第八話

「ところで、最後のなんだったの?」

「最後の?」

 車を走らせ始め数分で三輝が司に尋ねてきた。

「ほら、赤井君と何か話してたでしょ?」

「ああ…」

 司はそう返事をしたきり少し黙り込んでしまった。

 今走っている道路は、あまり霊的にいい場所ではないと思い出したからだ。

 雑多霊が寄せている場所でそういった類の話をする事はあまり芳しくない。少し離れてから説明しようと、あまり明るくない田舎の車道を走った。

「そういや…」

 大通りを抜け、まだ新しく走りやすい道を横目に見ながら敢えて直進をした司に、三輝が話しかけてきた。

「やっぱりさっきの道は曲がるとよくないの?」

「あー…まだ検証中だけど、よくはないみたい」

「そっかー」

 というのも、先日二人で遠出した帰り道、その新しい道を通ってみたのだが、なんとも不思議な車に遭遇したのだ。

 それは信号待ちで止まっていた時の事。

 二車線ある右側に停車していた司の車の横にいつの間にか車がいたのだ。普通ならばスーッと入ってきたのを感じたりするのだが、その覚えはなかった。そして青信号になり司はブレーキペダルからアクセルへと足を移動させ発進をしたが、隣の車は動かなかった。そして少し進んでバックミラーをみたが、その車は跡形もなくなっていたのだ。

 怖い話というよりはなんとも不思議な話だったが、同乗していた三輝が更に不思議な事を言ったものだから、アドバイザー的な視える友人にその話をした所「あの道は戦時中の人たちが沢山いるから」との事だった。

 あの道に限らず、この市内に溢れているという。

 県内には大きな飛行機工場があったため、田舎なのにも関わらず何度か空襲被害にあったと、司は祖母から聞いた事があった。

 あのファミレスも、その市内にある。

 何か因果関係があるのかもしれないななどと思いながら、やがて件の市内を抜けたため、ようやく司が口を開いた。

「さっき最後に話してた事だけど…」

「あ、うん」

 顔は真っ直ぐ前を向いたまま、三輝に話しかける。

「千家君のお姉さんが、以前あの店でバイトしてた事があるらしいんだ。その時に、店の前で女性が死亡する事故が起きてる」

「え、それって…」

「うん、多分…」

 それだけ語って、二人は黙り込んでしまった。

 場所、性別がリンクしているだけだが、かなりその女性が件の女性である可能性は高そうだ。

「三輝、時間があったら少し調べてもらえないかな?このネタを最初に話してくれた先生に話を聞けたら…」

 司からの申し出に三輝は頷いてから軽く胸を叩いた。「任せて」と快く引き受けた。

 市や町の名前、年代が分かれば、事故記録を探すのも差程難しくはないはずだ。

 司は明日のスケジュールに図書館と警察に組み込むと、そのまま車を走らせた。

 まずは三輝の車を置いたままの最初のファミレスに戻らなければならない。

 30分程で着くはずだ。

 特に怖さを感じているわけではないが、例の道は回避したので問題もないだろう。

 司は何も考えずに車を走らせた。

 だが少し進むと、珍しく三輝が声をあげた。

「どうかした?」

 思わず司から尋ねかけると、三輝は身体を捻って通り過ぎた景色を見ていた。

「あー…いや、なんでもない。っていうか、気のせい?うん。多分そう」

 なんとも歯切れの悪い答えに、司は訝しそうに三輝にチラリと視線を向けた。そわそわと落ち着きのない様子で、気の所為だと言ったが明らかにそうには思えない様子だ。

「何か見た?」

 司の問いに、三輝は「んー」と軽く唸ってからもう一度後ろを見た。それから彼にしては珍しく、重く口を開いた。

「子供がね、いたんだ」

「子供?」

 想像だにしなかった単語に、司はオウム返しをする。そしてハザードを出して少し脇道に停車した。

 時刻は深夜二時を回っていた。到底子供を外で見る時間ではなかったからだ。そう思っていたのは三輝も同様だったらしく、だから何度もその辺りを確認するように振り返っていたんだと言う。

「さすがにさ、この時間に子供が一人でいるわけないじゃない?実際振り返った時はにはいなかったし…その…」

 だが三輝は、どうにもそれだけが原因でない物言いで続ける。

「なんて言うかさ、普通の子供じゃなかったんだよね」

 そこまで言うと三輝は俯いてしまった。

 いつも明るい三輝にしては珍しい表情に、司は軽く溜息を吐き出して一度路肩に車を停めた。

「気になるなら戻ろうか?」

 そう尋ねると三輝は驚いた顔をしたが、少し考えてから首を横に振った。

「あれはもう一度見ちゃいけないものだと思う。だからこのまま車出して」

 司は分かったと返事をすると、一度引いたサイドブレーキを戻して再び車を走らせた。

 車内には司のお気に入りのバンドの曲が流れていて、心地のいいミディアムバラードが少しだけ心に黒く巣食った影を晴らしてくれる気がした。

 そう思ったのは三輝も同じだったらしく、その曲が終わり次の曲へと以降する隙間で三輝がまた声を発した。

「俺がさっき見たかもしれないのはね、小さい子供だったんだ。五歳くらいかな?おかしいなって思ったのは、上も下も白い服だったから。今の子供たちが着るようなパジャマじゃなくて…ランニングって言えばいいのかな?子供の下着。それに下も、パンツとかじゃなくてなんか薄汚れた短パンみたいだった。あ、あれだ。火垂るの墓とかでみる子供」

「…戦時中の子供、って事?」

「そう、だね」

 車はすでに地元の市に差し掛かっている。だが先程三輝が「見たかもしれない」といった場所は、まだあのファミレスがあるのと同じ市内だった。

 以前聞いた視える友人の言葉が蘇る。

『あの道は戦時中の人たちが沢山いるから』

 その人曰く、あの道は元が畑で、農家なのにも関わらず空襲に巻き込まれて亡くなった人で溢れているのだそうだ。周囲には火の手はないのに、まだ「熱い」と苦しむ人々。「助けて」と手を伸ばす子供たち。

 たまたま近所に飛行機の工場があったばかりに巻き添えになった、未だ救われない魂たちが、何度も火に巻かれている。

 空襲には時間なんて関係ない。むしろ夜間の方が多かっただろう。

 恐らく三輝が見たのも、その時に家の外へと走って逃げた子供の一人だったのだろう。

「今度お供えでも持ってその場所に行こうか」

 珍しく気落ちした様に見える三輝に司はそう声をかけたが、三輝は首を振った。

「駄目だよ。蒼夜君に慿いてきちゃう」

 きちんと供養されている魂ではないだろうから、と言う、よく「連れ帰ってしまう」司への配慮に、司は苦笑した。

「三輝がいれば大丈夫だよ。いつも飛ばしてくれるでしょ?」

「それもそうだね」

 二人で笑うと、少し沈んでいた車内の空気がパアッと晴れた気がした。

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