第17話 冷めてしまった夕食
アイメリアは、査察に来ては、最後にはラルダスのことを何度も頼んで帰っていく騎士団の女性補佐官ダハニアと愛馬のフロリーを見送り、うーんと声にならない声を出しながら思いっきり背伸びをした。
カップやお茶道具の片付けをしようと振り向くと、いつの間にやらピカピカになってふわふわと部屋を突っ切っていくそれらを目撃する。
「ふふっ、みんなも浮かれてる?」
頼んでいないお手伝いをしてくれているささやき声達の気配を感じ取って、アイメリアは一人笑う。
「いてくれないと困る。……だって」
ダハニアに強く握られた自分の両手を、アイメリアはそっとさする。
握力が強いのだろう、痛いぐらいに掴まれた手は少し赤くなっていた。
だが、痛み以上に伝わって来る体温の熱さが心をも温めてくれるようで、嬉しかったのだ。
「私が必要、なんだって……」
そう呟いて、そっと目尻を拭う。
誰かに必要とされること、それはアイメリアに、物心ついてから今まで、一度も経験して来なかった感動を与えた。
しかしアイメリアは、両手を握ってギュッと拳を作り、気持ちを切り替える。
「ダハニアさまはあくまでもラルダスさまを心配してああ言ってくださったんだもの。肝心のラルダスさまに必要ないと判断されてしまったら意味がないよね。……そのためにも、ラルダスさまにとって居心地のいい家にしないと」
「きれい・ピカピカ・喜ぶ!」
「お花・いっぱい、好き!」
「あはは、あなた達の好みと、ラルダスさまの好みが一緒だったらいいわね」
ささやき声達は決してアイメリアの命令で動いている訳ではなく、自分達が楽しいからアイメリアを手伝っているだけなのだ。
そのため、褒めたり叱ったりしてアイメリアが誘導しないと、やりすぎてしまうこともある。
ささやき声が調子に乗って庭の花々を季節外れな時期に狂い咲きさせてしまい、養父が定例の花見のパーティを開くことが出来なくなったと怒り狂ったこともあった。
もちろん養父はささやき声のことは知らないので、庭師と、その手伝いをしたアイメリアを叱ったのだが、庭師がアイメリアが何かしたせいだと養父に言ったため、三日も食事を抜かれることとなったのだ。
ささやき声の言うには、無理をすればパーティの時期にもう一度花を咲かせることは出来るのだが、そうするとその木自体が枯れてしまうとのことで、やりたがらなかったのである。
もちろん、アイメリアも木が枯れてしまうのは嫌だったので、ささやき声に無理に頼むことはなかった。
食事抜きとなっても、ささやき声達が食べ物や飲み物を運んで来てしまうので、飢えることはなかったが、使用人達はアイメリアがなんらかの手段で泥棒をしていると思って冷ややかな目で見ていたようだ。
ささやき声達はアイメリアが辛いと自分達も辛いようで、助けるなと言っても聞いてくれない。
そんなことを繰り返すうちに、アイメリアはささやき声達との付き合い方を学んだのだ。
問題がある行動をしようとしていたら、彼らがより楽しいと思うことを見つけて誘導してやればいい。
そんな風にして、関係を築いて来たのである。
「そうだ、お買い物をしなくちゃ」
予定外の訪問者があったため、陽はすっかり傾いていた。
今から市場に行っても到着する頃には店じまいしているかもしれない。
アイメリアはそう思い、ラルダスに教わった食堂(酒場)で、持ち帰りの料理を注文することとしたのである。
「うちはどっちかっていうと酒場だからよ。ちゃんとした飯を揃えたいなら料理店に行ったほうがいいぜ?」
簡単な料理を持ち込んだ小鍋や皿に入れてもらい、それをさらに手提げカゴに入れていると、店主が呆れたようにそう言った。
「そうなんですね。ありがとうございます。でも、こちらのお料理、美味しそうです」
「いやまぁありがたいんだけどよ」
店主にぺこりと頭を下げて重くなった手提げカゴを両手で大事そうに運ぶ。
その様子をちらっと見る者もいたが、アイメリアの向かっているのが騎士の屋敷が建ち並ぶ方向だとわかると、肩をすくめて黙って見送った。
騎士屋敷の近くには職人街があり、治安はそう悪くはない。
酔っぱらいも、さすがに騎士と悶着を起こそうとは思わないらしく、騎士屋敷のある地区に近づかないのだ。
持ち帰った料理はいつでも温め直しが出来るように、アイメリアは調理場に料理を温める順番に並べて置いていた。
ラルダスの帰りを心待ちにしていたアイメリアは、いつの間にか調理場で寝てしまい、翌日の朝を迎えることとなる。
結局、夜のうちに主であるラルダスがアイメリアの待つ家に戻って来ることはなかったのだ。
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