第一章30 『灼き祓えない呪いの鎖』

 


 ――ヘスティアは、自分の部屋にいた。

 白色を基調とした部屋全体はそこそこ広く、一般の家庭よりも裕福であることが見受けられる。部屋の装飾も華やかで、机や本棚、ソファーが置かれていた。


 ベットで仰向けになって寝ているヘスティアは、ため息を零しながらそっと呟く。


「はぁぁ……どうしてこんなことに……」


 ヘスティアは一体何に苦しみ、何を悩んでいたのだろうか。



 * * *



 ヘスティアの家――アンタレス家は、代々伝わる有名な貴族家だった。剣術の部門で優れており、代々この家の者は火、炎系統の剣術を継承している。


 この家系の始まりである先祖は、赤髪で赤い瞳を持っていた。その先祖が用いていた剣術は、火にまつわるものをイメージしてできていたため、今のアンタレス家の剣術があるという訳なのである。


 そのため、赤髪に赤い瞳のヘスティアも、この家系に生まれ育つ過程でアンタレス家の剣術を学んできた。

 入学式の日に見せた『紅蓮一閃ぐれんいっせん』という技は、その一つだ。


 この家系の者たちは、自分たちの家系に絶大な誇りを持っていて、その誇りは彼らの修練によりをかけて、どんどん強くしていく。

 そんな家系で生まれ育ったヘスティアは、当然アストレア剣術学院に入学するようにされられた。


 ――アンタレス家の者は、アストレア剣術学院に首席で入学する。

 これは一種の、共通理解であった。そして、はらえない呪いの鎖としてヘスティアを縛り付ける。


 もはや今では、剣と生きる人の中でこの家名を知らない人はいない。

 それ程までの、アンタレス家への信頼や期待。それらは全てヘスティアに纏い付く。


『家の名に恥じないように――』『これはお前の為だ』

 いつも周りの人から掛けられる言葉は、ヘスティアに多大なストレスを与える。彼らにとっては当たり前の事かもしれない。しかし、その当然のように思える言葉が、少しヘスティアを壊した。


 それらの言葉は、幼いヘスティアにとって、余りにも残酷で冷酷で哀しい。

 いつしかヘスティアは、いつも優秀な結果を出し、周りの期待に応えることだけを考えながら剣を握るようになった。


 ――だが、それもついに、破綻してしまう。

 アストレア剣術学院への入学。ヘスティアは、

 これまでヘスティアに寄せられていた期待が、一斉に崩れ堕ちていく。


 ――流石のヘスティアも、これだけで完全に見限られるとは思っていなかった。

 ――首席となったあの少年を、追い越すことが出来ると思ってた。


 しかし、学院での一ヶ月の中で、ヘスティアは、あの少年――コウとの差を感じ始める。

 一つ一つの技のキレ。身体能力。剣術に向ける姿勢。全てがヘスティアに勝っていた。


 ――ヘスティアはコウが嫌いだ。

 その理由は、至極単純で醜い。


 ……私より強いくせに馴れ馴れしく話しかけてくるところが嫌いだった。

 ……いつも剣を学ぶとき、あんな輝かしい目になれるところが嫌いだった。

 ……みんなから信頼されていて、慕われているところが嫌いだった。

 ……私よりも背が高いことが気に入らない。どうしていつも私を気にかけるの。どうして私の剣の悪い所を見抜けて、指摘してくるの。どうして、私よりも料理が上手なの。


 どうして、どうして……、


 ――どうして私は、コウが嫌いなの?

 私には、コウを嫌う資格なんて無いのに。


 悩み、考えたけど、やはり私はコウが嫌い――いいえ、大嫌いだった。

 ……そして、こんなに大嫌いなコウの剣術に、感動してしまった私が嫌いだった――。



 * * *



 コンコン。


「ヘスティア様、昼食を持って参りました。部屋にお入りしてもよろしいでしょうか?」


「はい。どうぞ」


 ノックする音が鳴り響き、メイドさんの声が聞こえた。正直言って、今の私では食事が喉を通らなそうだったが、一先ず部屋に入れる。


 私が返事を返すと、メイド服に身を包んだ金髪碧眼の女性が部屋に入ってきた。この人は私が小さい頃からこの家に仕えていた人で、私にとってもだいぶ親しみがある。

 しかし、今の私はやさぐれていたため、特に何も言葉を掛けないまま、ただメイドさんが昼食を置く姿をぼーっと眺めた。


 部屋にある机に昼食を置いたメイドさんは、依然としてベットから出てこない私を寂しげに見つめてくる。

 メイドさんの碧眼が私を見つめ、揺らめく。本当にただ、寂しそうな目をしていた。


「それでは、失礼します」


 メイドさんは、その一言だけを残して部屋から消え去る。何かやるせない空気が、この部屋で漂った気がした。

 私はそっと息をいてから、呟く。


「今頃きっと、私抜きで食べてるんだろうな。もしかしたら、これから私をどうするのかを話し合っているのかも」


 本来ならば、昼食も夕食も家族みんなで食べる。しかし今は、家族全員ではなく、私以外の家族全員となっていた。


 私を実家に連れ戻したのは、きっと両親の判断だろうし。私だけが居ない時間を利用しない筈がない。


「はは……」


 私は思わず、自嘲気味な笑みを零す。どうしても、自分を笑わずには居られなかったのだ。私は毛布に包まり、目や耳を塞ぐ。


 ……どうせ私はもう、ダメなんだ。

 ……もういっそのこと、楽になれたらいいのに。


 自暴自棄な思考が頭の中で回り続ける。私が私を嗤う声が聞こえてくる気がして、私はより一層力強く耳を塞いだ。


 ……もう何も見たくない。

 ……もう何も聞きたくない。


 目を逸らして、聞こえないフリをして。私は、私は……、


 パリ――ン!!


 窓ガラスの割れる音が、そんな私の耳に届いた。私の部屋の窓ガラスが割れる音がしたのと同時に、誰かが部屋に着地する音が聞こえる。


「…………だ、誰……なの?」


 私は包まってた毛布をどかし、侵入者へと視線を向けた。

 さっきまで暗闇に包まれてた所為で、窓から差し込む光が少し眩しいが、私は必死に目を凝らす。

 そして、


「……あ。え……」


 ――そして、


「よぉ、久しぶり!……ってわけでもないか。――迎えに来たぜ」


 そこには何故かコウがいるという、衝撃的な光景を瞳に映すことになった。コウは晴天のように晴れ晴れとした笑顔で、私を真っ直ぐに見つめてくる。

 しかし、私にとってそれは、感動できるようなものではなくて、私はただ、激怒した。


「何で、あんたがいるのよ……っ!!」


 ――ヘスティアの咆哮が、二人の再会の険悪さを物語る。

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