第15話 ダハニアとアイメリア
「驚かせてしまってごめんなさい」
勢いに任せてアイメリアの両手を掴んだ女騎士は、すぐに謝罪すると手を離した。
「い、いいえ……その」
「実は銀騎士ラルダス殿のことで、私達はずっと頭を悩ませていたもので、つい……」
自分の唐突な行動をさすがに恥じたのか、女騎士は申し訳なさそうだ。
「あの、立ち話もなんですし、よかったらこちらにお座りください」
アイメリアは、そんな女騎士を庭に用意したテーブルセットへと誘導する。
実は、このテーブルセットは倉庫にしまわれていたものをアイメリアがささやき声の力を借りて引っ張り出して来たものだった。
庭にテラスとひさしがあったので、その場所用のテーブルセットがあったのではないか? と探して見つけ出したのだ。
修繕の手間もあってかなり大変な仕事だったが、用意しておいてよかった、とアイメリアはつくづく思ったのである。
「おお、こんな洒落たものまで……ありがとう、感謝する」
女騎士はまず愛馬を厩舎の馬留に繋ぎ、アイメリアが水桶を用意する間その身体を布で拭いてやると、水を用意してくれたアイメリアに再び礼を述べてテラスのテーブルについた。
着座する前に、女騎士はきびきびとした動きで右手を左肩に当て、アイメリアに軽く黙礼をする。
「名乗りがまだであったな。私は神殿騎士のダハニアと言う。
「ご丁寧なご挨拶ありがとうございます。私はアイメリアと申します。ラルダスさまに助けられて、お仕事までいただきました。あの、もし私があの方のお役に立てるようなら何でもおっしゃってください」
「まぁ……」
ダハニアと名乗った女騎士は涙ぐんで見せた。
「あの子にそんな甲斐性があったなんて……団長もきっとお喜びになるでしょう」
その様子にアイメリアは混乱したが、とりあえず落ち着いて話をしないことには何も始まらない。
「お茶をお持ちしますね」
「あ、私に気を使う必要はありませんからね。この家、何もなかったでしょう?」
この家の状況を、同僚であり上司でもあるダハニアはお見通しであった。
「いえ、庭に少しばかりハーブがあったので、それですっきりとしたお茶を淹れることが出来ます。……あのもし苦手だったりするなら、言ってください」
「ありがとう」
アイメリアの言葉に礼を言いつつ、ダハニアの目がキラリと光る。
(これは、絶対に逃す訳にはいかない)
アイメリアは自身は気づかないうちに、ラルダスの同僚から完全にロックオンされてしまったのだった。
当初、アイメリアは使用人らしく自分は立ったままダハニアをもてなそうとしていたのだが、ダハニアの懇願によって同じテーブルで共にお茶を楽しむように言われてしまう。
元の養父の屋敷であったら、食事抜きで家畜小屋に閉じ込められかねない失礼な行為だが、当のお客様の望みなので、アイメリアは不安を抑えて、言われた通り席を共にすることにした。
だが、なんとなく落ち着かずにそわそわしてしまう。
「そんなにかしこまらなくて大丈夫よ。ここは騎士団の官舎で、貴女はそこで働くのでしょう? それなら私と貴女は広い意味で同僚ということになるのだもの」
「ど、同僚、ですか?」
ダハニアはこくりとうなずいた。
アイメリアは混乱したが、神殿騎士団という組織の仕組みを全く知らないので、ダハニアの言葉を否定することも出来ない。
とりあえず素直に受け止めることにした。
同僚ということなら、確かにあまりよそよそしい振る舞いはおかしいだろう。
ダハニアの態度にも納得がいく。
バクバクとパニック寸前だったアイメリアの心臓もようやく落ち着くことが出来た。
しかし同僚にも上下関係はある。
アイメリアは、先輩であり、高位の騎士らしきダハニアに礼を欠かないように気を引き締め直す。
「あ、あの、私」
「なに? 聞きたいことがあればどんどん聞いてちょうだい。あ、でも銀騎士ラルダス殿の女性の好みは騎士団最大の謎と言われているから教えてあげることは出来ないわ。私としては、貴女こそがあの子の好みそのものだったんじゃないかと思うのだけど……」
アイメリアは、ここに至って、ようやくダハニアがおかしな方向に話を持っていこうとしていることに気づいた。
ラルダスはアイメリアに仕事を与えてくれただけなのに、よからぬ目的で女性を家に置いたなどと思われてしまっては主の品性が疑われてしまう。
視察に訪れたらしいダハニアの疑惑を晴らすのは難しいが、これ以上おかしな方向に話を持っていかれないように、アイメリアは気になっていたことについて質問することにした。
「あ、あの、実は私、神殿騎士団についてあまり知らなくて……その、神殿騎士様について書かれた物語なら、たくさん読んだのですけど」
他人との交流があまりなかったアイメリアにとって、一番の娯楽は、屋敷に箔付けのために備えられながら、あまり活用されていなかった書庫の本を読むことだったのだ。
騎士物語は人気があるため、書庫にはさまざまな騎士に関する物語の本があった。
そのなかで魔法を自在に操る神殿騎士の物語は、アイメリアのお気に入りでもあった。
だが、物語は所詮物語である。
神殿騎士個人の活躍は描くものの、神殿騎士団という組織のことを詳しく説明する描写などはなかった。
銀騎士や黄金の騎士などは主人公の称号として目にしていたが、それが具体的にどのような階級に所属するのかを、アイメリアは知らないのだ。
「よろしければ、お教えいただけると、うっかり失礼をしてしまうこともないと思うのです」
「謙虚で真面目で努力家……ふう、ますます素晴らしいわ」
何やらすっかり何かのスイッチが入ってしまったらしいダハニアを落ち着かせつつ、アイメリアは自ら学ぶことを決意した。
この後、たびたび訪れるようになったダハニアによって、アイメリアは自分の職場について学んでいく。
そうして、アイメリアがラルダスの家に馴染み始めた頃、神殿騎士の守護対象であり、同時に命令機関でもある精霊神殿で、所属する全ての者を震撼させる大きな騒ぎが起こっていた。
とはいえ、その事態がアイメリアの元へと届くには、今しばらく時間を必要としたのである。
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