第39話 精霊の娘
「あの・・・・・・」
両親のなれ初めと自分が産まれたとされる経緯を聞かされたアイメリアだが、なかなかそれを現実として受け入れることはできなかった。
それでも、もしその話が事実ならば、いかに飲み込み
「そもそも、どうして私はザイス家に養子に出されたのでしょうか?」
だからアイメリアは問うことにした。
自分自身にとって、痛みを伴うその問いを……。
アイメリアとて、自分の本当の両親について考えたことは何度もある。
ザイスの義理の両親が、建前だけとは言え、一応娘として育てたのだ。
亡くなった親族の娘を、ザイス夫婦がいやいや引き取った、というのが、使用人の間ではごく一般的な予想で、幼いアイメリアは、その言葉を真実だと思っていた。
しかし、事実は違ったのだ。
今目の前にいる父や、精霊になったという母は、ザイス一家とは何の血の繋がりもないらしい。
アイメリアの本当の親は、見知らぬ他人に幼い我が子を預けたのである。
そこにどんな意図があったのか、アイメリアには全く理解ができなかった。
もしかすると、父は祭司長となったから、立場的に子どもの存在が邪魔になったのかもしれない。
そんなふうに考えることもできた。
そしてその考えは、アイメリアをひどく悲しい気持ちにしてしまう。
そのとき、悲しげなアイメリアをいつくしむような優しい声が聞こえた。
「愛しい娘。私たちはあなたを手放したくなどなかったのです。でも、私たちといれば、あなたも私たちと同じように閉じ込められて育つことになってしまう。私には人の規則はよくわからないのだけれど、あなたが自由にどこにも行けないのは嫌だと思ったの」
姿はないが、それが母である精霊だと教わったアイメリアは、その声に確かな自分への愛情を感じ取る。
常に共に在ったささやき声たちと同じように、いつわりのあり得ないまっすぐな声だったのだ。
その声の暖かさに、アイメリアの不安でしぼんでいた心は、花開く前のつぼみのように少しだけ膨らんだ。
「私にもアリアと同じ思いはあった。だが、人間である私の場合は、もっと打算的な考えによるものだ。精霊と交わる祭司は家族を持ってはならないという決まりが精霊神殿にはあり、神殿の者たちは例外を認めることがなかった。しかしどう考えても、幼い赤子を親から引き離すのは人の正しき振るまいではない。そう考えた私は、だいぶ抵抗してね。神殿側もとうとう少しだけこちらの言い分を認めたのだ」
祭司長オーディアンスは苦々しげな顔をした。
「彼らはいずれ娘は神殿に御子として呼び戻そうと言った。それまでは信仰心の
深く頭を下げる祭司長から、その立場ゆえの威厳が消え失せ、ただ、肩を落とした悲しい父親がいた。
その姿を見て、アイメリアはやっと自分の両親が目前の彼らであることを実感することができたのである。
「私は、不幸に育った訳ではありません。お顔を上げてください」
だから、アイメリアは告げた。
「私は飢えることも、住む場所に困ることもありませんでした。家族の愛情は与えられはしませんでしたが、愛情を注いでくれる人はいました。家の外に出られたのは最近でしたけど、そのあとも、とてもいい方に助けていただいたのですよ。これで文句を言ったら怒られてしまいます」
そしてにっこりと笑う。
冷たくされた悲しみよりも、暖かい手を差しのべてくれた人への感謝が深い。
そしてその人たちとは、この神殿の奥で育っていたら決して出会えなかっただろう。
そのことがわかるからこそ、アイメリアは外で自分を育てさせる決意をした両親に感謝の気持ちを抱いた。
「私をこの世に産み出していただき、ありがとうございます。お父さま、お母さま」
涙の跡の残る顔を上げた父と、姿は見えないけれど存在は確かに感じる母。
失ったと思っていた家族は、ちゃんと存在していた。
「アイメリア・・・・・・」
父は、感極まったようにまた涙を流す。
一方で母には、人間的な感情の揺れはあまりないようだった。
愛情の在り方が人とは違うのだろう。
「お帰りなさい。私の娘。それと、あなたのお友だちを私に紹介してちょうだい」
母はそうアイメリアの耳元でささやく。
「お友だち……、ですか?」
「ええ、すっかり萎縮して殻にとじ込もって隠れてしまっているけれど、あなたの周りにぴったりとくっついている小さな精霊たちがいるのがわかるわ。きっと私の放つ感情が強すぎるのね。少し抑えるから出てきても大丈夫よ」
大精霊たるアイメリアの母アリアがそう言うと、アイメリアの耳元に、聞き慣れた声が届いた。
「こ、こわく、ない?」
「か、隠れてなんかないやい!」
「おは、よう?」
ずっとアイメリアと共に在りながら、ほかの誰にも存在を理解してもらえなかった小さなささやき声たちが戻って来たのだ。
いや、母の言葉によると、どうやらずっとアイメリアにくっついて隠れていたらしい。
「よかった! みんな、無事だったのね! おかえりなさい」
失ったと思った彼らの声を聞いて心からほっとしたアイメリアは、ようやく満面の笑顔となったのだった。
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