第一章4  『《時の狭間》』

 


 コウに風が吹き付けられ、青い空からは温かな日差しがコウを照らしてくる。


 スゥーー。


「うまい」


 試しに深呼吸してみると、空気はとても澄んでいて美味しく感じた。


「ほんとにここは何処なんだ……?」


 目の前にいた筈の魔物はいない。

 後ろにいた筈の両親もいない。


 ……もし仮に此処が、現実から乖離かいりされた場所だというのなら、どうして俺はやって来たんだ?


「それにあの時の声……」


 確かに俺は、誰かの声を聞いた。


『――良いだろう――。』


 コウはさっき聞こえた声を、頭の中でもう一度思い浮かべる。


 その声は力強さも孕んでいて、本能的に「勝てない」と思ってしまうほどのものだった。


「まぁ、取り敢えず、調べるしかないのかな」


 改めて、コウは辺りを見渡す。

 ちょうど今のコウの位置は、周りよりも高く、先まで見通すことが出来た。


 コウの辺りに広がるのは緑の草原。

 その中には、一面に咲き誇る花たちがあり、水面が日光によって輝いて見える湖があり、生命力を感じる葉緑の木々があり、色々な自然がある。


 一見、コウの知るものと何も変わらない風景。だが、何かが現実世界と違って見えた。


 現実世界では、夕方が終わろうとしていた。しかし、此処には日がある。

 気温も適温といったところで、心地よい空間を保っていた。


 ――やはり何かがおかしい。


 立ち尽くしていても、どうにもならないと考えたコウは、歩き始めた。


「あっ!あれは……」


 今、コウの視線の遠い先には、木で作られた家のようなものがある。

 まずは、あそこから探ってみるのが良いだろう。


「もしかしたら、誰かいるのかもしれない」


 こんな不思議な所だが、それなりに広さはある。しかしどんなに見渡しても、見つけることが出来た家はあれだけだった。


 此処に人がいるのかは疑わしいところだが、可能性はゼロじゃない。



「そういえば――」


 コウは今更ながらにも、鞘に納められた剣が腰に掛かっている事に気づく。

 少しの間だけ剣を見つめたコウは、再び前を向いて歩き続ける。


 そっと優しく、コウは左手で剣のつかを握りしめた。



 *



「ほんとに全部木で出来てるんだな……」


 あれから、いくらか歩いたコウは、目的の家に着いていた。


 その家は、木で建てられていて、窓ガラスとかそういうもの以外は、全て木であると言っても過言ではない程だった。


 コンコン。


 コウはドアの前に立ち、ドアを二回鳴らしてから声を掛ける。


「すみません!誰かいますかー?」


 コウは返事を期待しながら、静かに立ち尽くす。しかし、数秒待っても返事はこなかった。

 だからもう一度、コウはさっきよりも大きな声を掛ける。


「すみませーん!誰かいますかー?」


 …………。



 ――さて、コウには二つの選択肢があった。


 一、今現在進行形でドアノブを掴んでいるが、その手を動かし、無断で侵入してみる。ちなみに鍵は掛かっていないようだ。


 二、居るかも分からない家主を待つために、野宿する。あくまで憶測だが、この家からは生活感というものを感じない。


 ――もちろん、答えはただ一つ。



 ガチャ。


「――お邪魔します」


 コウは少し強引な手段を選んだ。



 バタン、というドアが閉まる音と共に、コウは家の中の様子を見て伺う。

 家の中はとても綺麗で、まるで新築のような新鮮味があった。


 実際、人が住んでいたかのような痕跡は無い。今だって、木の香りがコウを包む込んでいる。

 ちなみに木で作られた壁にも傷が一つも無かった。


 こうにも新築だど、逆に入りづらさを感じてしまうが、コウは決心を固めて家の中を歩き始める。


 *


 コウは、この家の中を歩き回って行き、色々な物を見つけていった。


「お風呂……寝室……キッチン……トイレ……洗面所……リビング……」


 生活していく上で必要なものは、全てこの家に兼ね備えられている。


 ただ、一つだけ不可思議なモノがあった。それは――、


「この白い封筒……」


 白い封筒だ。


 リビングのテーブルの上に置いてあり、それを見つけたコウは開けるのに戸惑っていたが、そろそろ向き合わないといけない。


 現実離れしたこの空間に、いつまでもいる訳にはいかないのだ。家族や村の安全などというものは、保証されてないし、知ることも出来ない。


 一度深呼吸をしてから、コウはその白い封筒を持ち上げた。

 その白い封筒は長方形になっていて、簡単に開封出来るようになっている。


 思い切って封筒を開けてみると、中には一枚の手紙が折り畳まれた状態で入っていた。

 コウはそれを取り出して、手紙に書かれた文章に目を通し始める。


「――『この家に招かれし者へ』――」



『この家に招かれし者へ、

 《とき狭間はざま》へようこそ。


 これは、この空間を作り出したオレからのメッセージだ。


 この空間――《時の狭間》はオレが作り出したものだ。

 此処は現実世界よりも著しく時間の流れが遅くなっている。


 故に、現実世界だと一瞬の間でも、此処では無限のような時間となる。


 それに此処は特別でな、


 いつか遠い先、此処に来る直前の現実世界に戻ることになった時、訳だ。


 ……そこで、精進するためにも、この家を譲る。


 空腹や疲れなどの症状は、此処でも変わらず起こるから、しっかり体は休めておけ。


 以上――オレから言えることはこれくらいだ。』



「本当、なのか……?」


 ……この手紙に書かれていることが本当だというならば、此処で鍛えあげた能力を引き継いだまま、あの瞬間に戻ることが出来る。


 コウの努力次第でもあるが、たとえ今のコウではみんなを救えくても、鍛え上げたその先のコウなら救えるようになる。


 ――この事は、コウにとって大いなるチャンスだった。


「この俺に、守る力が――」


 ……もし、此処で剣術を極めていくことで、俺にも誰かを守る力が手に入るのだとしたら――、


「俺はここから――


 決して諦めたりはしない。妥協もしない。


「絶対に、強くなってみせる――‼︎ 俺はもう、『落ちこぼれ』と名乗らない、呼ばれない――『落ちこぼれ』だった俺は、もう捨てた」


 ……「落ちこぼれ」のままの俺にはならない。俺は今ここで、一から変わって見せるんだ!


 コウの決意が固まると同時に、《時の狭間》での――長い、ながい修練の日々が始まった。

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