第40話 神殿騎士ラルダスは決意する

 王国兵の一団を挟撃した末に、妥協案として王国軍と共に登城することを提案した神殿騎士団長であったが、それで何もかもがよい方向に決着すると考えるほど楽天的でもなかった。

 今回、精霊神殿への進軍を許可した者が高位の者であればあるほど、彼自身を含め、同道する者に危険が及ぶ可能性が高い。

 最悪は、今回の件で神殿騎士団を悪者に仕立て上げ、主だった者たちを処刑して終わりにしてしまうかもしれないのだ。


 愛する家族や自分たちが守るべきものの為にも、騎士団長は自衛を考える必要があった。


「ラルダス」


 残される部下へ指示を出すという名目で時間を作った騎士団長は、堂々と王国軍の真ん中を突っ切り、門を死守していたラルダスたちと合流した。

 そして信頼する銀騎士ラルダスを呼ぶと、指示を伝える。


「お前、確か陛下の覚えめでたい近衛騎士と仲がよかったな。それに、第一王子とも知己と聞いた」

「・・・・・・剣の師が同じというだけの繋がりです」

「それはいい。同門と言えば兄弟も同じ、ちょいとその縁を今回のごたごたの解決のために頼ってくれ」

「どういうことです?」


 ラルダスは、団長が己の力以外のものを頼りにしたことに、密かに驚きを覚えた。

 この傷だらけの神殿騎士団長ガイストは、叩き上げも叩き上げ、己の力を頼りに今の地位に就いた完全実力主義者だ。

 実家はそれなりに裕福ではあるが、平民の出で、貴族社会に対してあまりいい思いを抱いていないということは、若い頃に起こしたと噂されるさまざまな騒動から伺える。

 間違っても、立場が苦しいから権力を頼る、と安易に口にするような人間ではないのだ。


「いいか今回の件は一つ対処を間違うと、神殿騎士団どころか、精霊神殿そのものが国と敵対する、という事態にもつれ込む可能性がある」


 ラルダスは騎士団長の言葉に驚いた。

 ラルダスとしては、今回の騒ぎは、国でも一、二を争う財力を持つザイス家と癒着していたつまらない貴族の暴走だろうと考えていて、彼ら自身も上に自分たちの勝手な行いがバレればただでは済まないことから、適当に話を濁して終わるだろうと予測していたのだ。


 しかし身分なき騎士として若い頃からそれなりに苦労して来た神殿騎士団長ガイストは、貴族・・というものをよく理解していた。


「お前も貴族の端くれだから少しは理解できるだろうが・・・・・・いや、同じ貴族だからこそ理解できないかもしれないな。連中はな、体面をなによりも大事にする」


 ラルダスはうなずく。

 貴族にとって体面を失うということは、命を失うことよりも重い。

 だからこそ、体面を守るためならば、財産はもとより、自他を犠牲にすることすらいとわないところがあった。


「しかし、今回の件の正義の在処ありどころは明らかでしょう」

「いや。民の目に触れる形で堂々と王国軍が精霊神殿に進軍した。これがたとえ上層部の知らない話であったとしても、それは間違いでしたとは言えないのが国の威信というものだ」

「なるほど」


 ようやく、ラルダスも騎士団長の心配を共有する。

 国の、というよりも、自分たちの体面のためならば、白いものも黒と言ってしまえるのが貴族というものだ。

 特に歴史ある高位貴族は王以外の相手に下げる頭を持たない。


「そこで、お前が早馬で先に城におもむき。お前の顔の利く範囲で一番偉い相手に事後処理を相談しておいて欲しいんだ。城には賢い連中が多いだろ? 俺なんかがどんだけ考えても思い付かないような解決方法をなんか考えてくれるさ」


 わりといい加減な策だった。

 ラルダスは一瞬苦笑いを浮かべたものの、しかし、騎士団長に素直にうなずけない。


「団長、ご命令の主旨は理解いたしました。すぐに従いたい思いはあるのですが、私は、私個人の責任において、救わなければならない相手がいます。そしてその相手が、今窮地にあるやもしれないのです」


 騎士団長ガイストは、ラルダスの返答に一瞬虚を突かれたような驚きの表情を見せたが、すぐに豪快に笑いだす。


「何事かっ!」


 イライラしながら待っていた王国軍の隊長から怒鳴られるぐらい大きな笑い声であった。


「団長・・・・・・」


 ラルダスは、自分の覚悟が笑い飛ばされたのか、と怒りをわずかに滲ませて非難の声を上げた。


「いやいや、頑固で真面目で融通のきかなかったあのラルダス坊やが、騎士団よりも私事を優先するとは! うんうん、我が子の成長を見る思いだなぁ・・・・・・なぁダハニア」

「・・・・・・おやめください。処分を覚悟で宣言した銀騎士ラルダス殿が、真っ赤な顔でいたたまれない様子になっているではありませんか。若者に意地悪をしてしまうのは老化の証拠です」

「くっそ、うちの副官殿が俺をジジイ扱いしやがるぜ」

「・・・・・・お二人共、いい加減に・・・・・・」


 副官ダハニアの言葉通り、部下の前で子ども扱いされて恥辱で顔を真っ赤にしたラルダスは、それでも声を抑えて自分をいじる二人を止める。


「アイメリアさんですか?」


 そんなラルダスに、ダハニアが告げた。

 ラルダスはその言葉にハッと真顔に戻る。

 そして事情をダハニアに説明した。


「そうです。王国軍が来る少し前、アイメリアが縄を打たれて上位信徒の方々に引き立てられて行くのを私の部下が見かけました。よもやこの精霊神殿内で暴力的な懲罰などが行われるとは思いませんが、アイメリアはザイス家の関係者だと名乗ったとのことなので、今回の件で揺れている神殿内部でどう扱われるか心配です。すぐに誤解を解いて解放してもらわないと」


 焦り、勢い込んで説明するラルダスは、そのままの勢いで神殿内に突入しそうですらある。

 ダハニアは、肩をすくめるとラルダスを落ち着かせた。


「騎士たる者、いかな苦難にあろうとも心乱すなかれ。銀騎士ラルダス、新入りすら暗唱できる騎士の誓いを忘れたのか? 心の乱れは剣の乱れ、剣の乱れはすなわち命の危うさとなる。そんな貴方に私の大事なお友だちを任せることはできなくってよ」

「えっ!」


 ダハニアの言葉に、焦りのただなかに在ったラルダスも、さすがに気が抜けた顔となる。


「お友だち・・・・・・ですか?」

「年が釣り合わない、などと言うつもりなら、神速と謳われたこの剣で、その舌を切り落としてみせてもいいのだけど?」

「い、いえ! ご指導ありがとうございます!」


 ラルダスの身体に染み付いた規律順守の精神が、上位者であるダハニア補佐官に礼をとらせた。


「騎士は自らを知り、敵を知る。今あなたが神殿に飛び込んだとて、追い出されて終わりでしょう。神殿は力を以て主張を通そうとする者を嫌う。その一方で弱者に道を譲らない者は精霊さまに嫌われると言われている。ならば答えは簡単だわ。貴族に顔が利く貴方は城へ、か弱き女である私は神殿へ、それが最適解よ」

「そ、それは、ダハニア補佐官殿がアイメリアを救ってくださるということでしょうか?」

「愛する者の英雄ヒーローになれなくて不満?」

「いえ、・・・・・・彼女が、アイメリアが救われるならば、それ以上のことは求めません」


 きっぱりと言い放ったラルダスを上官たちがニヤつきながら眺めていたのだが、当の本人はアイメリアのことで頭がいっぱいでそれどころではない。

 そして、ダハニアの言葉の正しさを理解できないほどラルダスは無能ではなかった。

 銀騎士ラルダスの決断は早い。


「ならば、俺は俺の役割を必ず果たしてみせましょう。それこそが大切な者を守る最良の方法なのですから」


 決意を告げるラルダスの瞳には、これまでの彼にはついぞ見ることのできなかった熱のある輝きが灯っていたのだった。

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