじさせる仕草や、頬が赤く染まっている姿――それら全てを脳裏に焼き付けたコウは、頷いて応える。


「――あぁ、分かった。俺が必ず、ヘスティアを救う」


 友達同士のように握手を交わすこともなく、恋人同士のように抱擁することもない。今のコウとヘスティアの仲は、クラスメイトで止まっているが、今はまだそれでいい。


 ――コウは、ヘスティアを救うことを誓った。

 ――コウは、悲しい運命に縛りつけられたヘスティアを救う。


 コウたちの言葉の交わし合いには、確かな意味があった。

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