おそろしの森

赤木律夫

第一章 おそろしの森

一・冬の朝

 朝日を浴びながら、細かいダイヤモンドが舞い降りる。「おそろしの森」に、本格的な冬がやってきたのだ。クラリスは寝室の窓から、雪に覆われていく森を眺めていた。


「見てるだけならキレイなんだけどね……」


 口にした独り言が、白く濁って消えていく。冬の朝の空気は澄んでいるのに、クラリスの心はどんより曇っている。雪が積もれば、クラリスはこの家から出られなくなる。春まで冬眠のような生活が続くと思うと、雪を見てはしゃぐことはできなかった。


 食べ物の備蓄を確認しなければ……そんなことを考えながら、寝間着にカーディガンだけを羽織って、クラリスは寝室を出る。廊下の空気は凍ったように冷たく、思わず声を出しそうになる。胸の前でカーディガンをかきあわせ、やや小走りに居間と台所を兼ねる部屋に向かう。


 居間に入ると、クラリスはすぐに暖炉に薪をくべた。食べ物は地下室に樽や壺に詰めて保存してある。下に降りる前に、身体を温めておきたかった。暖炉の前に置いた椅子に腰を下ろし、手をこすり合わせている。


 しばらくすると、クラリスの小さな身体は温まり、脇の下が少し汗ばんできた。そのころには、窓から見える空は薄暗くなっていた。ついさっきまで朝日が見えたのに、今は西から東まで、鈍色の雪雲が上を塞いでいる。こうなると、あと一週間は雪が止まないだろう。


 椅子から立ち上がり、クラリスはまた小走りで居間を出る。火を入れたランプを片手に下げて、冷たい石の階段を降りていく。足音がレンガの壁に反響し、不気味な音楽を奏でる。まるで、闇の中から幽霊が嗤っているようだ。クラリスは怖気づきそうなのを堪え、一気に地下室まで降りる。


 樽や壺を一つずつ開けていき、中にランプの光を当てる。ピクルスやジャム、ソーセージは十分にある。棚に並べたパンやチーズも、あと一か月はもつだろう。冬を越すのに足りる食料があることを確かめたクラリスは、ジャムの小瓶とパンの塊を抱え、逃げるように地下室を後にした。


 暖炉の前に戻ると、ホッと息をつく。呼吸が落ち着き、動悸も収まったところで、クラリスはようやく朝食の準備を始める。


 火の上の金網に薬缶を乗せ、お湯を沸かす。その横でスライスしたパンを焼き、表面がカリカリになったところで、ジャムにした野苺の果肉を乗せる。ジャムのシロップはマグカップに垂らして、そこにお湯を注ぐ。こうして、クラリスのささやかな朝食が出来上がる。


 冬の朝は寂しい。森の動物たちは巣穴に籠り、鳥のさえずりも聴こえない。窓に吹き付ける風と、暖炉の薪が爆ぜる音だけがクラリスを包む。誰かと話をする訳でもなく、黙々とパンをかじり、シロップを溶かしたお湯に口を付ける。真っ黒に熟れた野苺を砂糖に漬け込んだはずなのに、ちっとも甘くない。

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