終章

誰もいなくなった店内。

正確には、血の通った生きた人間がいない店内と言った方がいいのだろうか。

先程までの出来事が幻だったのではないかと言う程に静かだ。

だが確実にそれはいる。

誰も生者はいないが、先程の騒ぎで覚醒していたのか、それは件のテーブルにいた。ゆらりと白いぼぉっとした光が揺れ、店内を旋回してはテーブルへと戻ってくる。

時折窓や入口のドアから車のヘッドライトの明かりが入ってくるが、深夜のためそう多いものでもない。ただ、完全な僻地でもないし、近くには24時間稼働している工場があるため、トラックやら乗用車がちらほらと通過し続けている。

その間もゆらりゆらり、白い影は徘徊を続けた。

もう店内には誰も残っていないからか、我が物顔で店内を浮遊している。

ふと、白い影がビクリッと大きく揺れた。そしてその場でゆらゆらと小刻みに震えた。気のせいか、空気までが震える。

その時だ。ガタッと店が軋んだ。

地震かと思う程の大きな地鳴り様な音と共に、ギシリと建物全体が低く鳴った。

それから地の底から響く様な低い声が…




『ミツケタ』




ゆらりとくゆっていた白い影が、シュンッとドアへまっしぐらに移動をした。

店内の空気の流れが止まる。

空気と共に時間も止まった錯覚を起こす様な、急激な静寂。

それから一瞬でドンッという衝撃音が響き、外に煙があがった。

それは一台の車が店の入口である柵に追突した音。

どうやら急にハンドルをきったように柵へとぶつかり、そのまま車はリアから滑り駐車場に収まるような形で止まったらしい。そのため後続車にぶつかる事もなく多重事故は免れたようだが、あまりにも不自然な停車の仕方。加えて、自損とはいえ追突事故であった事に変わりはない。

たまたま通りかかった自転車の男性が慌てて車へと駆け寄った。

「おい!大丈夫か?」

まだ降りてくる気配のない運転席の窓を覗き込むと、そこにはハンドルに突っ伏したまま動く気配がない男性の姿があった。

これは一大事と男性は窓を叩き声をかけるが、やはり車内の人物はピクリとも動かない。

「どうしました?」

もう一人、車のそばへ寄ってきた。

「あぁ、中の人がね、動かないんだよ。俺も何があったのかわかんないんだけどさ」

見ると、追突音で気付いた近隣の住民が数人出てきたようで、追突された柵を見たり車を遠巻きに眺めたりしている。

「あ、俺さっき警察に電話しましたよ。事故みたいだって」

「これ、救急車も呼んだ方がよくないかな?」

「そうだよね。おにーさん、大丈夫ー?」

そんな話をしつつ、中の人へ声をかけたりして深夜の静寂を破った事故に対応を始めた。

不意に、ガチャと車のドアが開いた。

「え…」

誰も触れていないのにゆっくりと開くドアに、周辺にいた人達は思わず後退る。

ドアが開くと、運転手の体がゆらりと揺れた。そのまま体は開いたドアの方へと倒れ込み、駐車場のアスファルトの上に転がり落ちた。

「う…わぁぁぁっ!」

「なっ…え?!」

「おわぁぁぁ!!」

一斉にあがる悲鳴。

その運転手が仰向けに倒れた拍子に顕になった表情が鬼気迫る物で、皆一様に声を発してしまったらしい。

その表情たるや、両目は何かに取り憑かれた様に見開き、口は何かを叫んでいるかの様に大きく開かれている。直前まではハンドルを握っていただろうに、片手は胸を掻き毟るように左胸を掴んでいた。

野次馬に集まった人々は、その後声も上げずにその異様な光景を前にただ立ち尽くしていた。

その付近にゆらりと近付く空気の流れ。

遠くからパトカーと救急車のサイレンが夜の静寂を破るように周囲に響いていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

実話怪談師 司 蒼夜 ー怨念の渦ー 二月あおい @souya_0331

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ