第37話 君に家族の話をしよう
アイメリアは、自分を娘と呼ぶ精霊神殿の祭司長を改めて見つめた。
金色の髪に赤み掛かった茶色の瞳。
屋敷では鏡を与えられていなかったアイメリアは、自分の顔をガラスの反射や水鏡でしか見たことがないが、ラルダスの家で初めて鏡で自分の顔を見る機会があった。
とは言え、それほどしげしげとは見てはいない。
そのぼんやりとした記憶のなかの自分の顔に似ていなくもない顔立ちだ。
なんとなく、不思議な親近感があった。
「どうした? 突然のことで戸惑っているのか?」
無言で見つめてしまったアイメリアに不安を感じたのか、祭司長がアイメリアに尋ねる。
「おそれながら、祭司長さま。このようなところで大切なお話をなさるのはおすすめ出来ません。くつろげる場所に移りませんか?」
そんな二人の様子に気をきかせてくれたのか、アイメリアの拘束を解いてくれた青いローブ姿の女性が提案した。
「なるほど。それもそうだ」
「それでは応接用のお部屋にご案内いたしますね」
祭司長が同意すると、青いローブの女性はアイメリアに向き直り、道案内を申し出る。
突然の出来事に、あまりものを考えることが出来る状態ではなかったアイメリアは、その提案にただうなずくだけだ。
案内された部屋は、ザイスの屋敷にある、やたらと金の掛かった品物をこれ見よがしに飾っている華美な応接室とは違い、清潔で落ち着く内装となっていた。
一つ一つの家具などは、丁寧な職人仕事がわかるもので、高級品であろうと察することは出来たが、それがザイスの屋敷のように嫌みになっていない。
うながされるまま席に着いたアイメリアが、ぼんやりと周囲を眺めている間に、いつの間にかお茶と手作りらしい焼き菓子が用意されているのに気づく。
「あっ、ありがとうございます」
すぐ目前のテーブルの上にものが置かれたのに全く気づかなかったアイメリアは、恥ずかしさに赤面しながら遅ればせながらもお礼を言った。
青いローブの女性は、無言で微笑みながらうなずいてみせる。
そのとき、部屋の扉がノックされ、祭司長が姿を現した。
「すまない。待たせたね」
「い、いえ・・・・・・」
祭司長は、先程までの豪華なローブ姿ではなく、仕立ては上等ながら、簡素なシャツとズボン姿となっている。
「儀式用のローブを脱ぐと言ったら止める者達がいて、少し揉めたんだ。家族と話すのにあんなよそよそしい服を着てられるか、と強引に脱いで来た」
「家族・・・・・・ですか」
「実感がない、かな?」
問われて、アイメリアはためらいながらもうなずいた。
アイメリアからすれば、祭司長は精霊神殿の偉い人という認識が強く、急に家族であると言われても気持ちが追い付いていない、というのが正直なところだ。
捨てるようにザイス家に預けられたということは、自分はこの人にとって邪魔な存在だったのでは? という不安もある。
本当に大事な家族なら、これほど近くにいながら一度も会おうとしないということが有り得るのだろうか? アイメリアは口にはしないが、そんな思いがあったのだ。
「それとも、怒っているのかな? そうだな、怒って当然だ。親と言いながら、私は君を育てることも、助けることもしてこなかった。まずはそのことを謝るべきだろう」
祭司長は膝を床に突き、アイメリアに向かい深々と頭を垂れた。
アイメリアは知らないが、それはまるで騎士が王に自らの罪を告白するかのような所作である。
それを見たアイメリアは、慌てて立ち上がると両手を振って相手を制止した。
「お、おやめください。私、困ってしまいます。何も事情を知らないのです。先に事情を教えてくださいませんか?」
「オーディ、私達の娘が困っている。やめてあげて?」
突然、耳に不思議な声が飛び込んで来て、アイメリアは思わず周囲を見回す。
しかし、壁際に控える青いローブの女性は口を閉じてじっとしており、ほかにその場にいるのは、アイメリア自身と父と名乗る祭司長のみだ。
「その様子。・・・・・・そうか、君にも聞こえるのだね。我が愛しきアリアの声が」
「アリア?」
「ああ、そうだな。アイメリア、君には妻と私と君の、・・・・・・家族の話をしておくべきだろう」
祭司長はアイメリアに椅子をすすめると、自分も向かい合った席に腰を下ろした。
「アイメリア、君は精霊という存在をどの程度理解している?」
「ええっと、あの、大きな力を持った偉大な存在、と聞いています」
「それはかなり極端な認識だと言えるだろう。だが、まぁ、一般的にはそういうものかもしれないな。かくいう私も、アリアから話を聞くまでは、その程度の漠然とした認識だったからな」
祭司長は小さくため息をつくと、目前に置かれた茶を口にする。
アイメリアもつられるようにお茶を飲んだ。
すっきりとした味わいのそのお茶が喉を潤してくれると、同時にアイメリアの気持ちも少しだけ落ち着いた。
まるで現実感のない話に思えるが、この人が自分の父親なのだ、と改めて考える。
だが、家族という言葉で今のアイメリアの脳裏に浮かぶのは、いつのまにかすっかりと馴染んだ家と、そこに住むラルダスの姿だったのである。
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