怪談 沖縄ドライブ
一人で動くことは好きだ。だが、司蒼夜は極度の方向音痴。
電車を降りればまず立ち止まらず、自信満々に必ず左方向へと向かう。が、それは大抵反対方向。そして何故か左が正しい時には右へと向かうという、まさに筋金入りの方向音痴である。
これはそんな司が一人で沖縄に出かけた時の話。
空港を出てレンタカーを借り、意気揚々と車へと乗り込んだ司は、最初の目的地をナビへと入力した。
『音声案内を開始します。目的地までの時間は約45分です』
そんな人工的音声にはいはいと返事をするあたり、いつもはクールな司の舞い上がり様がわかる。お気に入りの音楽を流し、案内されるままにアクセルを踏んでレンタカー屋を後にした。最初に指示をされた道程へと乗り入れるため、大通りへと向かう。
沖縄をレンタカーで走るのは初めてではない。那覇市内へと出てしまえば後は目的地までほぼ一本道だが、そこに出るまでは多少曲がったりしなければならない。いつも違ったレンタカー会社を利用している司にとって、そこまでの道が険しい。険しいのはわかっているが、この日は更に様子が違った。
今回のレンタカーは、空港から8分程の好立地。迎えのバスに乗り込み、いつもなら10分以上マイクロバスに揺られるが、その時はその半分程の時間ですんだ。だがそれは、空港から近いという事を意味し、イコール那覇市内まで時間を要すという事だ。それでも司は、58号線に乗ってしまえばいいのだからとさほど杞憂することも無く車を走らせた。
ところが15分ほど過ぎた頃、ナビから予想だにしない言葉が発せられた。
『引き返してください』
これには司も驚き、前後に車がないのを確認してからハザードランプを点灯させ路肩へと停車した。
「そんなはずないはずなんだけどな…」
ナビ通りに走っていたのだしと、そんな事を呟きながらナビの画面を確認すると、今走っている道路の先には建物が1つ表示されているだけだった。
〝海上保安庁〟
「これはさすがに引き返せって言われる、か」
そういえば、車の通りが少ないと感じていた。走っていた道路には脇道もなく、少し先にはナビに表示されている通り、恐らく海上保安庁らしき敷地が見えるだけ。
さすがに道が違うだろうと思い、周囲には相変わらず車がないのを確認してUターンをした。そうしてようやく58号線へと乗り入れられたが、どういう事か、道すがらは先程通ってきた景色ばかり。最初から道が違っていたという訳だ。最初に「右」と言われたのを、いつもの如く「左」にでてしまったのだろうか。そんな事を考えていたが、ならば海上保安庁への一本道に入る前に迂回路を提示してくるはずだ。
ナビを使用した事のある人ならばご存知だろうが、カーナビと言うのは、示した道程から外れるとすぐに次の提案をしてくる。たとえそれが通り慣れた道だからと迂回しようが、ナビが通したいルートに戻したがる。だからこそ司の様な人種でも目的地に到着するわけだが、この時はそれがなかった。まあ自分の愛車ではないのでこのナビの性能は分からない。
司は気を取り直して、最初の目的地へと向かうことにした。
予定から少し遅れたものの、到着したその先でもほぼ計画通りに過ごす事ができた。
やがて時間は過ぎ陽も傾いてきた頃、宿泊予定の宿へと向かおうと再び車へと乗り込んだ。エンジンをかけ、宿の住所を打ち込むとナビの音声案内が始まる。初めて行く宿だがここから近いから心配もないだろうと、昼間の事などはすっかり忘れて車を走らせ始めた。
ナビと言うものは、目立った名称では無い限り細かい番地までの案内はない。それは司もよく知っていたが、『間もなく目的地です。ルート案内を終了します』の音声を聞いた所で思わず車を停めてしまった。
そこは墓地の前だったのだ。確かにそこは市街地で、少し先に視線をやるとコンビニや某弁当チェーン店の看板も見える。だが周囲に宿泊予定のホテルの看板は見当たらない。けれど近くまで来ていることは間違いない。そこで司はホテルへ電話をかけ、今の場所を説明してしてからそこからの道を細かく教えてもらった。
「よし、まずはあの唐揚げ屋まで行くか」
教えられた最初の目印である唐揚げ屋の看板が見える。そこを右折、と言われた通りにルートを辿った。
「次はコンビニ…っと、あれか」
曲がった先には沖縄でよく見るコンビニが目にはいった。
「そのまま直進で左側にホテルの看板がある…はず…」
確認をしながら間違いが無いようにと道を進んでいく。
「あれ?」
だが看板は一向に見えず、それどころか少し寂しい通りへとでてしまった。車を停めナビの画面を確認すると、先程到着した目的地から1本通りを外れている。
「ここは、墓…か?」
顔をあげて外の景色を確認すると、そこには沖縄特有の墓があった。どうやら先程の墓地とも違うようだ。そして唐突に…
『目的地に到着しました。ルート案内を終了します』
カーナビが音声を発した。
今度は案内を押していないはずだった。ましてや先程その音声は聞いている。再度案内開始をしていない限りはその音声は流れないはずだ。しかも1度目の場所とは違った場所でその音声は流れた。
これはいよいよ怪しいかもしれない。司はそう判断し、スマホで三輝へと電話をかけた。
「おー!蒼夜君、沖縄ちゃんと着いたー?」
三輝とは数コールの後通話をする事ができた。現状を話し、マップを見てもらい、すぐに遠隔で三輝からホテルまでの道をナビしてもらう。すると今まで迷っていたのが嘘の様に、あっさりとホテルの前に辿り着く事ができた。なんてことない、すぐそばにまで来ていたのだ。よく考えたら、その道も通った気すらする。
「助かった。ありがとね」
「土産奮発してくれればいいよ」
司は笑いながら礼を言うと、ホテルの駐車場へと車を停めてチェックインを済ませた。その時にフロントの女性から心配そうな顔で見つめられたのに気づき、司は「何か?」と尋ねてみた。
「先程道案内の件でお電話下さったのは司様ですよね?1時間以上もいらっしゃらないからどうなさったのかと思っていました」
「1時間?!」
驚いたのは司の方だった。
確かに迷ってはいた。だがあれから1時間も車に乗っていた記憶はない。慌てて発信履歴を確認すると、確かにホテルへの電話は1時間10分程前になっている。
自分は一体何に化かされていたのだろうか。
他にも沖縄では何度か不思議な経験をしているが、それはまた別のお話。
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