第四話

「蒼夜君といると、奇妙なことに巻き込まれそうで巻き込まれないよなー」

ファミレスまでの夜間ドライブ。都会とは違い、この時間では大通りでも暗さを感じる。ましてや今通っている道は、元々畑だった所を道路へと改修した場所だ。辺りには店も少なく、はるか遠くにコンビニらしき明かりが見えるだけ。

暗いが稀に人影も見えるので、突然飛び出したりしてくるのも無きにしも非ず。司は暗闇を注意深く見ながら運転を続けた。

「あるわけないでしょ。霊感はないんだから」

「よく不思議な事には遭うくせにー」

「…偶然だよ」

そう。あくまでも偶然。時折視界の隅に黒い影や白い光が見えるものの、そんなのは〝視える人〟からしてみたら気のせいの部類でしかない。

「沖縄でだってさー」

「あー…あの時は本当に助かった。感謝してる」

「迷子の事もそうだけど、俺と行った時の事」

「三輝と?」

そうだ。確か1人旅の前に2人でも沖縄旅行に行ったことがあった。あの時もナビ絡みのトラブルだったか…と、ふと司はあの時の事を思い出した。

「そうだよ。俺が助手席で寝ちゃったのも悪いけど、曲がらなくていい所を左折しちゃうんだもんな」

「だから何度も言うけどね、左折って言われたんだよ」

そう。あの時もナビの音声通りの運転をしていたはずだった。思い出して司の目が僅かに細まる。

その日は朝から出かけていた。まずは有名な水族館で半日を過ごし、その後はヤンバル方面へ。そして某有名店で夕食をとってからホテルへと戻ろうとした時、滅多に助手席では居眠りをしない三輝が寝息をたて始めた。一日遊び通しだった事などを考え、司はカーステレオの音量を少し下げてそのまま運転を続けた。そして件の場所で、左に曲がった。

「車が曲がったから起きたけど、曲がる必要なかったからね?そもそもホテルからはずーっと一本道だっただろ?」

「それは、行きが水族館だったからだよ。帰りは違う場所からなんだら道が違うのも当然でしょ?」

「違くないですー。そりゃ途中までは違ったけど、もうホテルまでは真っ直ぐの道に入ってたからね。いつもの国道58号線」

あの時の事を思い出しているのだろう。三輝は沖縄行きてーなどと言いながらスマホで何かを調べ始めた。

「左ですってナビが言ったんだよ」

「その結果、脇道もない山奥に向かいそうになってたのはどこのどなたですか?」

「……俺、です」

「だろー?あ、あった!ほら、ここ」

そう言ってスマホの画面を司に見せつけてくる。運転中だからと軽く窘めると、その画面を拡大しながらブツブツと呟いている。

画面にはマップが表示されていて、それはどうも自分たちが通っていた国道58号線らしかった。

ヤンバルからの道程を辿り、宿泊施設までを指でなぞる。そしてそのマップを1度広域まで映るように広げると、トントンと液晶を軽くつついた。

「ここで曲がったから山に向かったんだよ。この先には天文所しかないよ?」

「だから知らないって。俺は言われた通りに運転しただけなんだから」

方向音痴の自覚はあるため、無意味に脇道には入らない主義だ。たまに無駄な自信から勝手に道を変えるので迷うタイプの方向音痴もいるが、司は地図を読むこと自体苦手なため、たとえ細くて怪しい道を示されたとしてもナビの言う通りの運転をする。

だからあの時もそうだった。左に曲がれという音声案内に導かれるままにわざわざ国道から離れるという選択肢に従った。そして車を走らせ続けるも、行けども行けどもホテルには到着しない。それどころか段々と車の通りも少なくなり、対向車とすれ違う事もなくなってきた。そして続く山道特有の連続カーブ。いよいよおかしな道に迷い込んだかとハザードランプを点灯させて脇へと車を寄せた。

ナビの画面を確認しようと、ゴール地点までの道程を辿り始めた時、助手席の三輝が目を覚ました。聞けば左折した辺りで目は覚めていたという。何故曲がったのかと思ったものの、あまりの睡魔に抗うことが出来なかった。すっかり目も覚めた三輝と一緒に現在地を確認し、そのルートの示す先を確認すると、どうやら天文所を目指しているらしかった。

走行ルートを案内するために色の着いた道路地図。その行先は天文所。だが、ゴール地点を表すチェッカーフラッグがそこにはない。それもそのはず、ゴール地点は宿泊ホテルについているのだから。そのホテルがその天文所を越えた先にあるのならばこの道をナビゲートする事もわかるが、それはない。

三輝は元の丁字路まで戻ればそこからは道が分かると言うので、対向車がないことを確認してから車をUターンさせた。戻るのは丁字路まで一本道。そこまで戻れば後は三輝がスマホを見ながらナビをしてくれるというので、車載のナビは案内を終了させた。その後はなんてことない。いとも容易くホテルまで辿り着く事ができた。

「あの時の蒼夜君、『ナビが言ったから』の一点張りだったんだよな」

「その通りなんだから仕方ないでしょ。そもそも三輝が寝たのが悪い」

「あ、俺のせい?!いつもは『寝てていいからな』って優しいのに!」

「じゃあもう寝ちゃ駄目」

「そんな事言う?!」

車内で漫才めいたやり取りを続けて暫くして、目的地へと近づいたらしい。ナビが音声案内終了を告げたので周囲を見ると、目的のファミレスの看板が見えたのでその駐車場へと車を入れた。

時刻は深夜が近づいている。駐車場には数台の車が停車しており、店内にも客がいることが確認できた。

この店舗の周囲にはコンビニやら他店舗はなく、なんとなく暗い通りだ。立地も関係しているのだろうか。

司はダッシュボードからいつも身につけている物よりも一回り大きな石でできた数珠をとりだし、右手首にはめた。

「よし、行こうか」

そう助手席に告げると、楽しそうな笑顔で三輝は頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る