第一章27 『首席(コウ)VS次席(ヘスティア)』



「よしじゃあ今から、稽古を行うぞ。取り敢えず今日は、木剣を使って稽古を行うが、過度な怪我を負わせることが無いように。 なお、今日は純粋な剣技を試す為、剣気を纏うのは禁止な」


「「「はい!!」」」


 二人組を作った後、木剣を手にしたコウたちは稽古を始める。

 ちなみに、コウとヘスティアで話し合った結果、ヘスティアから技を仕掛けることになった。



 コウとヘスティアは正眼の構えで向かい合い、そっと息をする。コウたちはざっと五メートル程離れていた。


「ハァ――ッ!!」


 ヘスティアが疾風の如く動き出し、コウとの間合いを一気に詰めてくる。

 間合いを詰めてくる間に、ヘスティアは木剣を振り上げていて、それをコウの頭に目掛けて振り下ろしてきた。


「――――ッ‼︎」


 それを見切ったコウは、ヘスティアの剣戟を防ぐために、左足で踏み込みながら木剣を斬り上げる。


 カンッ!


 木剣同士がぶつかり合う甲高い音を響かせると共に、コウの右手に強い衝撃が襲いかかった。


 ギシギシと音を立てながらコウとヘスティアは競り合う。どちらの顔にも余裕はなくて、全力でぶつかり合ってることが見て取れる。

 しかし、このままでは埒があかないと両者は考え、後ろに跳ぶことで互いに距離を取った。


「「――――」」


 無言で睨み合うコウとヘスティア。コウは黒い瞳を、ヘスティアはルビーのように輝いた瞳を交わしている。


 ……剣気を纏うのを禁止されると、やっぱり難しいな。でもきっと、剣気を纏わずとも技自体は繰り出すことが出来る。

 ……なら、あの技でいくか。


 剣気を纏うことによって技の威力が倍増するのは確かだが、それを禁止されたからといって、同じ動きが出来ない訳ではない。

 だからコウは、剣気を纏わずとも繰り出せる剣技の中から、あの技を選んだ。


 すっと脚を踏み出し、ヘスティアとの間合いを縮めて、一足一刀の間合いに入った瞬間に技を繰り出す。


「〝八岐大蛇やまたのおろち〟……‼︎」


 大蛇を模倣した剣気は――纏われない。だが、この剣技の冴えが色褪いろあせることは無かった。

 コウの技の名前を耳にして、一瞬驚きの顔を見せるヘスティアに向かって、八連撃の剣戟が繰り出される。


 ――『一撃目』。

 右斜め上からの振り下ろし。

 ヘスティアは両手で木剣を持ち、巧みにそれを防いで見せた。


 ――『二〜五撃目』。

 切り返して木剣を振るうコウ。左斜め上から、右斜め下から、右斜め上から、左斜め下からと、剣戟を連続して繰り出す。

 しかしこれも、ヘスティアによって防がれていく。まるで舞を舞っているかのように、ヘスティアは防いで見せたのだ。


 ――『六撃目』。

 真上から、体重を剣戟に乗せながら木剣を振るう。

 木剣を横に寝かし、少しだけ角度をつけた状態で、ヘスティアはコウの剣戟を防いだ。


 ――『七撃目』。

 もう迷いはない。

 最後の八撃目を迎えることだけを考え、迷いのない動作で真下から木剣を斬り上げた。

 ヘスティアの握る木剣は、コウの剣戟によって衝撃を喰らい、少しだけ跳ねる。


 コウはその隙を見逃さず、最後の剣戟を繰り出そうとした。


 ……『八撃目』――ッ!!


 木剣を天に掲げ、身体を前のめりに捻らせながら振り下ろす。その動作を今、コウは繰り出そうとしていた。


「はぁぁぁああ……!!」


 全力を、この一撃に込める。ただその一心で、俺は剣戟を――



 ニカっと、ヘスティアは笑っていた。



 ……――は?


 八撃目は、やや今までの剣戟に比べて動作モーションが長い。

『八岐大蛇』という技の欠点の一つであるその点を利用してヘスティアは、全力の突きをコウの心臓目掛けて繰り出していた。


 ――それ故に、彼女は笑った。


 ……やば――


「やばい」という言葉が思考を埋め尽くす。だが、コウは回避することが出来ず、ヘスティアの木剣はこうの左胸に食い込んだ。


「がはっ……!!」


 一瞬、コウは『死』を臨時体験する。冗談抜きに、死ぬかと思った。

 食い込んだ木剣はコウの肋骨に当たり、衝撃が内臓に響く。刹那の間に襲いかかる痛覚で、脳が『死』を錯覚したのだ。


 コウの身体は衝撃によってふらつき、後ろに転倒しかける。だがコウは、何とか意識を引っ張り出し、みっともなく勝負を終えないように抗う。


 ヘスティアと距離を取る為に後ろへ跳ぼうかと考えた。しかし、コウのどこか冷静な部分がそれは不可能だと告げる。

 仕方がなく、コウはゆっくり後進した。弱々しい一歩だが、大丈夫。コウはだんだんと回復してきている。

 コウは抗う。


 ――抗い続けてどうなるのか。

 コウはその答えを考えることなく、黙々と正眼の構えを取る。


 ドクン、ドクンと、心臓の鼓動は鳴り響く。それでも、コウはヘスティアを、ヘスティアはコウを静かに見据えていた。


「「――――」」


 ヘスティアはまるで「まだ続けるの?」とらでも言いたげな表情を浮かべたが、やがてその表情も晴れ、真っ直ぐとコウを見るようになる。


 息を吸っては吐く、その繰り返しを続けコウは、ようやく意を決めた。


「――ッッ!!」


 肺が痛むため、声は思うように出せない。それでもコウは、精一杯の気力を込める。コウとヘスティアは息ぴったりに動き出し、木剣を振るう。


 カン――ッ‼︎


 木剣を握る手のひらに加わる衝撃。手のひらが酷く痺れた。

 コウは手のひらを固く握り締め、木剣を握る力を強める。


 ……まだ、だ――ッ!!


 衝撃に耐え、力を振り絞るために奥歯を噛み締めて、コウはその一瞬の間で全力を尽くす。すると、次第にコウの木剣はヘスティアの木剣を押し返していき――、


「あっ……!」「……っ!!」


 コウの剣技によって、ヘスティアの木剣は飛ばされた。

 手から滑る落ちるようにして離れていったヘスティアの木剣が、音を立てながら地面に落とされる。


 ――コンッ……。


 木剣が落ちるその乾いた音は、コウたちの決着がついた後の空虚さをそのまま表していた――。

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