第六話

 少し重めのドアを開けると、中から小走りで女性店員が駆け寄ってきた。

「いらっしゃいませ。2名様でよろしいですか?」

 中に入ると同時に2人に声をかける店員の胸ポケットには「喜多川」と書かれていた。その横には少し太字で「リーダー」とも明記されている。店に入ろうとした人影を見てすぐ駆けつけるあたり、もうベテランなのだろう。とはいえファミレスの店員だ。まだ大分若めの年齢に見える。

 司は、後でこの人に話を聞いてみるかと思った。現地調査は勿論大切だが、体験者の話を聞くことが一番の取材になる。まあ、まだこの「喜多川さん」が件の話の体験者とは限らないが。

 司は店内を軽く見回し、それほど店内が混みあっていないのを確認してから店員へ視線を向けた。

「2人です。できれば…あの席、いいですか?」

 そう言って指定したのは、快適なソファー席でもドリンクバーが近い便利な席でもない、一段高くなった場所にあるテーブル席だった。

「え?あ、あぁ、はい。ご案内します」

 店員はメニューを抱えると2人を指定された席へと通した。2人が席に着くのを確認するとメニューをテーブルへと置き、お決まりの頃お伺いしますと軽く頭をさげてその席を離れていった。

 置かれたメニューを開きながら三輝は司へ向かって軽く首を傾けた。

「何でこの席?別にここが例の席じゃないでしょ?」

「ここなら全体が見渡せそうだったからね」

 なるほどと三輝は数回頷き、メニューへと視線を向けた。

 店内は広すぎず、なるほど、その席からなら全体が見回せる。ホール中央にドリンクバーが配置されており、その前にテーブル席が8つ。その裏面は少し高くなっていて、そちらにはテーブルがやはり8つあった。2人が座したのはその中央。ちょうどドリンクバーの真裏にあたり、ドリンクバー正面の席は見えないがその他のテーブルは観察がしやすそうだった。

 どこが件のテーブルなのかは分からないが、端の席とのことだったので、ここからでは見えないドリンクバー前の席は排除しても問題ないだろう。

 店内に客は自分たちを入れて4組。それなりに深い時間帯だったので、平日としてはまあまあの来店数だろう。客層は皆若い。仕事帰りであろうスーツの男性2人組と学生らしきグループが2組いた。

 この時間は閉店時間を見据えて、通常の営業の他に閉店作業も並行して行っているようだ。司たちのテーブル以外はすでにオーダーされた物が出されている様だ。テーブルの片隅に伝票が置かれているのが確認できる。少しすると三輝が店員を呼び、ポテトとドリンクバーを2人分注文した。

「ね、変な感じとかする?」

「それは分からない。そもそも俺には霊感がないからね」

「つまんないなー」

 ポテトが来る前に二人でドリンクを取りに行く。それから差程時間もかからずすぐにポテトが運ばれてきた。

「ごゆっくりどうぞ」

 そう言って頭を下げた喜多川に、司がすいませんと声を掛けると、一瞬怪訝そうな顔をするもすぐに営業スマイルを浮かべて「何でしょう」と答えた。

「お仕事終わったら少し話せませんか?」

「は?」

 いきなり不躾に話しかけたからか、喜多川の顔が盛大に曇る。それをフォローする様に明るい笑顔で三輝が笑った。

「突然ごめんね。いや、俺たち怪談を集めてるんだけど、ちょっとお姉さんの話を聞きたいなーって思ってさ」

 ナンパではないと明確にして、三輝は司に名刺を出すように促した。

「失礼しました。俺はこういう仕事をしています」

 そこには『実話怪談師 司蒼夜』と書かれていて、自身の連絡先も明記されている。

「先日こちらの話を耳にしました。ぜひとも取材をさせていただけないかと思いまして…」

「あ…」

 喜多川は名刺と司を交互に眺め、少し考えるように眉を顰めた。それから唇を結び、奥の方をチラチラと見た。

「話とか、全然いいんですけど、私だけじゃなくて他のスタッフも一緒でいいですか?」

 そう言うともう一度奥へと視線を向け、「キッチンスタッフも一緒に」と。

 証言が多いのは司にとって好都合だ。勿論ですと笑顔で頷くと、喜多川はホッとした様子で頭を下げてバックへと戻って行った。

「よかったね」

「だね」

 なんとか話が聞けそうだと、司はコーヒーを口に運ぶ。三輝はポテトを摘み、ヒョイッと口へと運んでから「ティッ」と司にデコピンを一つ。

「あんな話しかけ方したらただの不審者でしょ。ナンパしてるって思われても仕方ないよ」

「ごめん。つい…」

「つい、じゃないよ。全く、俺がいてよかったね」

 少しドヤり気味に言う三輝は、ソッと伝票を司の方に押しやった。

 確かに、三輝が話を取り持ってくれたからスムーズにいった体はある。司は大人しく伝票を受け取ると、必要経費だなと呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る