第14話 女騎士の訪問
足りないものはまだまだ多いが、現在の状況で出来ることは終わらせたアイメリアは、ささやき声と楽しく会話をしつつ、庭に残った有用な植物の選別と植え替えに着手していた。
土の状態は、デリケートな植物を育てるには到底向かないものだったが、ある程度はささやき声の主が整えてくれるし、それで足りない場合は、何が必要なのかを教えてくれるので、そこまで手間ではない。
「とりあえず、荒れ地に強いハーブ類をまとめて植え替えようか?」
「匂い・ある・草・好き!」「えー、私、嫌い」
ささやき声にも好みがあるようで、ときどき声同士でもめることもある。
「ハーブが苦手な子のために、きれいなお花を植えてあげるね」
「わーい」
そういうときにはアイメリアがそれぞれが満足出来るように考えてあげるのだ。
アイメリア自身も、自分の言動で誰かが喜んでくれるのがうれしいので、ささやき声達が何を好むのかを覚えて、それぞれが満足出来るように提案することが楽しかった。
そんなほのぼのとした午後のひとときだったが、少し遠くから聞こえたささやき声に、アイメリアは慌てることとなってしまう。
「お客~」
間延びしたようなのんびりとしたささやき声だ。
それとほぼ同時に、玄関のほうから人の声も聞こえた。
「ごめんください。ご在宅でしょうか?」
「あ、はい。すみません、今庭仕事をしていて……」
来客の対応は、使用人の大切な仕事である。
万が一にも対応の悪さで主に迷惑をかけるわけにはいかない、とアイメリアは慌てて手をささやき声の一人にすすいでもらうと、玄関へと向かった。
「ああすまない、仕事の邪魔をしてしまったか」
玄関に立っていたのは、四十歳前後だろうか? 鎧を着込んだキリッとした風貌の女性だ。
傍らに、馬がいるので、ここまで馬に乗って来たのだろう。
「あの、馬をお預かりしましょうか? それとも、厩舎にご案内いたしますか?」
アイメリアがそう言うと、その女性がぎょっとしたような顔になった。
「ここの厩舎が馬を繋げる状態になっているのか?」
「あ、はい。あ、飼葉などはあいにく準備がありませんが、お水なら飲ませてあげられます」
「……そうか、長居するつもりはないので、厩舎の外の馬留に繋いで水だけ飲ませてやりたい。水場に案内してもらえるか?」
「いえ、お客様にそのようなことをさせる訳には。ご主人様に叱られてしまいます」
「なにっ!」
アイメリアの断りの言葉に、なぜか女性騎士の目が細められる。
「お前の主人はそのようなことでお前を罰するのか?」
「あ、いいえ……」
アイメリアは、自分の失言を悟って、しゅんとしてしまう。
元の屋敷でしょっちゅう叱られていた弊害が言葉や考え方に出てしまったのだ。
「ラルダス様は決してそのようなことはなさらないと思います」
「それならよかった。てっきり私の人を見る目が曇っていたのかと不安になるところであった」
アイメリアはその言葉を受けて気を引き締めた。
相手の格好や言動からして、おそらくはこの家の主であるラルダスの同僚の方だろうと見当をつけたのだ。
自分のうっかりが主の評判を下げるかもしれない。
そう思った。
「あの、本日はどのようなご用件でしょうか? 主なら今は仕事場にいらっしゃると思います。何か言伝があるようでしたら、私からお伝えします」
「いや、私が用があるのは貴女なのだ」
「えっ、私……ですか?」
「実は
「まぁ。そうだったのですね。……あっ、私ったら、お客様をいつまでも立たせているなんて! 申し訳ありません。今は主が不在なので屋内にお通しする判断は出来かねるのですが、庭のほうならお座りいただける場所もございます。それでよろしいでしょうか?」
「ん? ああ。そうだな。それではお言葉に甘えて、フロリーと共に庭にお邪魔させていただこう」
女騎士は、そう言うと、栗毛の愛馬の首をひと撫でして、アイメリアの後に続く。
フロリーと呼ばれた馬は、手綱を引かれた訳でもないのに、女騎士の後をゆっくりとついて行った。
互いの信頼が深いことが知れるやりとりである。
「おおっ!」
庭に入ると、女騎士は驚きの声を上げた。
女騎士はもともとのラルダスの家の状態を知っている。
人の背丈もあるような雑草や藪に覆われて、荒野の如くであった庭が、きれいに整えられていた。
さらに、その荒れた庭に埋もれた形で、とりあえず建物の形は維持していた厩舎が、完全にすぐに使える状態となっていたのである。
「……貴女は、昨日雇われた、と聞いたが」
「はい。その通りです」
女騎士の驚きに気づかぬまま、アイメリアはにっこりと微笑んだ。
すると、いきなり女騎士がアイメリアの両手を自分の両手でギュッと掴む。
何やらその表情には、鬼気迫るものがあった。
ぎょっとして思わず身をすくめてしまうアイメリア。
しかし、女騎士からの言葉は、アイメリアの予想だにしない方向から不意をつくこととなる。
「ど、どうか……あの男をよろしく頼む!」
「ええっ!」
何が何やらわからず、アイメリアはただ目をぱちくりと瞬かせるばかりであった。
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