第一章6  『三ヶ月後の冬』

 


 輝かしい光の中、コウは家族に振り返りながら微笑んだ。


「――ただいま」


 何千、何万年という無限の時を経たコウは、正真正銘の「ただいま」を告げる。


 ……ずっと会いたかった。

 ……生きてて良かった。


 ――二人を救い出せて、本当に良かった。

 声にならないコウの想いは、目に涙を浮かべる両親に確かに伝わった。


「「――おかえり」」


 両親は息ぴったりに、慈愛を込めた表情でコウに言葉を返してくれた。二人の目尻に浮かぶ涙は、月光を浴びて輝いている。コウは泣きじゃくりそうになるのを、必死に堪えていた。


 やがて、コウの技によって繰り広げられた蒼空は消えていく。それもそのはず、この蒼空は、コウの剣戟によって生まれたもので、長続きはしないのだ。


 次第に世界は、夜に染められていった。

 夜空に無数の星が広がり、月が世界を優しく照らす。


 脅威は過ぎ去ったものの、多くのモノを失ったコウたちは、その無限の可能性を秘める夜空に、何を思うのだろう。

 一瞬にして夜へと様変わりした空を仰ぎ見て、コウは一筋の涙を流した。その涙には、星の輝きと月の光が映り込んでいる。


「ユウキ……ハルト……」


 今は亡き、金髪と銀髪の二人の少年の名前を呟くが、夜の風に掻き消されてしまう。

 しかし、その呟きに満たない言葉の中には、コウの確かな想いが込められている。それは、風によって遠い空へと運ばれていった。


「父さん、母さん――」


 涙を拭いながら、コウは両親に声をかける。二人は力強く頷きながらコウを見つめていた。


「――この村を、またいつものような平和な村にする為に、俺は頑張るよ。……だから、応援してくれないか?」


 コウは二人を真っ直ぐに見据えながら、たった今生まれた決意を告げる。自然と呼吸が浅くなり、一秒一秒がとても長く感じた。

 二人は、どんな返事をしてくれるのだろうか。


「……あぁ、勿論だ。協力する」

「……私も、協力するわ」


 コウがそんな焦燥を描いている中、そんなコウに二人は返事をしてくれる。二人の返事は肯定だった。

 本当に短い言葉の交わし合いだが、想いが込められている為、それが会話として成り立っている。父と母の言葉には、感情が入り混じっていた。


 ……もう少し、このままでいたい。

 ……けど、これからやることが沢山ある。


 コウはこの瞬間を深く噛み締めてから、口を開く。


「――俺は、村のみんなに魔物を倒したことを伝えてくるよ。二人には、家を温めて待っていてほしいな……」


「……分かった。いってらっしゃい」

「いってらっしゃい、コウ」


「うん。――いってきます‼︎」


『いってきます』の言葉を合図に、コウは両親から離れ、村のみんなに無事を伝えに向かった。

 ――自分に帰る場所がある。そう思うだけコウの胸は熱くなり、謎の安心感が込み上げてくる。


 《時の狭間》で過ごした時間は、無駄じゃないんだと、無駄にはしないんだと、頬に風が強く当たるのを感じながらコウはそう覚悟していた。



 * * *



 日が昇り、風は容赦なくコウの身体を叩きつける。晴天の中コウは、墓参りに来ていた。


 あの出来事はコウが13歳の秋の時の事で、あれから約三ヶ月経ち、コウはもう14歳だ。

 今は12月で肌寒い季節であるため、コウは厚着をした状態でユウキとハルトの墓参りに来ている。


 あの出来事によって亡くなった村の人々は、村の近くにある草原に埋められていて、墓地のようなものができていた。

 無言で手を合わせ、目を閉じながら黙祷をする。


 ヒュ――ン、という風が吹いてきたのと同時にコウは目を開け、踵を返して歩き出す。ユウキとハルトの墓は並べられていて、どちらにも一輪の花が添えられていた。



 あれから時神村の復興に力を注いできたコウにとって、この日は久しぶりの休息日だった。


 本当は今日も休むつもりはなかったのだが、両親がどうしてもと言い出し、「墓参りに行ってきな」とまで言い出した為、コウはそれを受け入れたのだ。


「さて」


 けれども、お墓参りをしたコウには、特にこれといってやる事がない。まるで自分の目的を空に求めているかのように、コウは青空を仰ぎ見る。そして、呟いた。


「――剣の修練でもするか」


 最近はあまり時間がない為、出来ていなかった剣の修練をすることに決める。

 朝の習慣のようなもので、軽いストレッチはしているのだが、本格的な修練は久々だ。

 一先ずコウは、家に帰ることにした。


 ……もうすぐお昼ご飯だしな。


 ご飯のことを考えて、余計にお腹を空かせたコウは、少し早足で帰る。心なしか、コウの足取りは少し弾んでいるように思えた。

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