第一章32 『『想い』のぶつかり合い』


「ヘスティアを、助ける為だ」


 決して怖気付くことなく、コウはヘスティアの『問い』に答えた。

 しかしどうやら、この答えではお気に召さなかったらしい。


「はぁ!? ふざけるのも大概にして!どうやってここまで来たの⁉︎ 学院はどうしたのよ‼︎」


「…………」


 叫ぶヘスティアと、押し黙るコウ。無言で視線を交わすが、以心伝心出来る筈はなく――。


「はぁぁ……。まぁいいわ。こんな馬鹿なことしてないで、早く学院に戻りなさい。 ……私のことはもう、どうでもいいから……」


 最後の部分だけ、ヘスティアは目を伏せて話す。

 コウはその何気ない行動に、ヘスティアの心理を察する。そして、その上でヘスティアに言葉を掛けた。紛れもない、コウの本音を。


「俺は、ヘスティアを救う為に来た!これに嘘偽りは無い。 ヘスティアが今、どんなことに苦しみ、どんな思いでいるかは正確には分からない。だけど、俺は君を救いたい!君に、笑顔で剣を握って欲しい……‼︎ だから! ――自分のことをどうでもいいなんて言うのは、めてくれ」


 …… そうだ。俺がここに来たのは、ヘスティアを『』から救う為。今更、後戻りはしない。


 コウは真剣な眼差しでヘスティアを見つめる。

 しかし、ヘスティアからの返事はなく、静寂だけがこの場を包んだ。決して和むことはなく、冷たくなる一方の空気を感じながらも、コウはヘスティアの言葉を待ち続ける。

 ――ヘスティアの応えを聞きたい。

 ヘスティアを見つめるその瞳に、俺はそんな想いを込めた。


 三十秒だっただろうか、それよりも長いかもしれない。それだけの時間を掛けて、やがてヘスティアは沈黙をぶち破り、言葉を発する。

 コウの本音――想いへの応えだ。


「私は……」


 俯きかけていたヘスティアの顔が上がり、力強くコウを見つめ返した。


「私は、あんたのっ、あんたのそういうところが嫌いなのよ‼︎ 私を助けに来た⁉︎そんなの誰も求めてないわよ!! もし人助けをしたいって言うなら、別を当たりなさいよ!そこら中に困っている人なんているでしょう!? 私のことはもう……どうでもいいから。……もう帰って! 帰りなさいよ!!」


 ヘスティアは、泣きそうな、悲しそうな、そんな声音でコウに言う――否、叫ぶ。

 彼女は主張した、願った――『帰れ』と、そうコウに願ったのだ。

 だが、


 ……本当に、本当にそれがヘスティアの願いなのかよ――っ!

 ……たとえそれが、今のヘスティアの本音だったとしても、そんなものは


 奥歯を噛み締め、拳を強く握りしめる。胸の奥から湧き上がる熱情を、コウは必死に堪えた。

 今ここで、口論をしてる場合ではない。コウはあくまで侵入者。もたもたしている時間は無いのだ。コウの冷静な部分がそう結論づける。


 しかし、それでも何をすれば良いか分からないコウは立ち尽くす。

 そんなコウを見て何を思ったのか、ヘスティアは枕をコウに投げ飛ばし、毛布を抱えながら呟く。枕を受け止めたコウは、そんなヘスティアの呟きに耳を向けた。


「首席じゃない私――ヘスティア・アンタレスに、価値なんてないのよ。 強くない私が、この家に存在する理由なんて無い……っ! ……紛れもない事実なの」


「そんな、ことは……っ‼︎」


「――あんたに、私の気持ちなんて分からないわよ!分かろうとしてきたって無駄。寧ろ気持ち悪いわ!虫唾が走る‼︎ そんなの、どうせ分かりもしないのにいつも私に優しくしてくる奴等と同じよ!逆に私を苦しめてるってことが、どうして分からないの――!?」


 ヘスティアの叫ぶ言葉の一つ一つが、とても痛々しい。言い返し難いその言葉に、またしてもコウは押し黙る。


 だが、ふと、コウは昔のことを思い出した。脳裏に浮かび上がる光景は、コウのとるべき行動を教えてくれそうな気がする。そんな気がした。



 * *



 あれは確か、どんなに練習しても強くなれず、泣きじゃくった満月の夜。


 ベットの毛布で顔を覆い、泣き声を抑えながら泣いていた。止まることなく溢れてくる涙の所為で、毛布は湿っている。

 しかし、コウに救いの手を差し伸べてくれる人などいなかった。きっと誰もが、心の奥底で諦めていたのだ。


 木でできた床に蹲り、硬く握りしめた右手をベットに叩きつける。頬を伝う涙の雫が、月光を跳ね返していた。


 …… でも、もし、一人でも俺に手を差し伸ばしてくれる人がいたら――『諦めるな』と叱りつけてくれる人がいたら……俺は変われただろか?


 ――答えは分からない。そうすることで何か変わったかもしれないし、何も変わらなかったかもしれない。


 ……だけど、ここで今、俺がヘスティアの為に動くことで、ヘスティアを変えることが出来るのかもしれないなら――俺は、ヘスティアの為に手を差し伸べたい!



 * *



「なあ、ヘスティア。首席じゃなかったら……いつも誰かより強くなかったら、自分に価値は無い――本当にそう思っているのか?」


 ヘスティアの息を飲む声が聞こえる。しかし、返事は返ってこない。コウは言葉を続けた。


「確かに、俺にはヘスティアの悩みを完全に理解することは出来ない。だけど、俺はヘスティアを救いたい!君をここで終わらせたくない!首席でないとダメなんていう、家族からかけられた呪いは、――俺が断ち切る‼︎」


 コウの言葉を聞いたヘスティアの目尻が熱くなる。それはきっと、無意識に起きた行動なのだろう。

 コウはそんなヘスティアを見て、答えを導き出せた――そんな気がした。

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