第38話 人に宿る精霊

「アリアというのは、私の妻であり君の母親だ。そして、今君にささやいた精霊でもある」

「ええっと・・・・・・?」


 アイメリアは不思議そうに首をかしげた。

 精霊についてあまり詳しくないアイメリアだが、精霊が姿を持たない存在だ、という程度のことは知っているのだ。

 姿を持たない存在が母親と言われてもピンと来ないのは当然だろう。

 そんなアイメリアの戸惑いをよそに、父親を名乗った祭司長はさらに言葉を重ねた。


「そして、私の名はオーディアンスと言う。今でこそ祭司長などという役割を与えられ、神殿奥に閉じ込められているが、元はと言えば、しがない薬草摘みだったのだ」


 オーディアンスだからオーディと先ほどの精霊は呼んだのだろうか? とアイメリアはふと思う。

 さきほどアイメリアが聞いた声からは、温かい親密さがうかがえるようだった。

 そしてアイメリアは、幼い頃、育ててくれた乳母が自分をアメリと愛称で呼んでくれていたことを思い出す。

 そのことで、アイメリアは、少しだけこの父と名乗る相手に親しみを感じた。


「私と我が妻アリアは、同じ小さな村に年の近い幼馴染みとして生まれた。アリアは生まれつき体の弱い子でね。とうてい成人まで生きられないだろうと言われていたのだ。ただ、愛らしいアリアは村の人気者でな。我が娘のように可愛がっていたうちの両親が、アリアの体に合う薬や、果ては食べ物などを工夫してな。それもあって無事に結婚出来る年頃まで成長したようなものだった」


 祭司長オーディアンスは、心が今の時間から離れているような遠い目をしながら語る。


「アリアの家と私の家はそんな間柄だったから、私とアリアはほとんど家族のように育った。そして当たり前のように夫婦となった。やがて私達二人の間に、アイメリア、君が産まれることとなる」


 実の両親のなれそめを、思いもかけず聞かされることとなったアイメリアだが、その体験は、どこかくすぐったいような、暖かい感情を呼び起こすものだった。

 ただ、今までの話では、アイメリアの母が普通の人間ではなく精霊であった、とはとても思えない。


「君が産まれるとわかったとき、アリアは私に話してくれたのだ。自分の魂は長く肉体を維持することができない、と。成長し、子を成すなど、思いもしない奇跡である、と」

「肉体を維持できない、というのは、精霊だから、ですか?」


 アイメリアは訪ねる。

 その言葉に、祭司長オーディアンスはうなずいた。


「私もそのとき初めてアリアから聞いたのだ。本来肉体を持たない精霊も、成長するためには、肉体という器が必要になるのだそうだ。アリアはちょうどその成長期だったらしい。そこで、魂との結び付きが弱い誕生前の肉体に宿り、肉体を得て、一段階上の存在に成長するはずだった、と」

「魂との結び付きが弱い、というのは、もしかして死産するはずだった赤ちゃんということでしょうか?」


 アイメリアは屋敷から出ることなく育った世間知らずの少女だが、全ての命が生きて産まれる訳ではない、ということを知っている。

 人間の場合は話に聞いただけだが、馬や犬などの死産には立ち会ったこともあったのだ。


「そうだ。とは言え、精霊が宿るのは必ずしも人間の赤ん坊という訳ではないらしい。というか、むしろ人間以外に宿ることのほうが多いようだ」

「そうなんですね」


 いつの間にか、アイメリアは熱心に耳を傾けていた。

 自分の両親の話だから、というよりも、精霊という不思議な存在の話に、なぜか心牽かれるものがあったのだ。


「肉体に宿った精霊の成長は、肉体を通して感じたこと、つまり体験によって決まる。人間の女性として長く生き、子供を宿すという体験をしたアリアは、どうやら精霊として一気に高位の存在となってしまったらしい。彼女も戸惑っているようだったよ」


 あまりにも不思議な話に、アイメリアは思わず、胸に手を当てて自分の存在を確かめた。

 信じられないような話だが、その結果として自分がここにいるのだと思うと、なんとも言えない感動がある。


「ただ、アリアの精霊としての急激な成長と、妊娠という肉体の大きな変化によって、アリアが肉体を保つことは限界となっていた。そこで、アリアは私に言ったのだ。本来はもうこの肉体を脱ぎ捨てるしかない。だがそれをすれば、せっかく宿った赤ん坊が死んでしまう。そこで、一度肉体を離れはするものの、精霊の力を使って、出産まで赤ん坊の成長を支える、と」

「ええっと、どういうこと、でしょう?」

「魂が抜けることで肉体は死んだような状態になる。だが、出産まではその肉体の生命活動をぎりぎりで維持しつつ、胎児に負担をかけないように出産出来るところまで育てる、ということだね。精霊の力を使って」


 祭司長オーディアンスは深いため息をく。

 話に聞くだけでもとんでもないことだ。と、アイメリアは思わずオーディアンスに同情した。


「・・・・・・大変だったよ。最初私は周囲から妻の死を受け入れられない男と憐れまれた。やがて月日が経つと、今度は腐らない死体と成長を続ける胎児に、奇跡だと評判になり、精霊神殿に見つかって、今の状態となった。という訳さ」


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