第一章3  『『地獄』と『はじまり』』



「……見つけた!」


 あれからコウは、唇を噛み締めながら立ち上がり、また走り出し、ついにコウの家を見つけていた。

 素朴な一軒家。外部には傷が見られず、まだ被害を受けていないのが見てとれる。


「なら、いるかも……!」


 コウは僅かに声を弾ませ、玄関の扉を開けて急ぎ足で家の中に入った。


「父さん!母さん!」


 そして、コウは声を上げながら両親を探す。しかし、返事は返ってこなかった。静寂だけが、コウの元に戻ってくる。

 それでも諦めず、コウはリビングも寝室も色んな所を探し回るのだが、両親は見つからなかった。


「まさか――、外にいるのか……?」


 何のためにかは分からない。

 だけど、家にいないのなら、外にいるか、別のどこかにいるかしか、可能性が見つからない。


 苦痛の声を上げるよりも先に、コウは家を飛び出していた。


 *


 コウは、この村にある避難場所として、まず第一に浮かんだ道場へと向かっていた。道を思い出し、呼吸を必死に繰り返しながら道場へと向かう。


 そして、ついに道場へと辿り着いたコウが様子を確認すると、そこにはかなりの人が避難していた。


 しかし、コウの両親はそこには居ない。それを確認した俺は、引き留める声を押し切ってまた走り出した。



「ハァ……ハァ……ハァ……」


 呼吸が辛い。肺が強く痛む。胸が軋む。


 コウは膝に手を突き、屈みながら息を整えることにする。足を止めて、コウは過呼吸のような状態になりながらも息を整え始めた。


 何度も呼吸を繰り返して、少し回復したコウは、再び苦しみで顔を歪めながら走り出す。どんなに身体が疲弊しても、コウの瞳だけは揺らいでなどいなかった。


 だが、そんな時――、



「……こっちだ!魔物!」


「っ、この声は――、父さん……‼︎」


 コウの父が魔物に怒鳴りつける声が聞こえてきた。その声が父によるものだとすぐに気づいたコウは、僅かな希望を垣間見る。


 しかし、まだ気を抜くことは出来なかった。


 ……この気配! 魔物アイツがいる‼︎


 コウは建物に身を隠しながら、父さんの現状を確認しようとする。すると、


「――は?」


 ――父も母も見つかった。しかし、それと同時に、二人を追い込む魔物の姿も見える。

 魔物は、父と母を建物の壁に追い込み、詰め寄って、わらっていた。


 父は母を庇うようにして、両手を広げながら立っている。魔物に鋭い眼光を光らせていて、力強く睨みつけていた。

 その黒い瞳の中には、確かな覚悟が垣間見れる。


「あぁ……」


 ……だけど駄目だ。父さんも母さんも武器を持っていない。

 ……だから、魔物に勝つなんてことはあり得ない。


 父は魔物に立ち向かい、母は両手を組んで祈っていた。一体、こんなときに何を祈るのだろうか。

 そして魔物は、……嗤っていた。――両親を嘲笑い、ほくそ笑んでいる。


 ――コウは、ただ立ってるだけだった。


「何をしてるんだ俺は……っ‼︎」


 コウにしか聞こえないくらいの大きさで、コウは自身に激怒する。


 ……失いたくない。欠けさせたくない。助けたい。負けたくない。踏み出したい……‼︎


 想いはこんなにも溢れるのに、コウは一歩を踏み出せなかった。コウは頬を伝う涙を拭う。


 ……今、俺が助けに行かなかったらどうなる?

 ……この状況を少しでも変える為に、


 初めの一歩を踏み出さなければ、何も始まらない。

 それに、今ここで行かなければ、コウは何の為に剣術を学んできたというのか。


 恐怖に怯えながらも反抗する二人を見飽きたのか、魔物は太刀を握っていた腕を振り上げる。


 それと同時に夕日は完全に沈み、薄明るい光がコウたちを照らした。魔物の太刀は光を反射し、その刀身を赤に染める。

 そして今、その刀身が振り下ろされようとした。



 ――絶望の中でも、父の目にはまだ強い思いがこもっている。

 コウは、そんな父さんの姿を目に焼き付け、瞬きをした。

 そして、


 そして――、


「はぁぁぁぁあ!! 燕返つばめがえしぃぃぃ……っ‼︎」


 コウは大きく飛び出し、地を駆け抜け、父さんに迫りくる太刀に向かって剣を振るった。

 父の前に立ち、刹那の間に剣を抜いたコウは、何年も鍛えあげてきた剣術の内の一つを繰り出す。


 ――燕返し。

 ある方向に打ち込んだ刀の刃先をすぐに反転させて斬る技。


 本来、刀という武器で繰り出す技を、コウは剣に応用して使う。この技は、比較的覚えやすい技なのだが、熟練度を増せばその威力は倍増する。


 基礎をやりながらも、この技一つだけを磨きあげてきた。何年も鍛えてきたこの一握りの技で、コウは魔物に立ち向かったのだ。


 キンッ!!


 剣がぶつかり合い、紅い火花を散らしながら二つの威力は衝突する。


 ……何だろう。不思議なことに、いつもよりも力が湧いてくる。


 コウは、身体に暖かいものが纏われようとするのを感じていた。今まで感じてこなかった感覚が、今この瞬間に目覚めようとしている。


 しかし――、


「――――ッ!!」


 魔物の怪力は想像を絶するほどのもので、技を使っても、魔物の太刀を押し切ることは出来なかった。


 ――ならば後は、単純な力比べだ。


 魔物は両手で太刀を握り、その刃をコウに押し込んでくる。

 コウも負けずと必死に抵抗するが、その刃はどんどん目の前に押し寄せてきて、コウは膝をついた。


 コウの剣はどんどん押し込まれていき、肩に食い込みそうになっていく――。そして、今度こそコウは、完全に諦めそうになる……。


「「頑張れ!!」」


 その瞬間。後ろから声援が飛んできた。

 それは、父と母の今にもはち切れてしまいそうな声。


 ――ポツン――


 雫が落ちたときのような音が、コウの中で響いた。父さんと母さんの想いが込められた雫は、コウと混ざり合い、心に深く染み渡る。


「――っ!!」


 ……俺はまだ、負けない‼︎ 諦めない‼︎

 ……俺に『力』をくれッッ!!


 コウは「覚悟」を決め、魔物に立ち向かった。押し込まれていた状況が微かに変化し、だんだんと巻き返していく。


 ……いいぞ!このまま‼︎


 コウは全身から力を振り絞り、更に力を加えていく。

 だが、その時――、



(――良いだろう――。)


 ――ドクン――


 聞いたことのない声が聞こえるのと同時に、家に帰る時に感じたのと同じ鼓動が刻まれる音が聞こえた。


 ……ぇ?


 コウが声を上げる暇もなく、コウは何処どこか別の空間にやってきていた。

 さっきまでとは明らかに違う空間――否、次元。


 一瞬にしてコウは、自然と神秘を感じさせるような、不思議な空間にいた。

 此処には、青空があり、草原があり、日光があり、風があり……、


「――なんだ此処は‼︎」


 現実離れしたその空間に対して、コウは驚きの声を上げる。


 何かがおかしい。

 何かが違う。


「此処は一体、何なんだ……⁉︎」


 広々と広がる草原の中、コウの声が遠く鳴り響いた。

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