第13話 銀騎士ラルダスと騎士団長

 一方、アイメリアを家に残して神殿騎士団へと出仕したラルダスは、家に人を雇い入れたことを上司に報告することにした。

 ラルダスが住まうのは騎士団が保有する官舎であるため、住人が増える場合には報告が必要なのだ。

 団長室の前でしばし逡巡しつつも、ひとつ息を吐くと扉をノックする。


「入れ」


 扉の内側から枯れた、しかしよく響く声が返って来て、ラルダスは団長室へと入った。


「珍しいな、銀騎士ラルダス。いつも報告は副官に任せているくせに、……なるほど、ひさびさに俺のこの傷だらけの顔を拝みたくなったということか」

「それはありません」


 からかうような上司の言葉に生真面目に返すラルダス。

 この二人は、だいたいいつもこの調子だ。

 団長室には補佐官が二人と書記官が一人、雑用係兼騎士見習いが三人詰めている。

 その全員がこの二人のやり取りには慣れているようで、全く見向きもせずに己の仕事に邁進していた。


「本当にからかい甲斐のないやつだな。で、今日は何事だ?」

「先日、休暇中に遭遇したならず者共に関する顛末の報告書類の提出と、……官舎に、人を雇い入れた報告です」

「なにっ!」


 ガタッ! と、音を立てて騎士団長が椅子から立ち上がる。

 同じ部屋で仕事をしていた者たちも、一斉にラルダスに注目した。


「おおっ、とうとうお前も人を雇うことの有用性を理解したのか! 何があった! お前の石頭をほぐした出来事を詳しく語れ! いいか、これはお願いではない、命令だ!」

「……職権乱用では?」

「は? 部下の心情を理解しておくのは立派な上司の努めだぞ? ……ほう? その頑なな様子……。女……だな?」

「……失礼します」


 くるりと踵を返して部屋から出ようとするラルダスの前に、恐るべき素早さで回り込む騎士団長。

 神殿騎士の団長とは、貴族家や王家が抱える騎士団の長と違い、貴族が箔付けに座る席ではない。

 厳然たる実力による地位なのだ。

 そのため、団長というのは、騎士団で最強の者を意味する。

 たとえ初老に差し掛かろうと、鍛錬を欠かすことはなく、その動きは俊敏だった。


「ラルダス、おめでとう。お前もちゃんとした男だったんだな」

「勘違いをなさっているようですが、彼女は単に家事を任せるために雇い入れただけの相手です。こまごまとしたことに高い技能を持っていると判断したので」

「ほう……彼女・・ね」


 ニヤニヤとする騎士団長をラルダスはにらみつけるも、いかに現在最も有望視されている騎士であるラルダスとはいえ、歴戦の猛者である騎士団長に威圧が通じるはずもない。

 相手のニヤニヤ顔が改まることはなかった。


「本当に、違いますから」


 ラルダスは騎士団長の一瞬の隙をつき、扉を開けると外へと逃れる。

 もう二度と騎士団長室には近寄るまい、と己の心に何度目かの決意を刻み、仕事場へと戻ったのだ。


「長かったな……」


 部屋に残された騎士団長からしみじみとした声が上がる。

 

「ガイスト様、まだそう・・と決まった訳じゃないんですから」


 補佐官の一人である女性騎士がたしなめるように言うが、もう一人は涼やかな声で相方の言葉を否定した。


「いや、家に異性を住まわせるということは特別なことだ。もちろん、行き場を失った騎士の寡婦や、身寄りのない孤児を引き取ったという可能性もあるが」

「ラルダス様はあれで情が深いお方ですからね」

「雰囲気は怖い……ですけど」


 男の補佐官の言葉に、見習いの少年少女がそれぞれ意見を述べる。

 貴族の騎士団では、騎士見習いの従者は余計な口出しをするとひどい懲罰を食らうものだが、神殿騎士団の場合は意見は口に出して言うことを推奨されていた。


 派閥や身分差が大きな意味を持つ貴族の世界では上位者が絶対だが、完全な実力主義の神殿騎士団では、自ら前に出る気概のない者はなかなか認められないのだ。

 その辺りが、王国騎士団と神殿騎士団の反りが合わない理由の一つでもあった。


「ふむ、では、その新しく雇い入れたという者の身辺を調査させることにしよう」


 重々しく騎士団長が宣言する。

 その言葉に、女性の補佐官がやんわりと意見を述べた。


「ガイスト様、あまりやりすぎるとラルダス様にますますうとまれてしまいますよ」

「いやいや、これは騎士団として重要なことだぞ? 次の騎士団長殿の身辺におかしな者を近づける訳にはいかんだろうが」

「お気が早いですよ」


 眉を潜めて男の補佐官もたしなめる。

 いかに騎士団内で知らぬ者がいない厳然とした事実であっても、決定していないことをおいそれと口に出すものではない、と言いたいのだ。


「ガイスト様は先ごろお孫様がお生まれになったので、何やら若い子の世話を焼くことにお目覚めになられたようなのです」


 ぼそりと、書記官が記録をつけながらそうこぼす。

 ガイスト騎士団長本人を除く者達が書記官に咎めるような目を向けるもすでに遅く、その後彼らは延々と騎士団長の孫自慢を聞かされることとなったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る