第12話 ささやき声は働き者

 ぎこちなく始まったアイメリアとラルダスの生活だったが、主であるラルダスがほとんど家にいないこともあって、家の片付けはアイメリアが孤軍奮闘することとなった。

 とは言え、アイメリアにはささやき声がついているので、むしろ一人のほうがのびのびと働けるため、問題はない。


「さて、ラルダスさまのいない間にまずは家の掃除よね」

「ほこり・そとに・ぽい?」

「うん。そうしてくれると助かる」


 アイメリアはささやき声の提案にうなずいた。

 ささやき声は、決して声のみの存在ではない。

 もしそうだとしたら、さすがのアイメリアも自分の妄想を疑っていただろう。

 だが、ささやき声の主は、不思議な力を使うことが出来たのだ。


 アイメリアが家中の窓を開け放つと、室内にふんわりと優しい風が吹き抜ける。

 同時に、うず高く積もっていたホコリが家の隅々から風に運ばれて外へと消えた。

 普通にホコリを払うと飛び散ったホコリで鼻や喉、目などを痛めたりするものだが、ささやき声の主が行う場合には、そういうことは全くない。

 やさしく触れるような風を感じたと思ったら、次の瞬間には室内からホコリが消え去っているのだ。

 育った屋敷で働いていた頃も、このやり方で掃除の時間を短縮して、余った時間に自分なりに勉強をしていた。


 アイメリアを育てた乳母が「多くの知識を持つ者こそが、宝に気づくことが出来るのです」と言っていたので、その言葉に従ったのだ。

 ザイス家の両親は、姉のメリリアーヌには、貴族の子女が受けるような最高の教育を受けさせていたが、アイメリアに関しては全く何も手配しなかった。

 そのため、基礎の読み書きを学べたのは、幼い頃の乳母からだけである。

 

 乳母がいなくなってからは、使用人達から少しずついろいろな知識を学ぶこととなった。

 特別優しくはしないものの、使用人達はアイメリアに何かを教えることを好んでいたようだ。

 一つには、目をキラキラさせて相手の知識にいちいち感心するアイメリアに教えるのが単純に楽しかった、ということもあっただろう。

 また、アイメリアが仕事を学べば、自分達の仕事を手伝えるので、その分自分達が楽になる、という打算も、あったかもしれない。

 事実、アイメリアは学んだことを活かしてよく働いた。


 使用人とアイメリアとの交流については、父であるホフランも承知の上だったが、賃金を支払わなくていい使用人が一人増えるのと同じことだから、とむしろ推奨していたようだ。


 ともあれ、そのおかげで、アイメリアは大きなお屋敷を管理する仕事を一通り知っているのである。

 ラルダスの家は、それまで暮らしていたザイス家のお屋敷に比べれば、それこそ馬小屋ぐらいでしかないので、アイメリアとしては、むしろ働き足りないぐらいに感じた。


「家のなかのお片付け、終わっちゃったねー」

「おわった! あそぼ! あそぼ!」

「んー、じゃあ洗濯ごっこはどう?」

「洗濯ごっこ・すき!」


 洗濯は普通、暖炉の灰を桶に入れて水を満たし、しばらく置いた後の上澄み液を使って行うのだが、この家にはそれまで洗濯をする者がいなかったため、洗濯用の灰汁の作り置きがない。

 だがその問題も、ささやき声の主に頼めば解決だ。


 どうやってかはアイメリアにもわからないが、ささやき声の主は、洗濯ものを水玉に閉じ込めると、汚れを水のなかに分離して、きれいな状態にすることが出来た。

 最初はアイメリアが洗濯をしているのを真似てやっていたのだが、どうやらかなり気に入ったらしく、アイメリアにとっては仕事だが、ささやき声の主にとっては遊びとして楽しんでやってくれるのだ。

 だからこそ、アイメリアも仕事を頼むという引け目もなく、気楽に頼むことが出来る。


 アイメリアの役割は、きれいになった洗濯ものを空中に浮かぶ水玉から引っ張り出して干場に干すだけだ。

 本来、ささやき声の主なら水気を全て抜くことも出来るのだが、全部任せるとシワシワな状態で乾かしてしまうため、完全に乾かさない状態で出してもらうようにしていた。


 洗濯ものを一度畳んでパンパンと軽く叩き伸ばし、張り巡らされた紐に吊るしていく。

 この紐も、古くなっていたので、蔦を使ってささやき声の主に補強してもらっていた。


「あとは、この邪魔な枝ね」


 伸び放題の大きな木は、見応えはあるものの、広範囲に枝を広げて影を作ってしまっている。

 

「きっちゃえー!」

「うん。見栄えが悪くならないように剪定して、切った枝は乾燥して薪にしましょう」

「わーい! やったー!」


 ささやき声の主は無邪気にはしゃぐと、いとも簡単にアイメリアの指示通りに枝を剪定していく。

 その際、洗濯ものに木くずや木の葉などが降りかかることもない。

 実に便利である。

 しかも、ささやき声の主は、アイメリアに頼まれることが最高に楽しいという感じなので、頼むほうのアイメリアも気兼ねなくいろいろと頼むことが出来た。


 育った屋敷でささやき声のことを話して気味悪がられて以来、ささやき声の話は誰にもしなかった。

 そのため、隠れてこっそりと頼み事をしたり遊んだりしていたのだが、ラルダスの家には日中誰もいないので、アイメリアもささやき声も心から楽しく働くことが出来たのである。

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