第16話 騎士団の驚愕
神殿騎士団に緊急招集がかかったのは、通常の業務を終えようとしていた頃であった。
実のところ、事前に精霊神殿で何かただならぬ事態が起こったらしいという一報は、神殿に隣接する騎士団本部にももたらされていて、団長はすぐに情報収集に長けた班の者達を確認に向かわせている。
しかし派遣した騎士の一人が神殿からの使者を伴って、ひどく緊張した面持ちで騎士団長室に姿を現したため、室内にはピリピリとした緊張が漂うこととなった。
「何事でしょうか?」
男性補佐官が使者に神殿騎士の礼を行い、丁寧に尋ねる。
通常であれば、派遣した部下からの報告を聞くだけのところを、神殿からの使者が訪れたとなれば、
その場の全員が起立して、使者に注目した。
一方で、使者のほうも尋常な様子ではない。
何かとてつもない恐怖に駆られているかのように血の気のない顔に冷や汗らしきものを浮かべていた。
「……う、うむ。精霊さまの怒りに触れる者が現れた」
「なんと!」
騎士達が驚愕するのも無理はない。
精霊の怒りに触れれば、下手をすると国ごと滅びてしまうことすらあるのだ。
そのようなことにならないための精霊神殿であり、精霊と語らうことの出来る祭司の存在である。
精霊の力を知るがゆえに、騎士達はにわかに殺気立った。
「いや、まずは安心して欲しい。我を忘れて怒り狂うというような状況ではない。祭司長共々理性は保った状態である」
「
使者の言葉に引っかかりを覚えて騎士団長が言葉を繰り返す。
「う、うむ。実は、複雑な事情があってだな……」
神殿側は、祭司長と、当時人としての肉体を得ていた精霊とが愛し合い、一子をもうけていた事実を、外部はもちろん、精霊神殿の守護者である神殿騎士団にもひた隠しにしていた。
そのため、使者は祭司長と精霊との間に子どもがいたこと、祭司は家族を持てないという掟を遵守するために、その子どもを成人するまで信頼出来る家に預けて育てていたことから説明した。
だが、聞くうちに、団長を始めとする騎士達の顔が険しくなっていくのを見て、もともと悪かった使者の顔色が、さらに真っ白になり、ガタガタと震え出す。
「そのような大事な話、せめて騎士団の責任者たる私程度には知らせておいていただきたかったものです。知っておれば、御子の健やかな成長を陰ながら見守ることも出来たでしょう。それとも、神殿側は我らの忠心に疑念をお持ちだったのでしょうか?」
傷だらけのいかつい顔でにっこりと微笑む騎士団長に、思わず小さな悲鳴を上げて尻もちをつく使者。
「じ、実のところ、わ、私も初耳でして……その……」
おまけに事情に全く通じていない使者を寄越したようだった。
補佐官がスッと使者に歩み寄ると手を貸して立ち上がらせる。
「使者殿大丈夫ですか? 団長はあのようないかつい見た目ですが、お優しい方です。何も怖いことはありませんよ?」
穏やかな壮年男性である補佐官に、使者もホッと息を
だが、安心するのは早かったようである。
「うむ。使者殿にこれ以上ご負担をかけるのは私も本意ではない。ここは直接祭司殿にお目通りを願い、詳しい話を伺おう」
「え? は?」
騎士団長の爆弾発言に、使者は咄嗟に話の流れが判断出来ずうろたえた。
実のところ、そのようなことをされてしまっては、使者は使者としての役目を果たせなかったとして評価を下げることになるだろう。
しかし、混乱のなかにある使者には、騎士団長を止める覚悟を持つことは出来なかった。
騎士団長は単身神殿に乗り込み、その場の混乱に乗じて祭司長に直接面談を果たし、詳しい話を聞き出すことに成功する。
そしてその話を元に各所を回り、精霊の御子を預ける先を献金の額を目安に決めたこと、欲深い養い親一家が偽物の御子を仕立て上げたこと、本物の御子は現在行方不明であること、を調べ上げた。
「とんでもないことになったぞ」
「神殿の信徒の方々は、ちょっと世間知らず過ぎますからね。我々世俗にまみれた門番の存在を、たまには思い出して欲しいものです」
吐き捨てるように言う騎士団長に、うなずく補佐官。
騎士団に眠れない日々が訪れたのだった。
◇◇◇
「えっ、銀騎士って、騎士団で上から二番めに偉い人なんですか!」
騎士団本部でそのような事態が起こっているとはつゆ知らず、騎士団の女性補佐官ダハニアの訪問を再び主の留守中に受けたアイメリアは、ダハニアに対してもてなしをしつつ、騎士団の
ダハニアも暇ではないので、ラルダス宅を訪れるのは短時間でしかない。
その間に詰め込むように、アイメリアはいろいろと教えてもらうこととなった。
「形式的にはそうだ。厳密にはもうちょっといろいろあるけどね。だが、貴女の雇い主であるラルダスについての認識は、それで問題はないだろう。実のところ、ほぼ次代の騎士団長と目されているのだ」
「私、そんなすごい人のお役に立てるのでしょうか?」
「むしろ、いてくれないと大変なことになるから。貴女が来たとき、この家はどんな風だった?」
言われて、アイメリアは、まるで長年放置された空き家のようだった家の状態を思い出す。
「が、がんばります!」
「本当、よろしくお願いするわね」
ダハニアはそう言うと、もはや何度目かわからないながら、アイメリアの両手を強く握りしめたのだった。
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